第64話 研究所
研究所は、物々しい警備の塔や、高い壁、そして鉄線が刺々しく張り巡らされていた。
薄グレーのコンクリートが、古めかしい曇りがかった電灯に照らされている。
「有刺鉄線とか、もうこの時代あったっけ?あと、あの古めかしい電灯って、電気?」
ヒロが遠い崖上から、研究所を見てつぶやく。
「あるわけねぇだろ。中世時代だろこの世界?あんな事できる製鉄技術があるわけねぇ。あと、アレはガス灯だ」
ヴォルクが苦々しく吐き捨てる。
その通りで、ゴルドはもちろん、ビィンセントやシルヴィも、見たことのない近代的な建物の研究所に、戸惑いを見せる。
「ヒロが考案した競技場とか、病院の造りに近いな」
ゴルドの感想はあながち間違いではないが、ヒロとヴォルクは少し考える。
「最初は、技術が漏れた可能性も疑ったが・・・」
ヴォルクの歯に引っかかるような物言いに、ヒロも付け足す。
「何と言うか・・・僕ら基準で見ると、ちょっと古い感じする」
ヒロの見解と同じようで、ヴォルクもうなずく。
「古いって・・・中には見たこともねぇ記録を残せる不思議な箱や、めちゃくちゃたくさん撃てる鉄砲があったぞ?ありゃ、異世界の技術に違いねぇ」
ノイルが研究所を睨みつけて言う。
おそらく、近代のカメラ的なものと、拳銃のことを言っているのだと思う。それよりも・・・。
結局、お前着いてきてんのかい、と声が聞こえそうだが、ここまで案内したのはノイルである。
研究所をぶっ壊す手伝いならしてやる。
そう言って、ノイルは協力の意を示した。
ツンデレである。
ヴォルク指揮のもと、徹底した隠密行動と、ビィンセントの素早い斥候による、中年コンビネーションが、周囲の異様なモンスタートラップを、瞬く間に回避して進んだ。
ノイルが倒していたオークや、オーガ、リザードマンなどがいたが、一切交戦せずやり過ごした。
そうして、この研究所の目前まで来たわけだが、薄々感じていた、この世界ではあり得ない技術を前に、ヴォルクが頭を悩ます。
「何か問題か?ヴォルク」
ゴルドが、研究所を見て黙るヴォルクを見て、心配そうに問う。
「ボス。ここを襲撃するリスクが上がった。やつら、見ての通り、この世界の技術以上のものを持っている。ボスとリンゼの嬢ちゃんを連れては危ない」
当然の判断とも言える。
ゴルドも、神妙な顔をして考える。
「この場所で穴掘って、オレとリンゼは隠れていようか?」
「おまっ・・・躊躇いねぇな」
ゴルドの提案に、ノイルがガチで引く。
さすがに即座にその提案を、ヴォルクも受け取る気にはなれず、考える。
「あっしなら、2人を連れて隠密が可能だ。あんたらがめちゃくちゃ暴れてくれたらな」
ビィンセントが提案する。
「陽動か・・・ビィンセントとシルヴィが2人の護衛につけ」
「私も?まぁ、姫の護衛ならもちろん歓迎だけど」
ヴォルクがシルヴィに指示をする。
すんなり了承するシルヴィ。
「お前の不死は、下手にバレると面倒だ。普通いないからな」
そう?と軽く返すシルヴィだが、ノイルが怪訝な顔をする。
「・・・こいつ死なないの?」
「だから、あんたにも啖呵切れるってワケ。お分かり?」
ノイルが舌打ちをして、シルヴィのバカにした笑いを苦々しく睨む。
「ヒロはド派手に頼む。あのガス灯狙って、火をバンバン燃やしてくれ」
「え?でも中の助けるべき人たちは?」
ヒロが不安そうに聞くが、ヴォルクが心配ないと言う。
「ガス灯の配置は、建物から離れているし、肝心の建物はコンクリート製。燃え移りはしない。だが、こけおどしには有用だ」
ヴォルクの作戦に、ヒロも耳を傾ける。
「おい、ノイル。お前はどうする?オレたちに合わせて動くか?」
「はっ!冗談・・・適当に暴れてで良いんなら、場所だけ決めてくれ。派手にやるから近づくなよ。テメェらも巻き込まれるぞ」
ノイルがガサツにものを言うが、内容としてはむしろ、こちらを気遣っている。
ヴォルクは、3方面から陽動で派手に仕掛けて、その隙にゴルド達が救出のため、内部に隠密で入ることを計画として伝達した。
