第67話 怪物たちの怒り
シルヴィとリンゼが、子供を連れて外を目指す。
研究所内の出口はよく覚えていないので、とりあえず元来た道を戻っている、つもりだ。
何度が兵と出くわすも、シルヴィが叩き斬って、止まらず進む。
大きな開き扉が見えて、シルヴィは蹴り飛ばして進むと、最悪なことに、兵の詰め所だったのか、30名ほどの兵士が一斉にこちらを見た。
「うわっ、最悪!」
シルヴィの声に反応し、兵士が喚きながらこちらに押し寄せる。
シルヴィが殿として、炎を剣に纏わせ押し留めようとするが、到底1人で抑え切れる兵士の人数ではない。
子供達とリンゼは、慌てて引き下がるも、真っ先に弱いものを追いかけるクズ兵士もいた。
シルヴィが次々と兵士を撫で切りにし、リンゼ達を追いかける兵士も追い討ちするが、1人の限界である。
兵士として、目前の死に狂乱したのか、口から涎を垂らして、大の男の兵士が、何かを叫びながら子供に斬りかかる。
リンゼが体当たりをして、いなす。
だが、よろめいただけの兵士はリンゼの首を掴み、片手で締め上げて持ち上げる。
「リンゼぇーー!!!」
シルヴィが腹の底から叫ぶが、兵士の剣はリンゼに迫る。
リンゼが死を覚悟したその時、粘着性のある液体が飛ぶ。
リンゼを包み、そして剣を持つ兵士の顔面にも覆うその液体は、兵士から空気を奪う。
呼吸のできなくなった兵士は、剣を落とし、その場でもがき苦しむが、液体は空気を通さず、その兵士はそのうち動かなくなった。
リンゼが、同じく兵士の手から地面に落ちるも、液体に包まれており、怪我はない様子だ。
すぐにその場で上体を起こすも、何が起きたのか分からず周りを見渡す。
シルヴィも呆気に取られるが、すぐに気付いた。
ラミアと呼ばれる、下半身が蛇の女と、下半身が蠍の男が、子供達の前に立ち、兵士達を薙ぎ払う。
「な!なんでコイツらが出てきている!?」
兵士たちの驚きの叫びが入り混じる中、シルヴィは気を取り直して、兵士たちへ攻撃を続ける。
「こ、これは・・・いったい?」
リンゼは体についたゼリーのような液体や、ラミア達を見て驚いていると、そのゼリーが動き出したことに気づく。
次第に集まるそれは、1人の人型を形成する。
「私はスライム。恩人であるゴルドたっての願いで助太刀いたす。リンゼ殿でよろしいな」
顔のない、スライム人間が、達者に喋る。
小さく、はい、と掠れて返事するリンゼに、スライムは子供達と一緒にいるように指をさす。
子供達のところには、花を全身咲かせた女性と、鳥人間というべきか、その2人が子供を囲うようにして守っていた。
リンゼも駆け寄る。
シルヴィが、ラミアと蠍男、スライム人間と並び、兵士を相手にする。
「オタクら、この変な施設の被害者かい?」
シルヴィが兵士に目を向けつつ、遠慮なしの大声で聞く。
「そうよ。そっちは?あの金髪お兄さんの騎士かしら?」
「姫に会ったんだね!」
ラミアが答えると、シルヴィはセリフから、ゴルドに会ったと確信する。
「ひ、姫?・・・失礼。あの者は女性であったか。勘違いしていた、許してほしい」
蠍男が驚き、律儀に謝るが、シルヴィは笑う。
「ごめんごめん。姫は男で合ってるよ。私が勝手にそう呼んでいるだけさッ!」
シルヴィが剣で兵士を突き刺し、蠍男が尻尾で毒を刺し、ラミアも尻尾で振り払う。その間に、スライム人間も神出鬼没に現れて、兵士を窒息させる。
しばらくして、敵兵は全滅し、子供達とリンゼ、シルヴィは窮地を脱した。
「ふぅ・・・さぁ、出口を探さないと・・・」
シルヴィが剣を納めてそう言うと、花に包まれた女が言う。
「風の匂いがこちらからします。どうぞ!ついてきて下さい」
アルラウネ、というモンスターであろう、花を全身に咲かせた、緑の肌をした女が、植物をうねらせながら、道案内をする。
しばらくして、言った通り、外に出ることができた。
激しい爆音と、破壊音が続く。
まだヒロにヴォルク、ノイルが陽動しているのか。
「飛び上がって、空から周辺の様子をみよう」
ハーピィ、と思われる鳥人間が飛ぼうとするので、リンゼが止める。
