第17話 溶けた氷
久しぶりの雨は寒さを際立たせながら恵みを大地に与えていた。
空に伸びる細い枝や葉は、揺れながら雨に打たれていた。
ルシアは従者のアマリアから資料を受け取っていた。
学園祭で提供する果実水や来賓に振る舞うワイン等の商品名や個数、購入店名が記載されている。
カティス侯爵夫人の伝手である商会を利用することになっており、
円滑に準備が進められている。
この果実水は瓶詰めで保存も利くため、学園祭の一週間前に搬入されていた。
カイルにも、すでに同じ資料を提出されている。
カイルは果実水とワインを各一瓶ずつラインハルトのところへ持って行った。
ラインハルトと学園長、学園の薬学講師の立ち合いのもと、飲料の検査を実施した。
結果はすべて陰性。特に問題がないと判断。
「学園祭では特別警戒をし、問題が起きぬように努めます。
再度結界の確認と強化をしておきましょう。」
学園長がラインハルトに向けて声をかけた。
ラインハルトが頷く。
「よろしく頼む」
◇◇◇
学園祭当日。
学園祭準備委員は早朝から動くことになっている。
そのためまだ日は昇っていないが、委員の令嬢たちはすでに起きていた。
昨晩、
エレネはいつまでも起きていようとするリゼリアを強制的に就寝させていた。
「お嬢様、睡眠は非常に大事です。
美容にも体調管理にも。
本日は長丁場で体力勝負です。
ですが、無理はしないでくださいね。」
「エレネ、いつも迷惑をかけてすみません」
「お嬢様が本日は最大限に楽しめますように。
お手伝いできることがエレネは嬉しいですよ」
リゼリアのために用意した、えんじ色のドレス。
片方の肩を出し、胸元の下には大きくもシンプルなリボンが装飾されている。
リボンの下にはふわりとした薄い生地へ星空のようなきらめきがさりげなく散らされている。
スカートの部分は淡い色と合わせてグラデーションがかかっていた。
他の令嬢たちが華やかな色とりどりのドレスを選ぶ中、リゼリアのドレスは、慎ましくも主張がある。
緩やかなアップスタイルの髪型にルークからの髪飾りをつけた。
香油には、すっきりするローズマリー、グレープフルーツ、マジョラムを配合。
あのお二方は、お嬢様の美しさに動揺するでしょうと、エレネは楽しみにしていた。
◇◇◇
本日、ラインハルトも礼装には気合を入れていた。
リゼリアに意識してもらい、ダンスを踊ることを楽しみにしていた。
カイルからリゼリアはえんじ色のドレスだと聞き、
ライトグレーの礼装と胸元にはえんじ色のスカーフと同色のマントを装着している。
ルークはラインハルトとリゼリアの護衛として、
当日は学園祭準備委員の一員に合流することになっていた。
リゼリアを含めた委員のメンバーはすでに会議室に集合している。
遅れてラインハルト、ルーク、カイルが部屋に入ってきた。
「殿下、本日はどうぞよろしくお願いします」
ルシアがラインハルトに挨拶をし、皆が揃って一礼をした。
「よろしく頼むぞ」
ラインハルトはルシアをはじめ、皆に向かって微笑んだ。
ルークは固まっていた。
「リゼ。。。」
ラインハルトは今すぐリゼリアのところに行きたい気持ちを抑えて、
今日の段取りを皆で確認していた。
(今日のリゼリアの美しさは限界を突破しているな。)
まったく違うことを考えていても、そつなく確認、行動できる王太子だった。
◇◇◇
一つ目の項目であるドレス披露は大盛況であった。
お茶会の服装
夜会の服装
デートの服装
この三つのお題に合わせて五組ずつが代表となり、それぞれの装いを披露した。
どの代表も堂々としており、とても楽しそうに披露していた。
パートナー同士はランダムに決めたはずなのに、二人の距離は自然と近い。
観覧者たちも、男女ともにそれぞれの服装を話題に盛り上がっていた。
ルシアは事前にラインハルトに声をかけ、
最後にルシアと一緒に舞台に出てほしいと言われていた。
急遽、ラインハルトに用意されたのは、白い礼装だった。
胸元に黄色い花は刺していた。
ルシアは黄色の美しいドレス。
ドレス披露の終わりに、二人で舞台に現れ、観覧席へ手を振って応えた。
「素敵ね。とてもお似合いですわ」
「殿下のダンスの御相手はルシア様かしら」
ラインハルトはルシアの手腕の良さに驚かされた。
「大盛況だな、ルシア嬢。
これは聞いていなかったが、皆が喜んでいる」
「殿下、その褒美として私とダンスを踊っていただけますか?」
「ああ、お願いしよう」
リゼリアと真っ先に踊りたかったラインハルトだが、
どうやら外堀を埋めてきたらしい。
ルシアは一枚上手だった。
◇◇◇
続いての項目は騎士の参加型寸劇に移る。
公平に男女ペアを事前に決めており、ペアで横並びに座ってもらう。
一組ごとの周囲には広く場所を取り、立ち上がって動けるようになっている。
舞台上で見本になるのはリゼリアとオビエドだ。
リゼリアが舞台に現れると、会場の皆はしんと静まり返った。
あまりにも美しすぎたのだ。
白い舞台が、えんじ色のドレスをひときわ際立たせていた。
悲しそうな顔をして佇んでいるリゼリアの前に、
オビエドが剣を持ってやってきた。
「姫…、私は次の戦を最後にする。
戦果を上げたら、あなたとの結婚を許してもらえます。
