第58話 英雄vsオオカミ娘
ビィンセントとイチゴの対戦前までさかのぼる。
クローナを追いかけ、ミハエルが走っていた。
「おい、クローナ。ここに居たのか」
ミハエルが、競技場外の壁際に、しゃがみ込んで背中を向けているクローナを見つける。
ミハエルは、さて、どうしたものか・・・と、ここで頭を悩ます。
たまたまヒロとクローナの様子を見かけたので、女同士の方がよかろうと気を遣い、追いかけたものの、特に何を言うかは決めていない。
「・・・どうする?棄権するか?」
ミハエルはとりあえず思いついた言葉を投げかける。
「そんなのヒロにダメなやつって思われちゃうじゃん!」
クローナがシャー!っと殺気立って言う。
狼のはずだが、なぜ猫風なのか。
「じゃあ出るしかない。ほら、会場に戻るぞ」
「戻ったらヒロと戦う!やだ!」
「お前、どうしたいんだよ?」
ミハエルがため息をついて髪の毛をかく。
クローナは、ぐじぐじといじけながら言い訳を並べてきた。
「本当はさ、ヒロとキャロットとゴッド様とで、また行けたらなぁってぐらいの気持ちでさ。まぁ、百歩譲って、ヒロに頑張ったね!って、褒められるくらいの所までは頑張ろうかなって思ってたんだけど、なんで回り回ってヒロと試合するんだよぉ~」
うじうじするクローナに、ミハエルはハァ~、とわざとらしくため息をしてみせた。
「な、なに?他のみんなみたいに、大層な理由がなくて呆れてるの?良いもんいいもん。どうせアタイなんて自分勝手な狼さ」
「理由など当人次第だろ。私はそこをとやかく言わん」
ミハエルはスッパリと言い切った。
「それに、好いた者の為に戦う事の何が恥ずかしい?」
ミハエルのセリフに、クローナはウジウジ言うのをやめる。
「人それぞれ、試合とはいえ、証明したいもののために、力を発揮して戦っている。そこに、理由の大小などない」
「・・・ミハエルはさ、ゴッド様好きなんでしょ?」
な、なんだ藪から棒に!と顔を真っ赤にして言うミハエルだが、クローナは冷静に続ける。
「貴族様とエルフって、結婚できるの?」
「おまっ!おまっ!何なんだ本当に!試合の話じゃないのか!?」
赤くカンカンに怒り出すミハエルだが、クローナは素知らぬ顔で話を止めない。
「アタイは、ヒロが好きだし、番になりたい。でも・・・アタイって、ヒロと釣り合っているかな?」
あいつのそばに、居てもいいのかな?
クローナが、人生で初めて、そのことを真剣に悩む。
今まで考えたこともない事だ。答えなど、持ち合わせていない。
試合を通して、生き様が見えた。
各々の、人生が垣間見えた。
私は、先々へ行くその者達を超えて、ヒロの隣にいられるだろうか。
「ていっ!」
「あだっ!」
ミハエルがクローナの頭をチョップする。
「何すんだよぉ!」
「うるさい!今考えても答えが出ない無駄なこと!時間がもったいないぞ!」
ミハエルがクローナに説教をかまし、その目を見つめた。
「行ってこい。ヒロと戦って、感じてこい。好きな男と、やるだけやってこい!」
「・・・なんか、言い方が卑猥」
ミハエルはクローナの頭を叩く。
「いったーい!やめてよ!暴力反対!」
「うるさい!さっさと会場に戻れ!」
ミハエルはずっと顔を赤くさせて、クローナに怒鳴りつける。
クローナはやれやれと言わんばかりに、走って会場に向かう。
「ミハエル~」
「なんだ!?」
クローナがゆるくミハエルを呼ぶ。
ミハエルは、怒鳴りながら返す。
「ありがと、話聞いてくれて」
クローナはそれだけ言って、さっさと会場に戻って行った。
ミハエルは、しかめ面のままだが、クローナを見送ってあげた。
「ベスト8最終カード!ヒロ選手対クローナ選手でぇええええす!!!」
すっかり回復したワカバが、マイクに元気な声を叩きつける。
フィールドでは、ヒロとクローナが相対していた。
「すーー・・・はーー」
クローナが伸びをして、深呼吸をする。
それを見て、ヒロは緊張しているのだと思った。
