第73話 王と謁見
王家への速達魔法電報から、翌日、アイハンド家に直接宮廷魔法師がやって来た。
エドガー伯爵とゴルドの両名が迎えて、直接王書と使いである宮廷魔法師との会談が始まる。
宮廷魔法師は若い、長髪の女性であった。
てきぱきと口上を述べて、話の核へと入っていく。
「本来であれば、伯爵閣下の進言された通り、王宮へお二人を呼ぶのが定石ですが、ことは隣国との戦争が危惧されます。アイハンド領を空けるのは愚策。よって、魔鏡通信による遠隔での王との謁見を予定しております」
エドガー伯爵が恭しくその提案を受け入れて、日取りが伝えられる。
ゴルドはただ黙って、神妙な顔で頷くだけの機械と化していた。
そして、王家は相当緊急案件と捉えてくれているのか、その日の昼過ぎに、王との遠隔謁見が伝えられた。
宮廷魔法師が準備のため、屋敷の客間に入ったところで、ようやくゴルドは息を吐いた。
「ふぅ、よくやく休憩ですな、エドガーおじさん」
「ゴルド君、何もやってないでしょ?ただ隣で真面目風にしてただけだよね?」
エドガー伯爵がツッコむが、まぁ無理もないと頭の中では思っていた。
そも、研究所からの帰還が、まだ昨日の話なのだ。
一応、真面目に伯爵家である自分に速報するだけ、きちんとしてくれている。
その後も、疲れやめんどくさいという感情を押し殺して、宮廷魔法師殿の前では貴族として振る舞えたのだ。
エドガー伯爵は、口には出さないが、ゴルドへ後ろめたさや、贖罪の意思がある。
本来は、後継にはならず、平和な町の町長におさまる予定だったのを知っている。
ゴルドの父とはよく酒を交わした。
あれほどの傑物であり、できた人間はいない。
エドガー伯爵の純粋な人物評価である。
その男は、大層家族愛の深い男だった。
3人の息子に恵まれ、3人とも健全に育ち、兄弟仲も良かった。
側から見ていて、羨ましいと思っていた。
次男あたりは、真剣に伯爵家の家臣として、召し抱えたいと打診したが、断られたほどだ。
「我らアイハンド家は、この地で生きていく」
その強情さだけが、エドガー伯爵にとっては苦くも思っていた部分だが、清々しかった。
モンスタースタンピートの知らせは、もちろん来ていた。
貴族社会でいう、寄親寄子の関係であり、親戚筋でもある。
即座に応援を決定して、派遣した。
だが、魔法使いによる集団転移の判断まではしなかった。
ーーー見誤っていた、はたまた、驕りがらあったからか。
あの男ほどなら、スタンピートごときにらやられるわけがない。
そう、思っていた自分を、あの頃に戻れるなら殴り飛ばしたい。
殴るだけでは足りない、首根っこを締め、怒鳴りつけてやりたい。
死ぬぞ、と、伝えてやりたい。
情けない事に、そんな事は出来るわけもないと、私は分かっている。
我が軍が到着した時には、もう終わりであった。
屋敷に唯一残った三男のゴルド。
帰らぬ人となった長男。
そして瀕死の父親を、最期の生命の灯を文字通り使い切り、領まで連れ帰った次男。
あの男の愛した家族は、ボロボロになっていた。
エドガー伯爵は、彼との最後の会話で、恥も何もかも殴り捨てて、号泣し謝った。
だが、彼は恨み言など、一つたりともこぼさなかった。
領を守れた事。
ゴルドが生きている事を、幸運だと言った。
ーーーゴルドを、息子を、何卒、お願い申し上げます。
エドガー伯爵は、その言葉が、今も鮮明に聞こえる。
彼の肉声で、目の前で聞いたあの時のように。
「エドガーおじさん。お昼何が良いですか?」
ゴルドの声で、ハッと我に帰るエドガー伯爵。
「ラーメンという、異世界のパスタ料理がありましてね。これがまた絶品なんですよ」
「か、カレーだけじゃ無いのか?」
エドガー伯爵が、元気がないと思ったからか、ゴルドがかなり気になるメシの話題を振った。
エドガー伯爵は、昨晩の未知の異世界料理、カレーを食べた。
辛味がありつつも、旨みが爆発的に伝わるこの料理は何だと、今思い出しても腹が鳴る。
その期待値が高いからか、ラーメンなる料理も気になって仕方がない。
「・・・すまない、ゴルド君。気を遣わせたね」
「いえ、オレも腹が減っていましたから」
ニカっと笑うゴルドを見て、エドガー伯爵は、心が軽くなった。
今度は、約束を果たさせてくれ、友よ。
エドガー伯爵は、そう心の中でつぶやいた。
客間にて、魔鏡の準備が整う。
宮廷魔法師殿は、そばにラーメンの皿を置いて、ギリギリまですすっていた。
お昼は結構です、と断っていたが、折角ですので、とリンゼが運んできた。
宮廷魔法師ともなれば、贅沢な食事も経験あるだろうが、さすがに異世界の飯は食べたことがない。
女性でも、美味しいと思ってくれたのだなぁ、とゴルドはしみじみ思っていたが、エドガー伯爵は、これで異世界転生の影響力を、身を持って宮廷魔法師殿も感じたことだろう、と看破していた。
「じ!時間ですので、お繋ぎします」
魔法師殿は、しっかりと食べ終わり、器を魔鏡の裏に隠して、始まりの合図を告げた。
エドガー伯爵とゴルドは膝をつき、頭を垂れて、王との謁見を待つ。
大きな姿鏡に映し出された王は、妙年の王であった。
優しそうな糸目に、微笑みを湛えた表情で、一見して、威圧らしきものはなく、お上品なおじさんにしか見えない。
