第65話 悪意なき悪事
長い廊下を、女を先頭にして歩くゴルド達。
ビィンセントが剣を鞘から出し、女に向けながら歩く。
左手の小指は折れて、肩は外れている女は、左手を庇いながらメソメソ泣いて歩いている。
「くそっ、くそっ、私何で私がこんな目に。それもこれもあのガキを逃したグンヴァの失態だろ、あいつ殺す、絶対殺す」
20代の若い女故に、肩を庇って歩く様子から、本来は可哀想なり不憫なりに思うべきなのだが、ずっとこの調子で悪態をついて太々しくしているので、全くそう思えないゴルドがいた。
「なぁ、この研究所はなんだ?」
恨み節ばかりをブツブツ言う女に、ゴルドは気が滅入るので質問をする。
「はぁ?・・・知らずに来てんのお前?」
女がチラリとだけゴルドを見て、心底バカにしたように言う。
その馬鹿にした言い方が、これまた不思議と聞いた者の神経を逆撫でする、他者を下に見る上から目線の声色だった。
「てか、言う必要ねぇし。死ね」
「お前さん馬鹿なのか?案内させた後、用無しになったら即殺される可能性あるんだぞ?」
ビィンセントは、ただただ呆れた感じで雑に脅す。
「え!?殺すの!?てめっ!これだから国際条約をしらねぇ野蛮人共はよぉ!捕虜にしたら最低限の生命の保証しろや!」
キーキー喚く女に対して、もうビィンセントは話す気にもなれなかった。
シルヴィとリンゼはそもそも無視している。
おそらく、女である2人からしても、この女から感じられる異常さに、自然と距離を取っているのだ。
「こくさいじょーやく?なんだそれは?」
ゴルドは異質なこの女から、少しでも情報を手に入れようと、話を続ける。
「ぺっ!現地人のサルには理解できないわよ。私はこの世界より、もっと技術も教養も進歩した崇高な世界から来た人間よ。あ、意味わかるかしら?転生で異世界から来たってことよ」
ゴルドがよほど気に入らないのか、唾を吐きながら、偉そうに講釈垂れる女は、ペラペラと情報を喋る。
エリュシールは、教皇の指示のもと、転生魔法の研究を秘密裏に行っており、ここ数年で、何度か召喚に成功した。
この女はその成功例の2人目である。
召喚されただけで、何が偉いのかよく分からないが、自身は選ばれし存在であると高々と宣言する。
「持ち込んだ考えや、技術も、この世界を100年は進めるほどのオーバーテクノロジーよ!何たって、私の世界の知識と技術だからね!」
自慢げに不敵に笑う女だが、ゴルドからすれば、ヒロやワカバ達の方が、よほど進んでいるので、特に何も感じない。
その反応の薄さが、技術差を理解できていない暗愚であると女は思った為か、つまらなそうにため息をついた。
「哀れねぇ、そこのお嬢ちゃんも」
女はリンゼに標的を変えて、口による攻撃を開始する。
「こんなバカな男に従っているなんて。私なら100%捨てるわ、こんなアホ」
リンゼが拳を振り上げて無表情で殴りかかる。
それをシルヴィが冷静に止める。
「まぁまぁ、リンゼちゃん。ここは私に任せて」
リンゼの拳を優しく両手で握り、シルヴィは諭すように言う。
リンゼの怒りは収まらないのか、肩を震わせながら、額に青筋を立てている。
ゴルドもリンゼの頭を撫でて、落ち着けと声をかける。
「悪いな、シルヴィも。止めてくれてありがとうな」
「全然、私もリンゼちゃんの気持ち、よく分かるよ」
シルヴィは穏やかな笑みを浮かべている。
そして、シルヴィはふっ、とゴルドとリンゼから離れて、口の悪い女の前に立つ。
「じゃ、代わりに私が殴るね」
なんて軽やかな、まるで、代わりにお店並んどくね~、ぐらいの言い方で、シルヴィは右ストレートを、女の脇腹に抉り込ませた。
レバーブローである。
女は一拍置いて、膝をガクガクいわせてその場にうずくまる。
「ちょ!おまっ!止めたと思ったらトドメさしてるんじゃないよ!」
ゴルドが慌ててシルヴィを止めに入るが、シルヴィは1発で十分と言わんばかりに、すっきりした顔でリンゼのそばに戻る。
そして、2人はハイタッチをした。
軍服の女は、脂汗を浮かべつつ、肝臓を殴られる特有の激痛に目を白黒させながら、痛みを伴う呼吸を続けていた。
「もう暴力に頼るな!いちいちこんな低俗な挑発に乗ってたらキリがないだろうが!」
ゴルドが珍しくキレる。
別に女を守るためじゃないが、救助が一向に進まないのも事実なので、ビィンセントとシルヴィは謝り、先を進む。
だが、2人の攻撃にようやくヤバいと気付いたのか、女は静かに黙って歩くようになった。
長い廊下を歩き、階段を何度か降りた先に、重そうな鉄扉があった。
「こ、この先が、モルモット室」