「計画と呼べるほどのもんじゃねぇが、全員引き際を見誤るなよ。ヤバかったら一旦引け。ビィンセントも、救助より生還優先だ」
「元よりそのつもりだ。坊ちゃんとリンゼちゃん連れて、無理はしねぇさ」
ビィンセントは当たり前だと言わんばかりに、心得ていると、いつもの軽い調子で言う。
「よし・・・それじゃあ、ヒロとノイルは、所定の位置に着いたら、もう行動を始めろ。遠慮なく、まずはド派手にいけ」
ヴォルクが作戦会議を終わらせて、開始を指示する。
ヒロとノイルは、すぐさま散った。
ヴォルクは双方の反応を待つ。
その間に、ビィンセントとシルヴィは、荷物を最小限にして、残りを木の上に吊るして隠し、ゴルドとリンゼとで、緊急時の認識合わせを行う。
そうこうした後、激しい爆発音が響いた。
リンゼは咄嗟に、耳を塞ぎ、目をつぶる。
当たり前だが、メイドであるリンゼからすれば、今回の強襲作戦は恐怖でしかない。
爆音が連続で轟く中、示し合わせたように、反対側も破壊音がする。
頑強なコンクリート壁が音を立てて切られ、崩れていく。
「ほう・・・あまり詳細の能力は教えてくれなかったか、剣もなしに切り刻める空気の刃か?」
ヴォルクが興味深そうにノイル側の攻撃を見るが、陽動としては派手で、相手の混乱も誘えるので、満足そうに頷いた。
次に、ヴォルクが動く。
いつの間にか肩に背負っていたバズーカーで、照準を合わせ、躊躇なく引き金を引く。
目の前の銃火器の発射に、リンゼは身体を文字通り一回跳ねて、無表情が崩れる。
「さぁ、派手なパーティーの始まりだ」
ヴォルクがニヤリと笑うと、バズーカ砲により、研究所の正門と思われる警備兵の詰め所もろとも、バズーカにより派手に破壊され、燃え上がった。
けたたましいベルの音が鳴る。
研究所全体で、緊急警報のジリリリリという、これまた古めかしい音が鳴る。
夜中の目覚めとしては、研究所側も溜まったものではないだろう。
だが、山奥で人など滅多に来ないからと、正門の警備兵すら、詰め所内でうたた寝していたようで、この襲撃に気づく前に、二度と目覚めぬ夢の中へ行くこととなった。
ビィンセントは足取り軽く、サクサク進む。
混乱に乗じたいので、当たり前だがもう少し時間を置く。
相手が寝ぼけ眼であたふたしている最中が最も良い。今はまだ起きてくる頃だ。
さすがに山道を駆け抜けるのは、リンゼは無理なので、今度はシルヴィが背負う。
ゴルドもリンゼを背負って山道を走るのは難しいようだ。
いや、領主がそもそも山道を走って、騎士団のベテランや最強の称号を持つ不死身の騎士に並走して走れるのか?と言われると、何とも返せないが。
しばらくして、燃え盛る正門と、ノイルが破壊した境目の辺りに来る。
おそらく、起きたほとんどの兵は燃え盛るヒロの方へ、消火活動に向かっているだろう。
となると、壊れただけのノイル側には、巻き込まれて絶命した兵士こそいるが、生きた兵士は見当たらない。
ビィンセントは悠々と侵入して、ゴルド達も後に続く。
研究所の窓をカチ割り、侵入した。
どうせ大外の壁がボロボロなので、今更窓の一つ程度は誤差に過ぎない。
内部は変わらずベルが鳴り続けており、兵士たちの走り回る音と声がする。
ビィンセントからしたら、隠れ放題だし、どこから人が来るかも丸分かりなので、悠々と散歩のように歩いて進む。
「ビィンセント、救助者の当てはあるのか?」
「こんな建物初めてなんですから、当てなんざありませんよ」
ゴルドの問いに、暖簾のようにすかして答えるビィンセント。
「まぁ、そりゃそうか」
納得してしまうゴルドに、リンゼが良いんですか?とつい声を挟む。
「こういう時はダンジョンと一緒だよ。とりあえず進むしかない」
シルヴィの答えに、その場の全員が納得する。
確かに、分からない以上、進むしか道はないのだ。
分かれ道を左右に進み、階段を上り下りして、それらしき扉を開けていくも、どこも資料の置かれた部屋ばかりで、肝心な要救助者がいない。
「あ、これはもらっとくか」
ビィンセントが、机をパッと見て、いくつかの書類だけ回収する。
「何だそれ?」