「仲間が勘違いするかもしれないので、私と一緒に飛べますか?」
リンゼが提案して、ハーピィの背におぶさる。
まさに鳥のように飛び上がるリンゼとハーピィは、上昇し、空から周囲を見渡す。
「東の方向は火の勢いが強いね。あっちは行かない方がいい。西は特に燃えていないから進めるけど・・・こっからでも敵がうじゃうじゃ見えるや」
考えることは敵も同じか。
逃げるなら火の手がない方だが、リンゼはその方向がノイルの方向だと知っている。
「いえ、西はやめた方がいいです。仲間・・・何ですが、おそらく無差別攻撃するので、近づかない方がいいかと」
「え?・・・そう、じゃあ、南側かな・・・多少は燃えているけど、東ほどじゃない・・・でも、火薬の匂いがひどいよ?爆発するかも」
「ヴォルク様の方が、ベテランですし、味方撃ちの可能性は低いかと」
リンゼの指摘を、ハーピィは信じることにして、南に進むルートを確認する。
リンゼは、予感めいたものが頭をよぎったので、右腕を南方向に据えて、まっすぐ伸ばした。
「な、なんだい?」
「味方への合図です。おそらくですが、あの方は抜け目のない方。今もこちらの様子を見ている可能性が高いので、我々が進む方向を伝えておきます」
「いや・・・こんな混戦で、しかも今飛んだだけの、ほぼ一瞬に近い状況だよ?・・・」
ハーピィはリンゼの合図とやらに、そんなバカなと苦笑いする。
程なくして、ルートもある程度目星つけて、ハーピィは地上へ降りる。
「オーライ。リンゼの嬢ちゃん、さすが機転が効く」
その様子を、木の上からスナイパーライフルを構えていたヴォルクは、しっかりと見ていた。
ヴォルクはリンゼ達の撤退を完遂させるため、周辺を索敵し、敵の排除に努めた。
ゴルド達は、出口を探し求めて走る。
アラクネたちは、召喚されて以来、このモルモット室だかに閉じ込められていたので、実際に出るのは初めてである。
なので、ゴルドが適当に走るのをついて来る。
ビィンセントもさすがに似たような道が続いているため、帰り道は覚えていない。
しばらくして、高級そうな部屋の廊下に出た。
「はぁ?なんでこんなとこがあるんだ!?」
ゴルドの驚きは尤もである。
研究所内で、こんな場違いな、絵画が飾られ、絨毯が敷かれ、明かりも装飾品の魔法灯が使われている。
「・・・そういえば、ノイルのやつ、偉そうな領主のおっさんがいたとかなんとか言ってやしたね」
ビィンセントが思い出したように言う。
だが、ビィンセント自身、言っておいて何だが、こんな所に別荘感覚で住む領主の気が知れないと思った。
「うーん、ここの領主なら、帰り道がわかるか・・・」
「坊ちゃん。その敵にもガッツリ頼ろうとする思想、やめましょーや」
ゴルドのつぶやきに、ビィンセントは呆れながら答える。
だが、取る手としては悪くない。
ゴルド達は豪奢な廊下を進み、1番奥の、これまた金で装飾された、趣味の悪い大扉を見つける。
「お邪魔しまーす」
ゴルドが育ちの良さを隠しきれず、声をかけて入る。
「な!なんじゃ!今は楽しみ中じゃぞ!」
返ってきた声は、中年のおっさんの、さも情けない言葉だった。
部屋の中は、甘ったるい香が炊かれており、広いものの、趣味の悪い調度品が壁や棚にとずらりと並ぶ。
その中央にある天幕付きベッドに、太った中年の禿げた男が、汗だくで裸になっていた。
何とも見苦しい姿そのものだが、ベッドには、他に2名の女性が横たわっている。
男と同じく一糸纏わぬ姿だが、顔が腫れ上がり、殴られた後なのがすぐに分かる。
1人は怯えて泣いているが、もう1人は、ピクリとも動いていない。
ゴルドはその場面を直視し、感情のない顔になる。
剣をおもむろに抜くと、息遣いの荒い男にずんずん近寄る。
「なっ!な、何だ貴様!この無礼者が!ワシはエリュシールのハダンテ領の領主で・・」
ゴルドは一切聞かず、なおも直進する。
領主だと言うおっさんは、そのゴルドの剣幕に気圧され、情けない悲鳴をあげてベッドから落ちた。
ゴルドはそれすら意に介さず、グッタリとした女に近寄る。
