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第70話 正反対の似た者同士




ノイルは静かに、黙って馬牧場で、放牧されている馬を見ていた。




まだ会議は続いている。




ゴルドを中心に、フィオ、美月、ローガンが、情報の集約を行っている。


ビィンセントが持ち帰った資料は、間違いなく一地方領主に過ぎない、男爵家のアイハンド家の手に負えない代物である。


国王への報告は必須だし、その前に、この地方一帯の元締めである伯爵にまず報告だし、と、やる事は山積みのようだ。




その中で、ノイルは元の世界に帰るかどうかだけを、ずっと考えていた。



元の世界にいる時は、考えすらしなかった。


違う世界に来ることがあるなど。



「どうすりゃいいんだよ・・・」



「帰りたくなりならそれで良いんじゃない?」



ノイルが驚き振り返る。


いつの間にか、のんびり同じく馬を眺めていたヒロがいた。



「てめっ、急に現れんなよ!ビックリするだろうが!」


「え?いや、挨拶は何度もしたんだけどなぁ」


ヒロが悪びれるような雰囲気は出しつつ、顔は笑っているので、悪いとは本当は思っていない顔だ。



「帰りたくないなら、無理に帰ることもないでしょ」



ヒロのその言葉は、ノイルへの言葉なのか、それとも自分へのものか。


ノイルは、妙に重いその言葉に、口をへの字にしかめつつ、ヒロから目を逸らしまた馬を見つめる。




「生きてるか、わっかんねぇけど・・・妹が、いるんだよ」




ノイルの言葉は、短く、だが、何の事情も分からないはずが、一発でヒロも、そりゃ帰らないとね、と納得がいった。




「兄妹なら、帰ってあげないとね」



「死んでるかも知れねぇけどな。ずっと探しているが、全然見つからねぇ」



「だからって、諦めれないよね。お兄ちゃんなら」



「なんだ?お前も兄妹いた口か?」


ノイルが、妙に実感のこもったヒロに対して、気になって聞く。


ヒロは困った顔をして、さぁ?と返す。


「母さんが出て行ってから、どっかで弟が妹を産んでてもおかしくはないけど、それを兄妹と呼んでいいかは分かんないなぁ。母さんは僕のこと、無かったことにしたいだろうし」



