第71話 兄妹の誓い
「で、君が呼ばれたわけだよ」
ゴルドは馬牧場でポツンと座る、ノイルに良く似た銀髪の少女に説明をした。
呆けており、まだ状況が掴めていない。
ヒロは、一点を見つめて、微動だにしないノイルを、おーい、大丈夫?と顔の前で手を振っていた。
「・・・お、おにい、ちゃん?」
銀髪の少女、ルノアが、震える声で、ノイルに声をかける。
何年ぶりだろう。
兄と会うのは。
懐かしい、忘れていた家族の記憶が蘇る。
父と母と兄。
唯一の、家族で、唯一の光だった。
ノイルが、ようやく動く。
ぎこちない、体に力でも入らないのか、でも、一歩づつ、確実に、必死にルノアの元に行く。
「・・・迎えに、来たぞ・・・」
色々、考えていた言葉があったのだろう。
言いたいことは、山程あるだろう。
安心して欲しい、ゆっくり言える。
2人で語らう時間は、しっかりとある。
ゴルドとヒロが、アイハを連れて、馬の世話を手伝うため、さりげなく離れた。
その間、兄妹の久しぶりの再会が、涙ながらに行われていた。
邪魔する者はいない。
それを壊す者はいない。
それが、どれほど優しく、平和で、心安らぐものか。
ノイルとルノアは、ようやく、不幸の道から脱して、平坦な道を進めるようになる。
「アウ!アウ!」
黒い子犬が、リンゼと共に馬牧場へやって来た。
ゴルドがそれを見つけて、おぉ、と声を上げる。
「ノアニール~、はっはっは、ちゃんと風呂に入ったか?」
子犬にいつの間にか名前をつけており、ゴルドは喜んで抱き上げる。
黒い子犬は、嬉しそうにハッ、ハッ、と息を荒げていた。
「ゴッド様が助けたワンちゃんですよね?ノアニールって名付けたんですか?」
ヒロが可愛い子犬を見て、目をキラキラさせながら子犬を撫でる。
人懐っこい犬なのか、嬉しそうに尻尾を振っていた。
「うむ。カッコいいだろう。黒い戦士という意味が込められている」
「この子、雄ですか?」
「え?知らない」
ヒロの質問に、ゴルドはスパッと答える。
「さすがにそこは確認しようよ~」
アイハがもっともな事を言う。
リンゼが、ご安心ください、オスですとフォローして、じゃあいいな!とゴルドが喜んだ。
馬と犬とで戯れながら、ゴルドはリンゼからの報告を聞く。
「プライス伯爵への魔法電報は至急送りました。お返事も返って来てます」
「いやぁ、エドガーおじさんには苦労かけるねぇ」
プライス伯爵家は、アイハンド家の寄親。この地方一体の責任者もしている。
そして、寄親寄子の関係でいうと、ゴルドの祖母がプライス伯爵家三女で、降家してきたので、しっかり親戚である。
リンゼは返ってきた電報を、ゴルドに渡す。
ゴルドは、小心者の小言がうるさい親戚のおじさんが、どんな文句を言うかと読んでみる。
『そっち行くから待ってなさい』
何とも短く、そして切羽詰まっている感じがありありと伝わる言葉か。
「おいおい、見ろよリンゼ。伯爵本人がこんなの書いたらダメだよなぁ。当主が赴くことなんて、相当の事がなきゃおかしいだろ。しかも、伯爵家が男爵家に来るなんて、前代未聞だよ~」
ゴルドはおかしくってつい笑いながら電報をリンゼに見せる。
「笑い事ではありません、ゴルド様。多分来ます。間違いなく」
「いやいや、向こうの家臣が止めるって。あっちは優秀な家臣がごまんといるんだぞ?」
「その家臣筆頭からも、魔法電報が相次いできてます。もう行くから、準備とかは要らないけど、ゴルドだけは逃すなって、書いてます」
「え?ちょ、マジ?」
ゴルドがにわかに慌て出す。