どうか待っていただけますか」
「必ず、帰ってきてください」
「姫、私の剣、そして身も心もあなたのもの。
あなたに一生の忠誠を誓うことをお許しください」
片膝をつき、リゼリアの右手を手に取ったオビエドは、
視線をリゼリアから手の甲にうつし、
口づけをするふりをした。
リゼリアはオビエドに優しく微笑んだ。
「きゃー、これをわたくしたちがするの? 素敵ね」
「冷徹令嬢が…笑った?」
「リゼリア様、とても素敵ですわ」
賞賛の声があがった。
冷徹令嬢と呼ばれたリゼリア、
その令嬢の微笑みは驚くほど自然で、
会場にいたものたちのリゼリアの印象は、たった今、上書きされた。
その後は各自が騎士と姫になりきり、
理想のシチュエーションを考え合い演技してみるというものだった。
女子生徒は男子生徒に恥ずかしそうに話し、その期待に応える男子生徒。
ある程度の時間を予定していたものの、盛り上がり皆は終わるのを惜しんだ。
「オビエドは役得すぎる」
「同意する。そして、リゼリアの良さを皆が実感しただろう」
ルークとラインハルトは会場から少し離れたところで見ていた。
彼らは女子生徒の人気の的なので、身を潜めていてほしいとオビエドに言われていたのだ。
◇◇◇
ルシアの従者アメリアはダンスと社交の会場に行こうとしたが、
見張られているように感じたため、ルシアのそばに戻った。
(まあ、いい。私が動かなくても、マシュー様の手のものが動くだろう)
昼食休憩後、ダンスパーティとうつる。
早々と食事を終えた学園祭準備委員の皆がそれぞれの作業に取り掛かった。
ルシアはリゼリアに声をかけた。
「残り最後のダンスとなりましたね。
来賓方との交流もこちらで私たちが行いますが、
ダンスは一、二曲ぐらいは踊らせていただきましょう。
私は殿下にお願いいたしました。
リゼリア様も踊られるのでしょう?」
「来賓対応もありますし。私はダンスは遠慮させていただこうかと思っていました」
「リゼリア様も、殿下の婚約者になりたいと思っているのでしょう。
ゆくゆくは王妃を目指しているのでは?」
「いえ、殿下の御相手は殿下や陛下がお決めになります。
私がおそばにいることは、殿下にとって良いことだとも思いません」
「そうですか。では来賓対応はお願いいたします。
もし、殿下やバルケラ様がダンスのお誘いにいらっしゃったら無下にせずに踊ることも、
私たちの仕事のうちですわよ。」
「承知しました。ルシア様」
「ルシアお嬢様、リゼリア様。冷たいお飲み物をお持ちしました。
こちらは皆さんが飲む予定の果実水と氷を入れてます。
お仕事の前にしっかり水分を補給なされてください。」
アマリアは二人にグラスを差し出した。
ガラスと氷が軽くぶつかり、心地よい音を立てている。
氷も少し解けており、果実水の冷たさが喉を通る。
「ありがとうございます」
ダンス会場にはすでに生徒が集まって今か今かと始まりを待っていた。
ダンスパーティ担当のスザンナ嬢が会場へ生徒を誘導していたようだ。
何人かの給仕の者が飲み物をすでに配っている。
会場の入り口から少しだけ離れた場所で、
ルシアとリゼリアは会場入りをする来賓方の対応をしていた。
しばらく経った後に会場のざわつき方がどこかおかしかった。
会場内の香りが異様に甘く変化した。
また生徒達はいつもより声が大きく感情的に話すようになった。
女生徒と男子生徒の距離も近く腕を触り合い、見つめ合う者も多くいた。
カイルは急いで控室から出ようとしていたラインハルト、ルーク、ユリウスに伝えに駆け付けた。
「殿下、会場の様子が変です。」
皆が会場入りをしたときは、ルシアもリゼリアも会場内にいたが様子がおかしい。
「殿下!」
ルシアが赤面し殿下の手を握ろうとしていた。
ルークがリゼリアのもとに駆け付け、彼女を座らせると両手で支えた。
ルシアの横にいたリゼリアはラインハルトに苦しそうに伝える。
「殿下、今すぐ窓を開け換気の指示を。。
あと周囲にお香のようなものがあれば撤去してください。。。
皆の興奮の原因でしょう。」
「殿下!果実水の氷に何か含まれているようです!」
カイルが果実水を確認していた。
「ユリウス!鎮静魔法を頼む!!」
「先ほどからかけているのですが、効果が思うように出ません!」
「天井に。。。隠ぺいの魔法陣と一緒に魔法を無効化する魔法陣があります。。。」
「リゼリア大丈夫か!」
「パリンッ」
リゼリアが片手をかざしていた方向の天井から音が響いた。
「姉上!魔法陣解除できています。全体に鎮静魔法がかかりそうです!!」
ユリウスは全体に鎮静魔法と浄化魔法を展開した。
高位レベルであるため、みるみるうちに生徒は落ち着きを取り戻していった。
ルークが会場を出ていこうとする給仕を追いかけようとするとリゼリアが反応した。
「。。。ルーク、いかないで」
真っ赤になにながらルークの腕を握り寄りかかるリゼリア。
リゼリアはそんな言葉を言うはずじゃなかった。
けれど、ルークがいなくなることがすごく切なかった。
本能が言葉を選ぶ。
「リゼ、大丈夫。ここにいる」
黒ずくめの数人がリゼリアたちの前に姿を現した。
「姉上とルシア様は僕が治療します。ルークと殿下…」
「行ってください」




