第68話 崩れゆく研究所
「おい!グンヴァ!あのアル中野郎はどこだ!」
軍服の女が、肩を庇いながら、ようやく研究所の兵士と合流できた。
「ヒルイザ少佐!ご無事で!」
「これが無事に見えるかボケナス!肩は外れているし手首も折られているし!危うくキモい蜘蛛女に食われそうになったんだよ!だからあのクリーチャーズは嫌いなんだ!死ね!死ね!」
文字通り、地団駄を踏むヒルイザ。
その目は充血し、怒りが収まらないと鼻息荒くヒルテリーになっている。
「で!グンヴァは!」
「あ、はい。その、大尉はお休みになられておりまして・・・」
青年の兵士は、敬礼しつつ、言いにくそうに歯切れの悪い答えをする。
「こんだけ研究所襲われてて!寝てるとかあいつバカだろ!どうせ寝る前しこたま酒飲んだんだろうが!はよ叩き起こせ!」
ヒルイザが在らん限りの甲高い声をあげて、指示を飛ばす。
青年兵士は慌てて走って起こしに行った。
その間に、右往左往した伝令兵らしき者が、少佐であるヒルイザを見つけて伝令です!と膝をついた。
「言え、今どうなっている?」
「はっ!東、南、西の三方向から大規模攻撃を受けております!東は火攻め!おそらく魔法によるものです。その炎の強さから、魔法師団が攻め入っているかと!」
「ちっ!・・・魔法師団抱えているところ・・・他もか?」
ヒルイザは頭を働かせて、敵が何処からの者かを推察する。
「西は、恐らく逃げたあの小僧です!常人では説明できない物理法則を無視した破壊痕が、逃亡した際のものと一致します」
「あー、逃げたあいつか・・・この襲撃をどっかで知って、お礼参りか?クソが・・・んで?南は?」
「・・・・」
そこで、伝令が言い淀む。
まるで、信じられない様な、言いづらいという空気をありありと出す。
「早く言え!とにかくどんな攻撃かでもいい!」
痺れを切らしたヒルイザが怒鳴ると、伝令は意を決して伝える。
「銃火器です!我らの特秘技術である、銃火器、爆弾の類で攻撃を受けています!に、にわかには信じ難いですが!我らの技術が盗まれております!」
ヒルイザは顔面蒼白になり、髪の毛を掻きむしる。
「いや・・・だが、内部で会ったあのクソ金髪達は、間違いなく現地人だ。私の技術の説明に、とんと理解できていなかったし、行動も、言動も、この世界の人間で間違いない・・・」
奴らの名前を、辛うじて思い出そうとするヒルイザ。
確か、1番弱そうな女・・・所作からして使用人のような奴だった。もしかすると娼婦とかかもしれない。
「アイツは、リンゼ・・・だったわね」
それと、美形の騎士がいた。
正直、めちゃくちゃタイプだ。
ヒルイザは面食いなので、この騎士だけでも、後々籠絡してやろうと裏で思っていたが・・・。
「シルビー・・・私を殴った罪は重いわよ・・・」
惨たらしく殺してやると、すでに恨みの対象となっていた。
そして、そのシルビーが金髪男に向かって言っていた。
「ヒメ・・・変わった名前ね。本名を隠しているコードネームの可能性は・・・まぁ、ないわね。現地人のサルにそんな思考はないわ」
ヒルイザは、記憶を辿り、シルビー、もといシルヴィが言っていた、ゴルドへの愛称、「姫」を、名前だと勘違いした。
本当は、ゴルド自身、アラクネたちと会った時に馬鹿正直に名乗っていたのだが、あの後、ヒルイザはアラクネに凄まれ、失神したため、この辺りの記憶が朧げである。
ゴルドは運良く、名前を知られずに済んだ。
「ヒメ・・・ヒメナンスではありませんか!?」
伝令役が、その名を聞いて何かピンと来る。
「ヒメナンス!・・・あの教皇反対派の伯爵風情か!」
「ヤツの国は、魔法が盛んで、魔法師団の兵士も用意できるかと!」
そのフルネームが出ると、ヒルイザも気付いたと言わんばかりに、真実を明かした様な驚きと、見つけたという顔をする。
「やはりこれは、エリュシール本国に取り込まれた敗戦国貴族どもの残滓に違いありません!」