この後は、山での行軍や野営キャンプの疲れを取る為に、風呂に入って久々のベッドにダイブして爆睡かます予定だったのに、おじさんとはいえ伯爵家が来るとなると、また説明やら何やらが必要になる。
「明日にしてくれよ~。電報で、被害甚大のため、明日以降で希望する、みたいに送ってちょうだい」
「そんなこと書いたら、プライス伯爵家全軍総出で速攻来ますよ?」
「・・・そうだな、やめておこう」
ゴルドはノアニールを抱っこして、ため息をする。
「めんどくせ~・・・まぁ、でも、報告したら、後はおじさんが何とかしてくれるから、もうちょい我慢かな」
ゴルドは仕方ない、と自身に喝を入れて、迎える準備に入る為、立ち上がった。
そこへ、ノイルとルノアが、目を赤くしてやって来た。
相当泣いたのか、とりあえず、気持ちは落ち着いているようなので、ゴルドは安心して笑顔を見せる。
「もう少しゆっくりしていろ。寝床や飯の案内はヒロに任せる。せっかくの再会なんだから、積もる話も・・」
ゴルドがはっはっはと、いつものように笑いながらそう言っていると、急に2人は膝をついて、頭を下げた。
面食らうゴルドは、え?何何?とキョロキョロする。
「ゴルド様。貴方に、我ら兄妹は忠誠を誓います」
ノイルが、急に恭しく、そんな事を言う。
ゴルドは汗をかき、いやいやいや、と手を横に振った。
「いい、いいよそんなの。重くない?オレはそんな忠誠受ける柄じゃないって」
「あんたの元でしか、オレ達は幸せになれねぇ」
急に顔をあげて、ノイルはいつもの口調に戻っていた。
そこに、気迫のこもった、真剣な表情がある。
「どんだけ探し回ったって、元の世界じゃ、オレらは不幸のままだった。それを救ってくれたのは、あんただし、あんたにしかできないことだ」
「いや、転生魔法使ったのアイハだし・・・」
ノイルはウジウジするゴルドに、だぁ!もう!と怒り出してしまう。
「お前がオレの手握ったんだろうが!」
ゴルドは、ノイルと会ったあの時を思い出す。
別に特別でも何でもない。
腹の空かした、貧村の子供だと思った。
純粋に、助けねばと、思っただけだった。
「メシ食えってメシ渡してきたんだろ!研究所聞いて!そいつらまで助けて!しかも元の世界から妹呼べって!責任取るって言ったんだろ!」
ーーーだから!オレと妹はここに居るんだよ!
ノイルは、叫ぶように、いや、実際のそう叫んでいた。
ここまで、馬鹿みたいに好転することなど、夢ですら見ていなかった。
真っ暗闇の、道かどうかもわからない、地面をただ見て歩いていた。
「感謝させろ!そんで恩返しさせろや!」
「お、恩返し、したいです!」
2人の兄妹は、精一杯考えて、急に変わったこの世界で、やりたい事を見出したのだろう。
顔を真っ赤にさせるノイルと、真剣な面持ちのルノア。
2人を前にして、ゴルドは、驚きの顔から、胸に込み上がる、暖かな感情に、頬を緩めた。
「そうだな。責任は取ると言った・・・その忠誠、受け取ろう」
ゴルドはそう言った。
これは、何もできない自分が、背負うべき責任だ。
この兄妹を、明るい道に連れてきたのだ。
自分の歩む道は、明るく、彼らが後悔しない道を行かねばならない。
彼等が追いかけて、後悔のない、道を歩まねばならない。
「ヒロ、厨房には言っておく。最高に美味いカレーを用意しておけとな!ノイルとルノア達と一緒に、食べてやってくれ」
ヒロはにっこり笑って、承知いたしました、ゴッド様、と答えた。
ゴルドはもうひと頑張りしようと気合を入れる。
あの研究所は、隣国は危ない。
身を守る行動をとるべきだ。
領主として、彼等を守る選択をすべきだ。
ゴルドはリンゼと共に、ノアニールを側に走らせて、屋敷に戻って行った。




