向き合うこと
楽しかった昨夜の夕食と、ノアが現れた余韻。
その余韻がまだ残る中、翌朝は容赦なく訓練から始まった。
カーン、キーン、キーン。
剣と剣がぶつかり合い、甲高い音が速い間隔で続いている。
訓練場では、ガイウスとルークが手合わせをしていた。
二人は同じくらいの背丈ではあるが、体格はガイウスの方が大きい。
力強く伸びやかなガイウスの動きに対して、ルークはしなやかで鋭い。
戦っているはずなのに、綺麗だ。
ラインハルトは、そう思いながら二人を眺めていた。
ルークが勝負に出る。
勢いよく踏み込み、剣を振るった。
その瞬間、ガイウスの体が大きく後ろへ飛ばされる。
ガイウスは名残惜しそうに笑いながら、その場で立ち上がった。
「参った」
少し悔しそうな笑顔だった。
「ありがとうございました、ガイウス殿下」
ルークは一礼し、ガイウスに近づいて手を差し出した。
二人は握手を交わし、ゼノスの立っている方へ顔を向ける。
「一手一手が遅いな」
「え?」
ラインハルトは、その言葉に驚いた。
「よし。三人で一気に来い」
「いいんですか?」
「ああ」
ゼノスが答えた時には、ルークはすでに剣をゼノスへ向けていた。
「行きます」
「俺も行く」
ルークに続き、ガイウスも動き出す。
ラインハルトも無言で加わった。
全員の位置と動きを確認しながら、自分も踏み込もうとする。
その瞬間だった。
ラインハルトの手から、剣が消えていた。
一瞬の迷いが命取りとなる。
ゼノスはガイウスと剣を交えながら、近づいたルークを蹴り上げた。
ルークの体が地面を転がる。
次の瞬間には、ガイウスも剣ごと押し潰されるようにして、地面に両膝をついていた。
何秒、もったのだろうか。
さすがだった。
「三人とも、全体を見てから動いている。それでは遅い」
ゼノスは剣を肩に乗せたまま言った。
「考えるな、とは言わん。だが、考えてから動くのでは間に合わん。味方の動き、相手の狙い、次の一手。それを体が先に拾えるようにしろ」
反射の速度で見て、動く。
考えるより先に、体が連携を選ぶ。
どれほど難しいことか、三人とも分かっていた。
けれど、それができる者が目の前にいる。
そして、教えてくれている。
なら、やるしかない。
その思いを一切口には出さず、三人は黙々とゼノスに立ち向かった。
一瞬で崩されるため、戦っている実感すら薄い。
それでも、何度も繰り返すうちに、少しずつ互いの動きが見えるようになってきた。
仲間がいる。
それは、思っていた以上に頼もしいことだった。
◇◇◇
その頃、ユリウスは国の医療チームとともに、父アルベルトの話に耳を傾けていた。
父が考えているのは、領と国の医療のあり方だった。
王国は、聖なる力に頼りすぎてはいけない。
教会に医療を牛耳られる仕組みにもしてはいけない。
病に倒れた時、布施という名目で大きな金額を請求されることがある。
払えなければ、人材がいないと言われる。
少なければ、後回しにされる。
もちろん、すべての教会がそうではない。
祈りによって救われる者もいる。
迷った時に導かれる者もいる。
けれど、本来、教会とは祈りを捧げる場所であり、迷いを導く場所であり、人々が寄り添う共同体でもあったはずだ。
金で命の優先順位が決まってはならない。
医師や薬の研究も、もっと発展させる必要がある。
聖なる力だけに頼らなくても、多くの人を救える仕組みを作らなければならない。
そして、それはリゼリアを守るためでもあった。
姉の力がどのようなものか、まだ誰にも分からない。
もし聖女に近い力として露見すれば、王国の教会も姉に目をつけるだろう。
聖王国の権威によって、王国の教会が動かされる可能性もある。
だからこそ、備えが必要だった。
その行動を煙たがる者はいるかもしれない。
それでも、きっと国はもっと住みやすくなる。
ユリウスは思った。
自分も、ただ教会に駆り出される存在になるのではなく、領主の子として、国や領に住む人々が安心して暮らせる環境を築く役割を担いたい。
母を亡くした時から、特別視される力には危険が伴うと知っている。
だからこそ、父が子どもたちや領民のために考え抜いた方針を、ユリウスは誇りに思った。
◇◇◇
一方、カイルは王城の別棟にいた。
陛下が言っていた。
とっておきとは、とっておきだ、と。
その言葉が、少し怖かった。
自分に務まるのだろうか。
足を踏み入れてよい領域なのだろうか。
中途半端な立場で、不甲斐ない思いをしたことがある。
もっとできることを増やしたいとも思った。
けれど、一歩進むたびに危険も伴う。
しがない商家の三男には、その立場は十分に重い。
それでも、カイルは思った。
この王子――ラインハルト殿下についていきたい。
この仲間と一緒にいたい。
その思いだけでも、進む価値はあるのではないか。
そう開き直ることにした。
カイルが学ぶのは、諜報活動に必要な隠密魔法だった。
王族の諜報部隊に所属する者から、自分の気配を悟られない方法を教わる。
自然に溶け込むこと。
そこにいるのに、意識されないこと。
そうした意識や行動が、魔法の習得にも関わるらしい。
隠密魔法は闇属性魔法の一種でもある。
カイルには、属性的な素質もあるとのことだった。
なら、やるしかない。
「やりましょう」
カイルはそう言って、一歩前に出た。
◇◇◇
リゼリアは、王城の書庫にいた。
本を読むのが好きだった。
その原点にあるのは、あらゆることを知りたいという渇望だ。
だから、帝国の言葉も基本的な文法や単語は、ある程度学んでいる。
けれど、遠い昔の伝承を綴ったものとなると、話は別だった。
言い回しも、文字の形も、今の帝国語とは違う。
本来なら、解読には専門家が必要なほどだという。
それでも、自分で読み解けたらどんなにいいだろうと強く思う。
自分で読んで、感じる意味。
そこに込められた思い。
翻訳された言葉には、どうしても訳した者の解釈が入るかもしれない。
だからこそ、自分で読めるようになりたかった。
そんな中で、ガイウスが参加してくれたことは心強かった。
疑問に思ったことを聞ける。
そして、彼はきっと答えてくれる。
ガイウスは、そう思える頼もしい人だった。
文字を追っているうちに、書庫の扉が静かに開いた。
ガイウスが、ローザと共に顔を出す。
「リゼリア、昼食の後、俺が持ってきた資料を読むぞ」
「ありがとうございます」
「ああ。その前に、しっかり食べろ。頭を使うなら飯がいる」




