棚田を作る金なら、たっぷりあるぞ!
「棚田?」
父は、手元の書類を見ながら首を傾げた。
「何じゃそりゃ?」
「いえ。クルークから書類が回って来まして……新しい集落の斜面を利用して、棚田を作れないかという提案です」
クルークから渡された書類を、父はじっと眺めている。新しい集落を作るだけでも大仕事だ。
住む場所を整え、家を建て、水を引き、道を作る。
それに加えて、棚田ってのを作ろうというのだから、簡単な話ではない。
「……ほぅ」
父の隣から書類を覗き込んでいた祖父が、突然声を上げた。
「流石、わしの孫! 素晴らしい考えじゃないか!」
「父上! 簡単に言いますが!」
父が思わず声を荒らげる。
「棚田を作るとなれば、土地を整え、石垣や水路も作らねばなりません。新しい集落の建設費だって必要なのですぞ!」
「うむ。それで?」
「それで、ではありません! 金が必要なのです!」
「金が無いってか?」
「……その通りです!」
父は頭を抱えた。
領地を豊かにするための案が出てくるのはありがたい。
だが、良い案なら何でも実行できるというわけではないのだ。
特に、我がパンパ領には金がない。
そう、金がないのである。
「ふむ……」
祖父は顎に手を当てると、何かを思い出したように頷いた。
「ならば、これを使えばよかろう」
ジャラ、ジャラ、ジャラ、ジャラ。
「……は?」
父の目の前に、次々と袋が置かれた。
一つ。二つ。三つ。四つ。
……まだある。
「ちょっ……これは!?」
袋の口から覗いているのは、金貨だった。
しかも、ただの金貨ではない。
「各袋、金貨五十枚。全部で十二袋じゃ!」
祖父は、さも当然という顔で言い放った。
「はぁ……!?」
父の口が、ぽかんと開く。
金貨五十枚入りの袋が十二袋。
つまり、金貨六百枚。
領主である父にとっても、決して気軽に扱える額ではない。
「父上! まさか遂に、野盗に!?」
「ばっ! 馬鹿を言うな! 売上じゃよ! 売上!」
「はぁ!? こんなに!?」
「そうじゃ!」
祖父は胸を張った。
「金はたっぷりとあるぞ! しかも、これからもっと増える……と思う!」
最後だけ、なぜか少し自信がなかった。
「……これは……」
父は金貨の袋と祖父の顔を交互に見た。
いったい、何が起きているのだ。
少し前まで、パンパ領は貧しかった。
いや、今だって決して裕福とは言えない。
それなのに、どうしてこれほどの金貨があるのだ?
「お前の言う資金は、心配ない」
祖父が父の肩を叩く。
「この金も、クルークが稼いだ物だ」
「……クルークが?」
「そうじゃ」
祖父は、にやりと笑った。
「まさか、こんなに売れているとは……」
父は、改めて金貨の山を見つめた。
クルークが考えた商品。
木工品に、炭を使った品。その他色々。
そして、最近では焼肉のタレまで作り始めたと聞いている。
だが、まさか領地の開発資金を賄えるほど売れているとは思わなかった。
「おう! この前の焼肉のタレってのも、かなり食いつきが良かったぞ!」
祖父は楽しそうに話を続ける。
「今は、前に作った分を商人経由であちこちに流しておる。商人たちにも味を確かめてもらっているところじゃ!」
「……それで、これほどの売上が?」
「まだまだ、これからじゃよ!」
祖父は豪快に笑った。
「そのうち、注文が殺到するぞ!」
「…………」
父は、しばらく黙っていた。
領地を豊かにするため、これまで何度も頭を悩ませてきた。山ばかりで、広い農地はない。
道は狭く、荷物を運ぶだけでも一苦労。
何かを作ろうにも、人手も資金も限られている。
だからこそ、領地を少しずつ変えていくしかないと思っていた。
だが……。
「……ふぅ」
父は大きく息を吐いた。
「まさか、娘に資金面で助けられる日が来るとは……」
「何を言う! クルークは、わしの自慢の孫じゃぞ!」
「それは、もう十分に分かりました……」
父は、もう一度金貨の袋を見た。
棚田の建設。新しい集落。道の整備。
やりたいことは山ほどある。
そして、そのための資金が、今ここにある。
「……よし」
父は書類を手に取り、改めて目を通した。
「まずは候補地を調査させましょう。水源の位置、斜面の状態、必要な工事、それに水路を引けるかどうか。費用も含めて、詳しく見積もりを出させます」
「うむ! それでよい!」
「ただし、金があるからといって、いきなり全部を作るわけにはいきません。まずは小さく始め、うまくいくか確かめる必要があります」
「好きにせい! 領地が豊かになるなら、わしは大歓迎じゃ!」
父は苦笑した。
資金の心配がなくなったわけではない。
これだけの金貨があっても、領地全体を一気に変えるには足りないだろう。
だが、今までできなかったことに手をつけられる。それだけでも、大きな前進だった。
そして父は、ふと思った。
「……ところで、父上」
「何じゃ?」
「この金貨を稼いだクルーク本人は、これほど売れていることを知っているのですか?」
「……どうじゃったかのう?」
「知らないのですか!?」
「いや、商品を考えたのはクルークじゃが、売るのは商人や母親に任せておるからのう!」
「…………」
父は、再び頭を抱えた。
自分の娘は、いったいどこまで領地を変えるつもりなのだろう。
その頃。
当のクルークは、そんな大金が動いていることなど知らずにいた。
棚田を作るための計画を考え、次は何をすれば領地が豊かになるかと、頭の中で新しい商品を考えていたのである。
もちろん、目指すのは――。
「ふふふ……もっと売れるものを増やして、贅沢三昧よ!」
パンパ領の商売は、本人の知らないところで着実に大きくなり始めていた。




