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第63話 初めから不幸な兄妹




闇に落ちる時は、あっという間だ。



気づけばとか、そんな悠長なことは思うことすらできない。





人は生まれた時、幸福度に明確な差があるものだ。


理由は多々ある。


その中でも、ノイルが不幸だった要因は一つだ。



ーーー迫害。





ノイルの血筋が、迫害を受ける理由だった。





生まれた瞬間から、周囲からの祝福などなく、家族という最小単位が、互いに生きていく唯一の支え合う者同士だった。




「なんで、みんな石を投げてくるの?」


「なんで、知らない人が僕らを罵倒してくるの?」


「なんで、僕らはみんなと一緒になれないの?」



幼い頃の自分の感じた理不尽に、母親は泣いて何も言わず、父親はすまん、とだけ言って、奴隷のように働いていた。




後から知ったが、父親は厳密に言うと人間じゃないらしい。


魔族という、人とは違う生き物だと。


母親も、サキュバスという種族で、人間ではないらしい。




そう遠くない昔、魔王がいた。



魔王は、魔族や人間ではない種族をまとめて、国を作っていた。




だが、世界は人間のものであった。


個人単位で見ると、人間よりも魔族などは肉体的にも強く、また特殊な力が備わっていた。


それが、危険であると人間は見ていた。




人と、人ではないものの戦いは、勇者やら英雄とやらが、人間側にたくさんいて、魔族達はどんどん倒されていった。



当然、その当時をノイルは知らないが、その勇者や英雄は、はるかに魔族より強かった。



何が違うんだろう。



魔族より強い勇者や英雄は、何をもって人間側だとしているのだろうか。




ノイルの素朴な疑問であった。





ある時、母親が(みごも)った。


当然、ノイルは父と母の子で、自分の弟か妹になると思った。


しかし、母親は急に連れて行かれた。



人間との子らしい。



サキュバスは、性的奉仕をする種族だと、母親を無理やり連れて行った人間の兵士が言った。


人間側が、母親を無理やり襲った。


望まざる子であったが、人間の可能性があるなら、救済が必要だと兵士は言った。




結論、母親は妹を連れて帰ってきた。



サキュバスの因子が、ほんの少し入っていた。



中途半端に、妹は人間とサキュバスのハーフになった。


ノイル達ほど強くはないし、人間とは認めてもらえない、半端者になった。




だが、ノイルたち家族は、妹を優しく迎え入れた。



血など関係ない。


我が家に来た、妹、家族なのである。






妹が成長すると、とあることが分かった。



人間とサキュバスのハーフである妹は、不思議な力が備わっていた。



それは、勇者の力であった。




母親に不貞を働いたのが勇者だったかは、母親自身も定かではない。



だが、別に何も変わらない。



妹は、ルノアは、優しい子だった。




ルノアの不思議な力で、よくノイルはケガを治してもらった。


治癒の力。


幼いノイルは、それが妹ルノアの力だと思っていた。




ある時、ルノアの力がバレた。


また人間の兵士がやってきた。


ルノアが、連れていかれることになった。



ノイルは、知らぬ間にそういうものだと思い込んでいたので、連れて行かれることは仕方がないと達観していた。


むしろ、連れて行かれた先を知らないので、もしかすると妹ルノアは、ここよりマシな生活が出来るのでは?とすら思っていた。





「逃げよう」





初めて父親が反逆した。


母親が連れていかれる時ですら、涙は流しつつも、ノイルを強く抱きしめ、きっと母は無事帰ってくると、祈るように言っていたのに。



その父親が、血相を変えていた。


母親も、すぐに同意した。



家族の決死の逃亡が始まった。



父親が、何の迷いもなく兵士達を殴り飛ばし、その首を圧し折る。




赤子の手をひねる、とはこの事だろう。




むしろ、これだけの力があって、父親はなぜ奴隷のように大人しくしていたのか。


そんな疑問が出たが、母親に抱かれ、空を飛んだ際に、そんな疑問などどこかに飛んでいった。





空を飛び、家族だけで自由になった気がした。


青空、白い雲。

肌にぶつかる風。


鳥が自由に飛んでいて、眼下の大地は、緑と茶色のコントラストが美しかった。



あの時、あの瞬間だけは、ノイルは生まれて初めて、希望や、明るい未来を感じた。




もう、辛く苦しいことから、解放されると信じて疑わなかった。









だが、その希望は、あっさりと脆く崩れ去った。





勇者が、追いかけてきた。



初めて見た。



奴隷の布服を着て、太い鎖の首輪をしていた。



ノイルより、少し大きいくらいか?