「クローナ・・・悔いなく、やり切ろうね!」
ヒロなりに、激励というか、頑張ろうという声掛けをする。
対するクローナは、そう言う言葉が欲しいわけじゃない、と顔にデカデカと書いた表情をする。
ヒロはしゅんとして、顔を下に伏せた。
「ヒロ。どうせなら、試合に勝ったら相手に命令ができる権利を賭けようよ、どう?」
クローナが、ヒロに対して提案をした。
「負けた方は、勝った方の言うことを何でも聞く・・・って事だね。いいよ」
ヒロは即座に理解して、了承する。
「っしゃ!じゃあ孕ませてね!」
「ぶっふぉ!」
ヒロは速攻で後悔する。
咳き込んで、いやそれは、と訂正しようとするが、クローナはステップを踏んで、構える。
「ヒロ!否定したければ!アタイを倒しな!」
顔を赤くさせるヒロは、首を振り、真剣な顔に戻る。
「覚悟を、決めるよ・・・いい加減僕もね」
ヒロの意味深な発言は、ヒロ自身にしか聞こえなかった。
試合開始の声が響く。
ラッパの音と、太鼓が力強く震えた。
クローナは走り出す。
そのまま目一杯、跳躍し、飛び蹴りをヒロに目掛けていれようとする。
ヒロは即座に避けて、回り込もうと弧を描いて走る。
クローナは野生の勘を研ぎ澄ます。
狼としての本能。
匂い、音、気配、それらを一つも逃さず、確実に把握する。
地面に両手両足をつけて、唸るようにヒロを見る。
「うーん、まさに野生の狼だな」
ゴルドがクローナの様子を見て感想を述べる。
「クローナ選手は、イチゴと同じくらい幼く見えますけど、実際はいくつですかね?」
ワカバが素朴な疑問として口にすると、ゴルドが答える。
「あいつ、自分の年齢数えてないから、知らないらしい。まぁ、14か15じゃないか?」
「え?た、誕生日とかは?」
「知らないらしい」
「生まれた年は?」
「知っているわけないだろ」
ワカバは驚きながら、カルチャーショックを受けているようだが、ゴルドはまだそのあたり理解できる。
奴隷として扱われていた経緯や、そもそも、獣人にとっては、年齢や誕生日はさして気にならず、強いかどうかだけが、物事を決める上での重要な物差しであった。
年齢や、生い立ち、経歴など、獣人は一切気にしない。
強いかどうかだけの、弱肉強食の世界であった。
「グルルルゥ・・・」
クローナは、牙を見せて、にじりにじりと動き出す。
その様子をヒロは、自身も足をじわりじわりと動かして、距理をつめる。
飛びかかるクローナ。
ヒロは、あえて剣は鞘がついたままで、防御のため使用する。
体の前で剣を横にして、クローナの飛びついてきた手と足を、それで抑える。
剣を間に、押し合いが続く。
筋力は均等か。
「やるね・・・クローナ」
「ウウゥ・・・ヒロ、もっと本気で来なよ」
クローナが、本気の顔になる。
ヒロは、一筋の汗をかく。
「アタイの知っているヒロは、もっと凄いよ・・・全部出してよ」
笑うクローナ。
ヒロは、口だけ笑って、距離を取る為クローナを突き飛ばす。
しなやかにバク転し、クローナも距離を取る。
その間に、ヒロは炎と水を合わせて出す。
何でもありの、ヒロの能力。
いや、もちろん本当に何でもありというわけではない。
自然物を創造する能力。
ヒロはそう把握していたし、実際に出せるものも、その制約通りであった。
複雑な、例えて言えば、すでに調理された料理や、それこそヴォルクの出す銃器などは、もちろん出せない。
ヒロは何度か試して、無理だったので、やはり自然にあるものを出すのが、ルールなのだろうとヒロは思う。
だが、本当にそうだろうか。
炎や水は、自然にあるから。
野菜や米、調理前の食べ物も、自然にあるから。
鉄や木材、資材などは?
自然にある、あるのだろう、あるのだが・・・。
そこまで考えて、ヒロは目の前に集中する。
クローナが、炎と水を掻い潜り、ヒロに接近する。
「アタイは!ヒロを倒すよ!」
クローナの本気の爪と牙が、すぐそこにあった。
ヒロは、迷いを隠すように、目の前に意識を無理やり向けた。