「・・・な、何だよそれ」



ノイルが絶妙に困った顔で、何を言えばいいのか、と狼狽(うろた)えていた。



ノイルからすると、全く想像がつかなかったのだ。


身を挺して、文字通り命をかけて、子も守った母親しか、ノイルは知らない。


父親との子である自分も、そうでない妹も、等しく、我が子として愛して、家族であった。




「な、何か事情があるんだな」



ノイルは、本気でそう言っていた。



親が子を捨てるなどと、夢にも思っていなかった。




「うーん。まぁ、そうだね。色々と限界だったろうし、事情があると言えばそうかもね」


ヒロの達観した、親への憎しみがない感情も相まって、ノイルの勘違いは加速する。



「お前、父親はいたのか?」



ノイルが話題を切り替えようと、今度は父親の話を出す。


「うん。いたよ?」


まぁ、本当に()()()()だけどね、と言うヒロに、またノイルは怪訝な顔をする。




「別に・・・居ればいいしゃねぇか。オレの親父は死んで、もういないからな」


ムスッと返すノイルに、ヒロは、ノイルの気を悪くさせたと思い、ごめんね、と謝った。



「・・・どんな父親だったんだ?どうせ、お前に似て、お人好しなヒョロイ親父さんなんだろ」


「いや、僕とは似ても似つかなかったよ。坊主で、ゴリゴリのチンピラみたいな風体で、酒と博打が好きだし、平気で知らない女の人も襲うくらいだしなぁ」


「・・・酒癖の悪い親父さんなのか?」


「まぁ、酒に酔うと母さん殴ってたしね。僕には一応手を出さなかったよ。存在しないように、無視してたし」


ノイルがようやく違和感に気付いた。



「・・・お前、もしかして、拾われた子か?」



精一杯の想像をして、ノイルは聞く。


ヒロは苦笑いして、少し考える。



「・・・そう、だったら、まだ希望があるんだけどね。まぁ、もう分かんないかな」



まるで、大人が困らないように、無難な答えを言うヒロ。


感情を表に出さないヒロの様子を見て、ノイルは、勝手ながらに、憤りを覚える。



「・・・親って!そういうのじゃねぇからな!お前!勘違いするなよ!」



ノイルは、色々と頭の中で考えたが、とりあえず言いたいことを言うことにした。


ぶっきらぼうに、この世に、どんな親がいるのか、彼は全てを知らないでいたが、その親だけが、家族だけが、ノイルの唯一の心の支えだった。



「親って、子供を一番に考えているからな!マジで!・・・どんなに自分が辛くたって、自分より子だからな!・・・それをしない奴は親なんかじゃねぇ!例え!・・・本当に、血の繋がりとか、なんつーの、そういうのがあっても・・・そんなの親じゃねぇ!」



ノイルが必死に、言う。


それは、実際に自分の父親と母親がそうだったから。



どんなに苦しい環境でも、周りが優しくなくとも、両親がそう愛してくれていたから、自分は、本当の最後の最後に残っている根っこは、悪人にならず済んでいる、と思っている。