女はすっかり怯えた様子で、鉄扉を指差して言う。
「何してる。早く開けろよ」
ビィンセントが顎で指示を飛ばすと、嫌そうに女は渋々開ける。
ダイヤル式の鍵を開け、重い扉を開けたら、その奥から嫌な匂いが漂ってくる。
「あのさぁ、この先はもう一本道だし、迷いようがないから、ここまででいい?」
女がそう言う。
懇願するような、上目遣いでビィンセントを見るが、ビィンセントは気持ち悪いものを見るように顔を歪める。
「良いわけねぇだろ。お前を逃してあっしらがここに入ったら、この扉閉める気だろうが」
女は見透かされている事に、苦笑いをして目を逸らす。
「いや~、しないしない・・・私ここ入るの嫌なのよ。臭いし汚いし」
「お前らの作った施設だろうが。しかも、捕まえている人たちを出すには扉開ける必要あるだろ」
ゴルドが正論を叩きつけると、女は口を尖らせて、渋々先頭を歩く。
こうして、全員が鉄の扉をくぐって行った。
一本道を進むと、同じ白い壁ばかりが続くが、ようやく兵士とは違う人の姿があった。
檻のように、鉄格子が並び、その奥に、夜の時間帯の為、捕まっているらしき人影たちが、無造作に横になっている。
ボロ布を着せられた、子供ばかりだ。
「ほら、奴隷の子供たち。これで満足?」
「多いな・・・この奥はどうなっている?」
女はビィンセントの問いかけに、めんどくさそうに答える。
「奥は実験した奴らとかだから、逃しても死ぬ可能性あるよ?研究所でしか延命できないって」
「・・・は?」
ゴルドが、あまりにも女が、さも何でもないように言うので、つい聞き返してしまう。
「あー、だからさ。ここは人体とモンスターの合体実験してるのよね。で、奴隷とか集めて、こいつらがモルモットね。クズ転生もちょいちょい入れてる。あ、クズ転生は、召喚したけど、能力がクズいものね」
言葉を発する度に、邪悪の息が吐かれる。
ゴルドの頭が、理解できないのか、理解を拒むのか、全て入りきらない。
「いや、おまっ・・・捕虜の命どうこう、お前の世界ではルールがあるんじゃないのか?」
ゴルドは、なぜそんな事を気になったのか、自分でもわからないが、かろうじて絞り出す質問がそれだった。
女は、やはり、理解できないという表情を、ゴルドに向ける。
それは、もはや、なぜ貴方は唐揚げにレモンをかけるの?私はそれ嫌なんだけど、という、食事の趣向程度の雰囲気を出していた。
「奴隷よ?捕虜じゃないわよ」
悪い事を、悪びれもせず、当然と受け取る邪悪。
いや、この女にとっては、邪悪ではない。
家畜を屠殺して食うのと、何が違うの?
そんな思想が、ありありと浮き出ている。
ビィンセントは気分の悪い顔をして、リンゼは無表情を崩し、怒りの形相を浮かべる。
シルヴィは、もう抜刀していた。
「姫、もうここは潰すべきだよ。危険すぎる」
「は?なになに!?ここまでさせといて殺す気!?あんたら容赦なさすぎ!クソでしょ!」
女は、またヒステリーに叫ぶ。
ゴルドは何も言えない。
正論の通じない相手。
異世界から、ゴルドは多くの人を呼び、その誰とでも、打ち解け、理解し合えていた。
これからもそうだ。
理解し合えると、どこかで思っていた。
だが、運が良かっただけだと悟った。
「いや、そうだ・・・考えてみてもそうだ。ヒロほどの良いやつを、捨てる親がいる」
ゴルドは達観するように、独り言を言う。
「ミツキほどの優秀な女性を、不当に働かせるヤツがいる。ヴォルクたちのように、自由を奪い、死地へばかり行かせたのに、最後は殺そうとする奴がいる。ミハエル達を、商品にしか見ていない奴がいる・・・」
ーーーオレのところに来てくれた奴らが、良いやつだった、それだけだ。
ゴルドは、パンっと、両手を叩く。
「奥まで行くぞ。徹底的に助ける。そのためにも、お前は案内と牢の鍵を開けろ」
静かになっていた空気に、ゴルドが音を入れた。
シルヴィは剣をしまう。
リンゼは無表情にもどる。
ビィンセントは手際良く女の背中に回り、鍵がないか探る。
「ちょっ!触らないでよセクハラジジイ!」
「鍵はないのか?」
「あるけど、ぶっちゃけ意味ないから開いてるわよ。あの鉄の扉さえ閉まっていれば良いんだから」
杜撰な体制だが、山奥で襲撃される想定もないのだろう。
これ幸いと、ゴルドは牢の扉を開いて、奴隷の子供達を起こす。
ざっと30人。
多い。
「・・・リンゼ、シルヴィ。この子達を頼む」
ゴルドが決断した。
ここで、この4人を分割するのは、リンゼも危険だし、ゴルドも危険である。
だが、決断したのだ。
「ここにいる奴ら。全員助けるぞ」
ゴルドのその決定に、異議を唱える者はいなかった。