まだ、子供と呼んでも良いくらいの年齢の少女だ。




勇者は、何の感情もない顔をして、父親を襲った。



必死に抵抗する父親。



先程までは、屈強な兵士たちを、片手で投げ飛ばしていた父親は、勇者の少女になす術なく蹂躙される。




「逃げろぉぉおおおお!!!」




父親の断末魔のような声に、母親が錯乱するかのように泣き喚いて、ノイルとルノアの兄妹を抱いて、翼を出し逃げる。





逃げる、逃げる、逃げる、逃げる、逃げる、逃げる、逃げる、逃げる。




だが、永遠かと思われた逃走も、実際は数分のものだった。





勇者が母親に追いつき、母親の片翼をもいだ。


絶叫する母親だが、何とか最後の力を振り絞り、兄妹を安全に地上に降ろす。



息も絶え絶えの母親は、逃げて、とか細く言う。





もっと、言いたい事があったろう。



幼き我が子を前に、最期に伝えたい事はもっと、もっとあったはずだ。



だが、そんなに伝えられない。

伝えられる時間などない。



ただ一縷(いちる)の望みにかけて、生きていて欲しいと願う。



母親が、勇者の前に立ち、仁王立ちする。


子供ながらに、ノイルは、妹を守らねばと思った。


震えて固まるルノアの腕を掴み、ノイルは走る。



走る。走る。走る。走る。走る。走る。走る。走る。走る。走る。走る。走る。走る。走る。走る。






もはや、どこまでを悲劇と捉えるべきか。




生まれた時から、尊厳を踏みにじられ、家族という最小限の単位で、助け合って生きていた。




初めから、まるで幸福など訪れないと言われていたように。



両親の最期は呆気ないもので。



何とか助けようと必死になって逃げているノイルを、まるで意に介さないように、勇者はノイルを、虫を潰すように叩き潰し、ルノアが絶望の声を上げた。





ーーーあぁ、妹よ、ルノアよ、守れなくてごめん




そんな後悔だけが、全身の痛みや燃えるような苦しみから、唯一クリアな感情として残った。



ーーー僕の人生は、何だったのだろう




誰も答えない問いに、ノイルが自問自答し、死にゆくのを待った。





だが、死ななかった。




妹、ルノアの能力は、治癒の力ではない。



巻き戻しの力である。


ノイルが、絶命する時間を巻き戻し、死を無かったことにした。




勇者がルノアを連れ去る寸前、ルノアが兄にした置き土産だった。




目の覚めたノイルは、自分だけが取り残された現状に、言い表せない絶望と孤独を背負った。



自分だけが生き残った苦しみ。



両親が死んだ悲しみ。



妹を守れなかった自分への否定。侮蔑。怒気。




周り全てへの憎悪。





今のノイルを形成した瞬間は、間違いなくこの時である。



家族だけが光だったノイルにとって、その光を奪われた今、他の事象など雑音に過ぎない。




ノイルは、奪われたものを取り返す為、または、もう取り戻せないものを埋めるため、復讐を決意した。






ーーーーーーーーー








ノイルは、リンゼを見る。



ごく普通の女だ。

メイドとして教育されているから、姿勢は良く、見栄えもいいが、それだけだ。


ごく普通の生活を送ってきた一般人だ。自分とは違う。




「そうだよ。あえてその手を掴まねぇんだ。わかったらもう行くからな」




ノイルが明らかに不機嫌になり、リンゼから目線を外し、歩き出そうとした。








最も辛かった時、助けてくれなかった他者を、信じるわけがなかった。





ましてや、光がすぐ傍にあったであろう、リンゼのような者の言葉は、正しいだけに腹が立つ。




ノイルの機嫌の悪さに、ヴォルク、ビィンセント、シルヴィが警戒するが、ヒロが目で非難を露わにする。



それを、事の重大さを分かっていない青臭さだと、ヴォルク達もカチンとくる表情を浮かべる。





雰囲気の悪い、状況だった。






「あー、はいはい。やめんかお前ら、睨み合うな睨み合うな!」




ゴルドが手をバタバタさせて空気を物理的にかき混ぜる。


その滑稽な動きが、ゴルドらしい。




「リンゼ、押し付けるな。手を差し伸べているだなんて、偉そう過ぎるだろ。そんな大層なこと、オレはしちゃいないよ」