伝令役も、納得がいったという顔をしており、確信を持って言う。
ここで、エリュシール国の内部情勢を捕捉すると、教皇がトップで、エリュシール家王族がそこの下につき、以下貴族が並ぶ。
だが、ビィンセントが言っていた通り、このエリュシール国、かなり無茶苦茶で、教皇の神の言葉に従い、周辺国家を侵略していた。
それを可能にしたのは、ヒルイザ含む、異世界からの召喚したエリュシール国にとっての英雄がいるわけだが・・・。
ともかく、侵略した国の王族は根絶やしにし、有力貴族たちは力を削ぎ落とした上で、膨大な領土は見切れないので、自治を持たせつつ、また新たな侵略のための手駒としていたのだ。
その手駒とされている、敗戦国の貴族たちを、教皇反対派と、エリュシール国に元々いた人間たちは呼んでいるのだ。
ヒルイザはすぐさま考える。
「秘匿の技術流出はあまりにも重い!!・・・だが、犯人探しは後だ。それよりも、領主・・・ハダンテ大司祭がヤバいんじゃないか?反宗教派からしたら、速攻で報復したい相手だろ!すぐに救出へ迎え!」
伝令は返事と敬礼を返し、すぐさま走り去る。
そうこうしているうちに、顔面蒼白のグンヴァがヨタヨタ歩いてきた。
「マジかよ・・・転生して、ようやく勝ち組になれたと思ったのによぉ・・・なんだよ襲撃とか・・・」
「シャキッとしろグンヴァ!状況は最悪だぞ!まずは機密書類の確保、できなければ破棄だ!」
ヒルイザが矢継ぎ早に指示を出す。
ゴルドの功績を、ここであえて明言するが、ヒルイザはただの胸糞ヒステリック女ではない。
少佐という立場で、軍組織として指揮ができる。
早い話、このヒルイザが、ゴルドの道案内に付き合わされず、早々に兵士へ指揮していたら、少数のゴルドたちはたちまちやられていただろう。
知らぬ間に、敵の司令塔をブロックしていたゴルドは、ヒロとヴォルクとノイルの総攻撃による敵兵の消耗を進め。
実験奴隷を受ける前の子供たち救出。
異世界召喚された怪物たちの解放。
実験体にされた者たちの解放。
研究所の概要書類および参画者リスト、教皇の指示書など機密文書の確保。
最高責任者である領主暗殺(?)
最奥で厳重に幽閉されていたワンちゃんの救出。
領主コレクション強奪(ゴルドの兄の遺品回収)。
あえてここに付け加えるなら、ゴルドたち隣国による襲撃ではなく、自国内の不穏分子による襲撃と思わせたところも入るだろうか。
ともかく、ヒルイザ側、研究所メンバーは、あまりにも多い犠牲も鑑みて、早々に退却の指揮に切り替えようと算段していた。
「グンヴァ、あの準備を進めてちょうだい」
「・・・全部ぶっ飛ばすのか?まだ兵士も逃げ切ってねぇけど?」
「兵士なんてどうでもいいわよ。大司祭様を確保次第、爆破させて。さっさと爆破させれば、アイツらも死ぬはずよ。急いで!」
研究所は、終わりの時を迎えようとしていた。
所変わって、ノイルが担当した西側は、いよいよ壁の無事な部分がもうなくなるんじゃないか?というほど、穴は空けられ、ひどい所は崩れて何も無くなっていた。
ノイルがしらみ潰しに敵兵を見つけ次第、葬り去っていたが、次に動く何かを見つけて、その手を向ける。
「っっ!!・・・実験体か?」
ノイルと同じ布に巻かれた程度の服を着た、頭にツノの生えた少女がいた。
他にも、隠れる様にして、牙が口から生えた者や、両手が鎌になった者など、言われずとも、彼ら彼女らが、この研究所の実験体であった事は、すぐさまに分かった。
「な、なんでお前らだけなんだ?金髪のやけにうるさい男はどうした?」
ノイルは周囲を警戒しつつ、実験体たちに聞く。
「ま、まだ奥に人がいるからって、助けに行ったよ」
ツノの生えた少女が代表して言う。
ノイルは舌打ちをする。
「オレは守るとかそういうのは苦手なんだよ・・・てか、何でお前らもわざわざこっちに・・・」
「ひ、火とかあったから、あっちは危なくて・・・」