「・・・なんでオレ、そんな話してんだ?」



ノイルは熱くなっていたことに気付き、我に返る。


ヒロも、驚きこそあれ、好意的に笑って受け止めていた。



「良い、ご両親だね」


「・・・お前のその、良い子ちゃんな感じ、なんか癪に触る!」


ヒロは、えー、と困って言うが、ノイルはうるせぇと無理やり会話を閉じた。




馬の走る様子を見る。



2人して、似た物同士のように、その場でじっとしていた。




「・・・妹さん、見つかると良いね」


「・・・まぁな」



ヒロの問いかけに、ノイルはとりあえず答える。



「・・・見つかったとして、その後、平和に暮らせるかは、また別問題だがな」



「・・・そうなの?」


「オレは魔族だからな」



「・・・え?そんだけ?」



ヒロは、しばらく待ったが、ノイルからの返事が、魔族だから、しかないので、驚く。



「魔族だからって・・・なに?何か違うの?」


「あー、まぁ、人間よりは強いかな」


「・・・え?そんだけ?・・・ひ、人食べるとか?」


「食べねぇよ!」


ヒロが聞いて、ノイルがキレて返す。




「・・・何も変わらないじゃん。ノイルも僕も、一緒だよ」



ヒロの言葉に、ノイルは気付かされる。




ーーーあぁ、本当、そうだよな。





自分が思っていたこと、周りにも、思って欲しかったこと。


言って欲しかったことが、ここだと言ってくれる。




ノイルは、ヒロに言う。



「なぁ・・・あのバカ、しっかり守っとけよ。命いくつあっても足りないぜ?あの領主」


「ゴッド様?・・・当たり前だよ。絶対守る」


ノイルは確かに感じていた、ゴルドから受けた、温かい差し伸べた手を。



この世界が、というよりも、ゴルドがいるこの場所が、居心地が良過ぎていけない。


一度知ってしまうと、心が折れそうになる。

この場所で、穏便に暮らしたいと、願ってしまう。



きっと、ノイル1人でなら、可能だろう。



だが、それは自分が許さない。





「明日には帰るよ、元の世界に」


「・・・早いね」


「早く帰らねぇと。ここにいる意味はもうねぇよ」


ノイルのツンケンな言い方は、本音であり、照れ隠しでもあった。




僅かばかりの時間だが、ゴルドやヒロと出会った時間は、ノイルにとって、(まご)うことなき、仲間になれた貴重な瞬間であった。



たった1人で奮闘していた、元の世界よりも、圧倒的に、辛くない・・・いや、言ってしまえば、幸せで、充実していたと言えよう。




2人は会話ができず、ただただ黄昏ていた。




結構時間が経ってしまったのだろう。



そこへ、ゴルドが歩いてくる。

横には、妖精のアイハもふわふわ浮いて、お馬さんだ~、と無邪気に馬に近寄って行った。


会議が終わり、ひと段落したのか。



「ようお二人さん。今夜のメシ何がいい?」


ゴルドは会議が終わって晴れやかな顔をしていた。


色々と大変なのは、これからだろうに。

空元気なのか、本当に能天気なのか、判断に困るところだ。



「あー、悪かったな、領主。お前、本当に領主だったんだな」



ノイルは少しだけ目線をゴルドに向けて、口早にそう言った。


精一杯の謝罪だ。


ゴルドは、急な言葉に、危うく聞き逃すところだったが、あー、と言葉を繋げて、笑い出す。



「気にするな。元より、領主には向いてない」



堂々とそう言うゴルドに、ノイルは言う。



「その通り過ぎて何も言えねぇよ」



「はっはっは、もう少し擁護してくれてもいいんだぞ?」


ゴルドの、笑いながらも哀愁漂うその様子に、ノイルは笑って答える。





「そうだな。オレの妹が見つかったら、もう一度呼んでくれよ。2人でなら、ここに住みたい」





ノイルにとって、最大級のデレが来た。



ヒロも、ゴルドも驚いた顔をする。


ノイルが、その沈黙に、次第に顔を真っ赤にさせて、いつものノイルのように、不機嫌でぶっきらぼうな言い方に戻る。



「こ!ここなら敵もいねぇし!オレが無双できるからって意味だぞ!オレの元の世界は、ややこしい奴隷勇者が複数いて、なんつーか!とにかくややこしいんだよ!あと無駄につぇえ!」


「う、うん。わかった、分かったから」


ヒロが、慌てふためくノイルを落ち着かせるように、両手でまぁまぁとジェスチャーする。



だが、変わらずゴルドはキョトンとしたまま、ふと口を開いた。



「妹さんは、元の世界に未練はないのか?」



ゴルドの真剣な言葉に、ノイルはとりあえず落ち着き、答える。



「ねぇよ。オレら家族を受け入れる気のない世界だ。両親は殺されたし、2人で生きていくにも、あの世界じゃずっと逃亡生活だろうしな」



ノイルの、現実を見て、また落胆する声がした。


元の世界は生きづらい。

そう、まざまざと見せつけられた。









「え?じゃあ、妹さんこっち呼びなよ」





ゴルドは、さも、今夜メシ食うならうち来なよ、的なノリで言った。



ノイルは、硬直する。


だが、すぐにふっと笑い、手を横に振った。



「あー、悪い。ちゃんと言ってなかったな。妹は生死不明だ。どこにいるかも分からん。まずは見つけるところからなんだよ」



「そうなのか?・・・いや、でも、アイハには関係ないと思うぞ?聞いてみようか?」



ゴルドが、馬と戯れている妖精のアイハに声をかける。



ふよふよ浮きながら、アイハはノイルに聞いた。



「妹ちゃんの名前は?」


「る、ルノア、だけど・・・」



ノイルは、俄かに信じがたく、質問もしてしまう。



「生きてるか死んでるかもわかるのか?あいつ、時間巻き戻せるから、人間が厳重に捕まえて、不老不死の為に働かせているとかって噂とかは聞いてて、でもすげぇ厳重らしくて、オレ1人では確認すら出来なくて」


「まずね。死んでたら、私はもうどうしようもないの」



アイハは、ふわりといつもの口調だが、ゴルドにヒロにノイルと、周りは緊張が走る。




「私の力は、世界を超えるだけ。時間は越えられないの。だから、貴方の記憶と、繋がりの縁と、名前で検索するね」


アイハは静かに集中する。


馬のいななきと、走る音、風の音だけがする。



「・・・遠いね。結構遠いけど、見つけたよ、ノイちゃんの世界。うーん、私この世界嫌いかも、ごめんね?」


「いいよ、オレだって嫌いだ」


ノイルは答えつつも、緊張が走る。



とうとう、自分では見つけられなかったが、妹が、生きているかどうか、何処にいるのか、わかる瞬間が来るかも知れない。



足は自然と、落ち着きなく歩き出し、忙しなく動く。

手はずっと組んだまま、目は、祈るようにアイハを見ていた。



「あ、いたよ~」



軽い。


あまりにも軽く、あっさりとした答えに、ノイルは硬直する。



「呼ぼうか?ルノアちゃんも、結構辛いみたい。もうすぐにでもこの世界から居なくなりたいって願ってるよ」


「ダークな部分が噴き出ているな。本当、ブラックな異世界ばっかりだぜ」


固まるノイルの代わりに、ゴルドがアイハに指示をした。






「呼んでくれ。オレの魔力も使ってくれて構わない。全責任は、俺が取る」





人知れず。


初めから不幸が定められていた兄弟は、異世界の軽い領主によって、救われた。




「じゃ、今晩はカレーだな。あれ、大人数で食べると美味いし」


当の救った本人は、飯のことばかり考えていた。




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