第31話 男たちは語り合う
ガイウスは、部屋に置いていた開けかけの赤ワインを自らグラスに注ぎながら、楽しそうにしていた。
「ルーク、さっきは飲んでいなかっただろう。よければどうだ?」
「では、少し。ありがとうございます」
ルークは、ガイウスからグラスを受け取った。
ローザは慣れた手つきで、すぐに未成年たちのための紅茶や果実水を用意している。
「こうやって話をするのも、良い機会だ」
ガイウスが満足そうに言う。
「ガイウス殿下が皆に慕われている理由が、すごくよく分かります」
カイルが頷きながら話した。
「気がつけば、ガイウス殿下についていき、楽しい時間を共に過ごしていますからね」
ユリウスも苦笑しながら同意する。
「リゼも、ガイウス殿下が来てから楽しんでいる。本当にすごいなと思ったよ」
ルークがそう言うと、ガイウスは軽く首を振った。
「リゼリアには、ただ声をかけただけだ。自分の意思を示し、行動したのはリゼリアだよ」
そこで、ガイウスはラインハルトへ視線を向けた。
「ラインハルト、顔が厳しいぞ」
「少し、考え事をしていたもので」
ラインハルトは手元の紅茶を見つめた。
「国王陛下に、リゼリアの婚約者候補の件を相談していました」
その言葉に、部屋の空気がわずかに変わる。
リゼリアが婚約者候補になったあと、聖王国はリゼリアとその母を連れ去ろうとした。
その結果、母君は不運な事故で亡くなったとされている。
その後、リゼリアが孤立し始める。
周囲が彼女を避けるような雰囲気もあった。
ラレド公爵が正式な婚約者ではなく、候補にとどめたのも、リゼリアの意思を尊重したいという考えがあったからだ。
「彼女が候補に挙がった理由の一つは、私が父上に言ったからだ。結婚するなら、リゼリアがいい、と」
ラインハルトは、静かに言葉を続けた。
「当時は、聖王国王女の血を引く令嬢との婚姻なら、国同士の関係も補強されると考えられていた。だが、もしリゼリアの隠さねばならない力が血統に由来するものだったなら、聖王国が拒否するのは当然だ。その背景を、王国は十分に把握していなかった」
ラインハルトの声は落ち着いていた。
けれど、その表情は重い。
「今後、正式な婚約、そして結婚となった場合、リゼリアをさらに命の危険に晒すかもしれない。ならば、婚約者候補を取り消す必要があるのではないかと思っている」
ラインハルトは顔を上げた。
「私は将来、国王になる。リゼリアのことは好きだ。だが、彼女が危険に晒されるのは避けたい」
そこで、ガイウスが口を開いた。
「もし、リゼリアがお前のことが好きで好きでどうしようもなくても、危険があるからと結婚しないのか?」
ラインハルトは、一瞬言葉を失った。
「……そうだったなら、なんとしてでも守る」
「そうだろうな」
ガイウスは頷く。
「なら、お前は今、判断していいのか」
ラインハルトは黙り込んだ。
「ルークも同じだぞ。リゼリアのためにと言って動いているが、お前の欲はなんだ」
ルークの肩が、わずかに揺れる。
「ラインハルトに立場があることは分かる。だが、ラインハルトにも後悔してほしくないぞ」
ガイウスは、当然のように言った。
「俺はリゼリアの良い兄貴分だからな」
「ラインハルトはさすがだよ」
ルークが、ぽつりと言った。
「俺はそこまで考えられていない。ただリゼと一緒にいたい。それだけなのは、不誠実なのかもしれない」
「お前、手をつないでおいて、そんなに弱気なのか」
ガイウスが呆れたように笑う。
「そんなルーク、初めて見ましたね」
カイルも少し驚いたように言った。
ルークは、グラスを見つめたまま続ける。
「ラインハルトが持っている地位や権力があれば、リゼリアとの結婚も問題ないのだろう? でも、俺にはない」
少しだけ、声が低くなった。
「俺はもともと伯爵家の出身だった。でも、自分から家を出て、ゼノス様に師事した。廃嫡されている。困っている者に目を向けない、あんな家にいたくなかったから」
「そんな過去があったのか」
ラインハルトが小さく呟いた。
「だからやっぱり、本気でリゼと向き合うなら、爵位を取れるように頑張る」
「二人がやる気になってしまいましたよ。余計に姉上が大変になりますね」
ユリウスがため息交じりに言う。
「いや、大変にはさせない」
ルークとラインハルトが、同時に言った。
一瞬、部屋が静まる。
ガイウスが豪快に笑った。
「がはは! だが、爵位までの道のりは長いぞ。それに、本人も待たんだろう」
「それは、俺もルークに言いました」
ラインハルトが頷く。
ルークは少し考えてから、真面目な顔で言った。
「爵位を目指しながら、次は抱きしめていいかリゼに確認する」
「?!」
ユリウスが目を見開いた。
「面白いな、ルーク。そんなことを聞く必要があるか?」
ガイウスは笑いをこらえきれなかった。
「姉上には、ぜひ聞いてください。ですが、別に抱きしめなくていいでしょう」
ユリウスが冷静に言う。
「俺は、手をつなぐところから始めていたら、ルークに先を越されてしまう。私も、そんなタイミングが来たら抱きしめる」
ラインハルトが真面目な顔で言った。
「なんか、方向性は合っていますか、これ?」
カイルが固まっている。
そこで、ローザが小さく咳払いをした。
「皆さま。恐れながら、私が総括させていただきますと」
「総括?」
ガイウスが面白そうに聞き返す。
「はい。ラインハルト殿下、ルーク様は、本腰を入れてリゼリア様に好意を伝え、関係を進めていくという話であったかと。そのうえで、リゼリア様には都度確認を入れることが大事です」
ローザは淡々と言い切った。
「ガイウス殿下、何か補足事項はありますでしょうか」
「そうだな。もし王国で良き縁談に恵まれなかったとしたら」
「……したら?」
ユリウスが警戒したように聞く。
「リゼリアには帝国に留学してもらい、兄として面倒を見よう。誰か見つかるかもしれないな」
「え?」
「そうだ。俺はお前たちが好きだから、お前たちには頑張ってもらいたい。応援している。だが、決めるのはリゼリアの意思だ」
ガイウスはにやりと笑った。
「もし王国が窮屈で、誰とも婚姻したくないという選択肢が出る可能性も、なきにしもあらずだ。そういうことも、視野に入れていいのではないか?」
「姉上が帝国にですか?」
「本人が行きたいと言えばな」
「総括とは……」
ユリウスが頭を抱える。
「ちょっと待ってくれ、ガイウス殿下」
ラインハルトも慌てて身を乗り出した。
「リゼ。。。」
ルークは、深刻そうに呟いた。
その中で、カイルだけが感心したように頷いていた。
「さすがは、帝国の皇子様ですね」
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