ゴルドが、真剣な顔でリンゼを窘めた。



ヒロもヴォルクも、ビィンセントにシルヴィまで驚く。



ゴルドが、明らかに最も信頼して溺愛しているだろう、リンゼに・・・。



リンゼはなんて事のないように、スッと頭を下げた。



「申し訳ありません、ノイル様。あまりにも過ぎたる言葉でした。どうか、お許し下さい」



「え?は、あ、いや・・・べ、別に謝る事じゃねぇし」



腹を立てたことが見透かされたのか、ノイルも驚き、慌てる。

ぎこちない返答が、気恥ずかしさを加速させ、もう苛立ちは霧散した。




「ノイル殿の意思も、気持ちも尊重する。厚かましくも、無礼な物言いをしてしまい、本当に申し訳なかった。従者の失態は主人たる私の失態。重ねて、お詫び申し上げる」



ゴルドの急な真面目モードに、ノイルは頭をかく。





(オレ・・・こいつのこと、苦手だっ!)





ノイルは嫌な顔をしながらも、もう謝んな、とだけ、不躾に言い放った。


そして、もう終わりだと言わんばかりに背を向ける。






「あ、ごめん。せめて研究所の場所というか、方向だけ教えて!」




ゴルドが取ってつけたように慌てて言う。



ノイルは怪訝な顔で振り返って見せる。



「何でだよ?」



「え?いや・・・だって、捕まってる人いるっぽいし、助けようかと」



「・・・は?バカなのかお前?オレでも逃げ出すのが精一杯だぞ?相手側は、軍隊みたいだし、叩くならもっと人を集めろよ」



「え?時間なくない?助けてやらなきゃ。可哀想じゃん」



当たり前に言うゴルドを前にして、ノイルはワナワナ震える。



「お・・・お前、そうか・・・オレより強いんだな?そうじゃなきゃ、そんなバカな事言わねぇよな?」



ノイルが額に怒りマークを浮かべるかのように、血管を浮かせる。


口が引きつって、ピクピクする。



「いや、強いわけねぇじゃん。我領主ぞ?雑魚ぞ?」



ゴルドがふざけて返す。



ブチっと、ノイルのキレる音がする。




「てめぇぇええ!!いい加減にしろよ!いい人ぶるのも大概にしやがれ!」



ゴルドの襟首を掴む。

身長がゴルドの方が高いので、ノイルが下から掴む形になっているものの、ヴォルク達は生きた心地がしない。




ノイルは一瞬でゴルドを殺せる。



その事実が、彼等を冷静にさせない。




「善人らしい行動とってりゃ良いってか!何でもかんでも助けるなんて軽く言いやがって!!お前が今更行ったって!死んでるやつはもう死んでるだろうが!あの研究所!すげー死臭だったぞ!もうたくさん死んでるんだよ!遅ぇよバーカ!」




ノイルの叫びは、自身の脳裏に、両親の死が被って見えた。



そう、もう遅いのだ。



今更行っても、死んでいるものは死んでいるのだ。




「お前が行って!何になるんだよバーーーカ!!」






「うるせぇぇええ!!だからって行かねぇ選択肢はねぇだろうが!!」






ゴルドは力一杯、ノイルに頭突きした。




ビィンセントが即座に動く。


シルヴィが、肉壁になろうとゴルドを抱きしめる。


ヴォルクが拳銃を出し、ノイルに突きつける。




ヒロが、ゴルドとノイルの間に立った。




ノイルは、呆けている。



痛みはあるが、傷にならない程度だ。


しかし、こんな一般人から、攻撃を受けた事など、何年ぶりだろうか。




ゴルドは身体をくねらせて、痛みを必死に堪えていた。


そして、呼吸を整えて、語り出す。





「今聞いたんだ!それ以前のことはどうにかできるわけねぇだろうが!だが!」




ーーー今聞いたんだから!今生きてるやつを救いに行くんだよ!!




「そこに理由だのなんだの言ってる場合か!ここにいるのは誰だ!オレたちしかいねぇだろうがぁあ!」




ゴルドは、全力で叫ぶ。



そこに、本当は怖いとか、心配だとか、なんでオレがとか、いろんな思いはある。


ただバカみたいに、反射神経で助けるとカッコつけているわけではない。






ノイルは、脳裏によぎった。



妹のルノアが、久しぶりに、笑いかけている様子が見えた。




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