「報告書やら指示書みたいでさぁ。ご丁寧に王家の印が入ってるんで、偽書の類じゃあないですね。ほら、名前のサインもあるし、ここの領主のサインもあります。証拠としちゃ十分過ぎまさぁ」
「なるほど。フィオに投げれば、有効活用してくれそうだな」
ゴルドはよく考えていないので、どう活用すべきかはフィオにぶん投げる。
ビィンセントは机をサラッと見て、他にも複数書類を持っておく。
「あーあー、山奥で誰も来ないからって、バカだねぇ~。王家の研究支援者名簿すらも鍵もかけず放置とはねぇ」
「なぁ、そんな資料ばかり集めず、救助者見つけようぜ。ヒロにヴォルクにノイル達を囮にしているんだからさ」
はいはい、とビィンセントは急かすゴルドを宥めた。
しかし、考えなしに部屋を見回っても、中々救助者に会えない。
「たぶん、実験場みたいなところじゃない?牢屋とかそういうのがありそうな所」
シルヴィが目を回し始めたリンゼを気遣いながら、先頭のビィンセントへ届くように声を張る。
「そこがどこだかわかんねぇんだよ。どこ見ても同じ白い壁ばっかりで、迷いやすいったらありゃしない」
「うーん。もうさ、聞こう」
ゴルドが痺れを切らして、耳を澄ませる。
足音がする方向を見定め、そこへ進む。
「ちょいちょい、坊ちゃん。そっちには敵がいますぜ?」
「だから行くんだよ。もう聞こうぜ、ここの地理がわかる人に」
もはや、道端にいる現地民に話聞こうぜ、みたいなノリで敵に道を聞こうとするゴルド。
だが、もはや走り回る徒労を考えると、見つけたやつを半殺しにして道案内させた方が、確かに楽だとビィンセントとシルヴィは同意した。
「もー、なんで今夜夜中に襲撃なんか。時間考えてよねー」
欠伸をかましながら、のんびり歩く女がいた。
軍服を慌てて着たからか、着崩れていて、胸元の肌着が見えている。
ゴルドは声をかけるのを躊躇するが、ビィンセントは女の方が弱くてちょうどいいと、迷わず足を進めた。
「おい」
「ふぁ~?誰だよ偉そうに。私は少佐だぞう!・・・あんた誰?」
女は寝ぼけた顔でビィンセントを見て、頭をかく。
そして、驚いた顔を見せて、目を見開いた。
「お!おまっ!お前ら侵入者だな!おい!誰か!侵入ぶべらっ!」
女は顔面にビィンセントから拳をもらう。
2発。そして腹にも3発。
たまらず女は膝をついてえずく。
「ひ、ひでぇなオイ!躊躇なしかよ!人でなし!」
咳き込み、よだれを垂らしながら女は涙目でビィンセントを睨む。
「悪いね。お宅、臭いが酷すぎるもんでさぁ・・・死臭まといすぎてクセェよあんた」
ビィンセントが凄みながら女の胸ぐらを掴み、持ち上げる。
「お、女への扱いじゃないっっ!」
「無害な淑女にはこんな真似しねぇよ。この研究所はなんだ?捕まってる奴らはどこだ?」
「い、言わない!言うかよバーカ!」
終始強気な女は、ビィンセントへ怒気を含めた目線と口調をぶつける。
「兵士として立派だな。その覚悟を維持しなよ?」
ビィンセントはそう言うと、手始めに女の手首を捻りあげる。
そのまま、小指を掴みへし折った。
うぎゃああ、と泣き喚く女に、今度は肩をじわじわと締める。
すでにやめてと叫ぶ女の声が聞こえないように、ビィンセントは女の右肩を捻り曲げて脱臼させる。
「いぎゃゃやあああ!!」
もう抵抗する気力もないのか、だらんと力が抜けている女に、ゴルドとシルヴィとリンゼがマジでビビった顔をする。
「坊ちゃんとリンゼちゃんはともかく、シルヴィさんまで驚かんでちょうだいな」
「私、騎士で冒険者だから。育ちそこそこ良いから」
ビィンセントは、へぇへぇさいですか、と不満そうに言いながら、女に言う。
「次は足をひん曲げようか?」
「あ、あああ、案内する!モルモット室だろ!案内するよっ!!」
必死に体をくねらせて、動かない腕を庇いながら言う女。
ゴルドは、敵ながらも、自分が敵に道を聞こうと言い出したことで、こうなった事に、ちょっと罪悪感を持った。
しかし、何故だろう。
この女からは、可哀想だとか、そういうものは感じない。
違和感を持ちながらも、女の案内で、ゴルド達は救助へ向かうのであった。