「面をあげよ。プライス伯爵、アイハンド男爵。此度の報告は聞いた。まずは、アイハンド男爵よ、ご苦労であっな」
「はっ!もったいなきお言葉であります」
鏡越しとはいえ、王の目前であるため、緊張した面持ちをするゴルド。
魔法師殿の打ち合わせ通り、最初は王からの労いの言葉があるので、それを恭しく受け取る。
「さて、次に・・・順番を前後させるが、アイハンド家の転生魔法について話す」
ここで、魔法師殿も、気をつけてと言っていた件が、王より口にされる。
アイハンド家の秘術、に該当するものだろうが、それを王家にも開示するというのは、逆にいうと、今まで黙って、英雄クラスの超常存在を集められる状態であったとも取れる。
王家への叛意が無いのかについて、ジャブが飛んでくるかもと魔法師殿は読んでいた。
「これは、貴族各家に伝わる秘術として、王家は特に介入しない。アイハンド家にて守るべき秘密がある場合は、王家への報告する必要もない。全て任せる」
「な、なんと!」
エドガー伯爵が素で驚く。
王がわざわざ、その転生魔法について、一切関与しない、報告も不要と宣言したのだ。
ゴルドも、想定外の王の宣言に、かしこまりました、と答えるのが精一杯だった。
「まぁ、そこまで深刻に捉える必要はない。王家に叛意あるのであれば、そもそもこの魔法を報告などせんだろう」
破格に見える王の判断に、王自身が説明を付け加える。
「あと、こちらも包み隠さず言わせてもらうが、王家代々の伝書に、アイハンド家当主の一人、ルシアスからの報告もある」
「・・・ルシアス・・・あぁ!ルシちゃん!」
ゴルドは記憶を辿り、妖精アイハが言っていた、ゴルドのご先祖様の呼び名を思い出す。
「ふふ、ルシちゃんか・・・伝書にある通りの妖精のようだな。尚更、問題ない。アイハンド家にしか使えない秘術だ。そちらで管理を頼むぞ」
「ははっ!」
ゴルドの返事が響き、前段となる話は終わる。
ここからが、本題と言っても良いだろう。
「さて・・・エリュシール国についてだな。この国の情報は、予てより集めていた。アリアよ、説明せよ」
「はっ」
魔法師殿が返事をして、王に変わり隣国の情報を述べ上げる。
ほぼヴォルクやビィンセントの言っていた内容で合致している。
宗教に乗っ取られた、侵略系国家。
そこへ、違法な人体実験と、ゴルドの持っているものとは違う転生魔法により、この世界にない技術を隠し持っている。
魔法師殿の説明が終わり、王はしばらく宙を見たのち、口を開いた。
「エリュシール国を敵国認定とする。だが、開戦により、無駄な血が我が国で流れるのは本意では無い」
王の言うことは尤もである。
ましてや、こちらとしては手に入るものがない。
正義の名の下に、ただ懲らしめのための戦争など、ふっかけるこちら側が損するだけだ。
「そこで、密偵を送り、エリュシール国内を調べているのだが、これまた、向こうからの戦争準備の気配がない。そして、宣戦布告もない。ここは奇妙に感じている」
「不意打ちをかける算段やも知れませぬ」
エドガー伯爵の言い分も尤もだ。
エリュシール国は、侵略した国によっては、明確な宣戦布告なく騙し討ちしていたこともある。
だが、今回は、向こうが、研究所の破壊と、領主暗殺をされている。
アイハンド家の山に入っていたという侵攻行為はあるものの、襲撃されたという言い分も言ってきそうなものだ。
「宣戦布告をする材料は揃っているが・・・騙し討ちにこだわる理由でもあるのか・・・だが、私は内部分裂をしている可能性が高いと踏んでおる」
王は細い目を鋭くさせて、見解を述べる。
「そもそも、無理な侵略を繰り返している国だ。内部に燻る不満は多い。そして、交戦的な国にしては、殴られていながら静かすぎる・・・」
エドガー伯爵とゴルドがふむふむと頷いていると、ふと王がゴルドに目を向ける。
「アイハンド男爵。君から報告をもらった襲撃内容だが・・・見事だ!」
王は愉快と言わんばかりに、膝を叩いて嬉しそうに笑い出す。
ゴルドは呆気に取られ、慌てて、もったいなきお言葉、と知っているセリフをまた繰り返す。
「いや!謙遜は要らぬ。少数の6名、内訳が領主とメイド付き、実質戦える部下がたったの4名なのに、敵に囚われし者たちを仲間に引き入れるとは、やろうとしてもできぬ!」
王から褒められるゴルドは、次第に照れ出して、いやいやとニヤけながら答える。
王はまだ褒め足りないとばかりに口が止まらない。
「私が相手側の将であれば、そもそも襲撃者であるそなたを看破することも出来まい。どこから来たのか、何が目的か、どこの所属のものなのかが一切不明だからな!」
はははは!と王が愉快に笑うので、ゴルドもいやいや、と言いながらはっはっは、といつもの笑いをする。
エドガー伯爵は、あ、このパターン、不味いかも、と何かに気付く。
だが、もうすでに遅いと、王が一際ニヤリと笑う。
「そこでだ、アイハンド男爵。此度のエリュシール国への引き続き対応は、そなたに全て任せたい」
王は、すこぶるいい笑顔で、ゴルドに全部よろしくと投げる作戦に出た。
ゴルドは理解が追いつかず、とりあえず笑う王につられて、笑って返した。
「なんと、もったいなきお言葉!・・・んん?」
エドガー伯爵は、もう遅いと言わんばかりに、白目をむいてうつむいていた。
ゴルドだけが、よく分からないで王と笑っていた。