治癒魔法をかけて、呼吸を確認する。
だが、顔の腫れなどが引いても、その目は開かない。
胸に耳を当てて、鼓動を聞こうとするも、もう動いていない。
ゴルドは心臓に治癒魔法をかける。
だが、反応がない。
ゴルドは、真顔のまま、そっと眠る女から離れた。
そして、泣きじゃくるもう1人の女に寄り、その顔の怪我を治す。
ようやく痛みが引いたのか、女は驚きの顔を、ゴルドに向ける。
「もう、大丈夫だ」
ゴルドはうまく笑えず、泣きそうな顔で、無理やり笑う。
その顔に、女はようやく、涙を止める。
その間に、腰が抜けたのか、四つん這いのおっさん領主は、床を這いずって逃げようとする。
その太った土手っ腹に、オーガが蹴りを入れる。
うぶぅふぅっ!と息が詰まるような声を上げるおっさんに、ビィンセントが近寄った。
「ハダンテ領の領主っつったら、貴族爵位のない、大司祭、だったかな?」
「ハァ、ハァ・・・い、いかにも・・・ワシは、そこらの貴族なんぞより、教皇様への覚えがいいのだ!こんな事して!タダで済むと思うなよ!」
まだ自分の置かれている状況が分かっていないのか、おっさんは強気でいる。
「どうせ貴様らエリュシール内の小童貴族だろ!・・・ハハハ、ハハハハハ!!思い上がった貴族主義者が!下手をこいたな!この研究所はワシの独断ではなく、教皇様直々の命!・・・この様な不貞を働けば!貴族派の株はもっと落ちるなぁ!」
よく分からないが、敵国が攻めてきたのではなく、自国内の貴族に襲われていると勝手に勘違いするおっさんに、ビィンセントは丁度いいとその話に乗っかることにした。
「はっ!宗教なんざ糞食らえだボケェ。そっちこそ、本当は貴族に憧れていたんじゃねぇのか?大事そうに他国の貴族が持っていた武器とかため込んでたくせによぉ」
ビィンセントが売り言葉に買い言葉風に、それとなくアイハンド家の剣があったことを聞いてみる。
「あぁ?・・・はんっ!よく分からんが、山で拾った骨董品の中に、そんな物が混じっていたのか?かーっ!これだから貴族が一番と思うバカは!良い装飾の剣があったから、コレクションとして拾っただけだ!いちいちそれがどこの貴族だの何だの、みみっちい!」
本音の様だ。
ただただ偶然、拾ったに過ぎない。
コイツの唯一、アイハンド家として感謝する点があるとすれば、ゴルドの長兄である、ウィルドの遺品を見つけ出し、保管していた事だけだ。
ビィンセントは、もうこれ以上聞く価値もないと、剣を抜く。
だが、それよりも早く、アラクネの少女が、その鋭い足でおっさんの足を串刺しにした。
豚の金切り声が響く。
何とも汚く、耳障りな音だった。
続けて、ケンタウロスとオーガもおっさんに近寄る。
痛みと恐怖で叫び、狂乱するおっさんは、じわじわと死に追い詰められる。
彼らにしてきた非道、自分はそれを命令した領主であると、馬鹿みたいに自慢した報いが、ここに来て返ってきた。
何よりも惨たらしく。
何とも情けない最期であった。
「・・・ごめん。コイツだけは許せなかった」
アラクネの少女は、冷徹に、そして静かにそう言って、物言わぬ骸となったおっさんに、もう興味はなかった。
ビィンセントは首を横に振る。
「お前さんらに、それを下す権利がある。あっしらなんかよりな」
ビィンセントはそう言って、未だベットの上で放心状態のゴルドの元へ行く。
ゴルドは自ら羽織っていた上着を、生きていた女に被せ、もう1人の女にはベッドの上質なシーツを被せる。
「・・・坊ちゃん」
「・・・すでに死んでいる者もいる」
ゴルドは、力無く、だらりとしながら細い声で言う。
「分かっちゃいるんだが・・・もうちょっと、走ってりゃ、間に合ったかな?」
その声に、滲むものがあった。
後悔があった。
やるせない、悲しさがあった。
硬く拳を握り、肩を震わせるゴルド。
しばらくは、誰も声をかけれず、小さな黒い子犬だけが、いつの間にか目が覚めたのか、ゴルドの側まで駆けてきて、ベッドの上で、ゴルドの拳をペロペロと必死に舐めていた。
まるで、必死に慰める様に。
あなたは悪くないと、暗に伝えるように。