怯えて呟く少女に、ノイルは仕方ないとため息をつく。
「こっちに来い。離れれば、研究所の兵士もここまでは来ねぇよ」
ノイルは一旦攻撃をやめて、逃げてきた彼等を、安全な場所に移動させる。
次に、リンゼたちだが、全員がヴォルクの所まで合流する。
「子供か・・・これ以上ここに居るのは流石に不味い。子供たちの体力は持つか?」
ヴォルクはざっと見渡し、何名かは苦しそうな子を見つめる。
「私と蠍のあんちゃん、ベビねぇさん、鳥人間、お花ネェちゃんがいれば、もう走れない子は抱えれるわよ」
シルヴィが不敵にそう笑うが、殿がいないのは論外だ。
「オレも下がろう・・・ボスにはビィンセントがいるし。信じるしかない」
子供達を連れて、ヴォルク、リンゼ、シルヴィたちも、研究所から離れた。
そして、ゴルドたちはというと。
「いっけね!このクソ野郎に出口聞き忘れた!!」
すでに死んでいる領主を前に、ゴルドは渾身のツッコミをしていた。
一先ずは心に棚を作り、今生きている者たちを、生きて脱するために、出口を探す。
「ねぇ、窓があるよ」
アラクネの少女が窓を指す。
ビィンセントが寄って行き、窓を開けて周囲を見る。
「よし・・・敵はいねぇみたいでさぁ」
「でも、ここ3階で、高くね?」
ゴルドが窓から下を覗き、青い顔をする。
「まずはアテから行くよ!」
オーガの女が、勢いよく飛び降りる。
そのまま、勇ましい日本足でも着地を見せる。
改めて周囲を警戒するが、やはり敵兵はいない。
続いて、アラクネの少女が、壁を伝って降りていく。
蜘蛛の足は垂直でも歩けるので、問題なく地面に降りる。
そこで、糸を吐き、窓から簡易的なヒモを作る。
そこから、ビィンセント、ゴルド、ケンタウロスと続く。
子犬はゴルドが抱えており、ビィンセントはまだ生きていた女性を、亡くなった女性の亡骸はケンタウロスが背に乗せていた。
「・・・ガッサ、器用だね」
「馬は本来器用なのさ」
アラクネの少女がケンタウロスの男に言う。
確かに、ヒモをつたって下半身が馬なのに、よく降りれたなとゴルドも感心した。
ついでに、ガッサという名前なんだ、とゴルドが言おうとすると、窓からちょうど敵兵が、部屋に入り込んだ様子が見てとれた。
騒がしく、無惨に殺された領主の姿を見て驚く兵士の声が聞こえる。
「急ごう!」
ゴルドが呼びかけ、皆で一斉に走る。
外はすぐ山であった。
方向がよく分からなくなっていたが、ゴルドたちは北方向に逃げていた。
「何とかしてヒロがヴォルクかノイルと合流せねば・・・リンゼにシルヴィも無事だろうか・・・」
心配するゴルドだったが、とりあえず足を進める。
「・・・大司祭様が、し、しし、死んでる??」
ヒルイザは、報告を受けて、頬を引き攣らせた。
最悪だ、最悪すぎる、と頭の中で考えを巡らせたが、ヒルイザは即座に指示する。
「爆破させろ!今すぐココを!」
グンヴァはため息をつき、ヒルイザと側近たちを近くに寄せて、転移魔法を発動させる。
グンヴァだけは残り、伝令に伝える。
「今すぐ兵たちに逃げろと伝えろ。王都へ向かう様にな。ここは破棄する」
伝令はある程度予測していたのか、すでに兵は退去しています、と伝え、グンヴァはへーへー、と頷いた。
「さらば、オレの職場よ。あーあ、女を転生して呼び放題で、無理やりやり放題だったのになぁ・・・残念だ」
グンヴァが魔法を発動させる。
魔法自体はそんな大層なものではない。
ただの着火魔法に過ぎない。
だが、この研究所には、いざという時の火薬が詰まった箱を用意していた。
情報を持っていかれないための、実験体などを連れていかれない様に、全て破壊するための、自爆スイッチである。
ドデカい音を立てて、研究所は崩れていく。
まばゆい閃光が、幾重にも重なり、次々と破壊音と地響きが鳴り、けたたましい音が降り注ぐ。
全てが、消されようと、壊されていった。




