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第57話 大人と子供





ーーー私には、生きる価値がなかった。





ーーー私たちには、生きる権利がもらえなかった。




銀河系第877スペース人工プラント、ファルテシオンは、田舎のセンターだった。



宇宙開発がどんどん進められた時代に、調子に乗ったベンチャー企業が、売名目的で片手間に造ったセンターである。


入所料金が安いのが唯一の売りで、人工的に最低限整えられたセンター内は、他のセンターで住めなくなった訳アリや、仕事をクビになって一念発起する食い詰めた者でいっぱいになった。



センターの開放当初の様子は知らないが、誰もが口を揃えて噂していた。


田舎センターの割に、入所者が多く、規定人員以上に受け入れをしているんじゃないか、と。




私の母親は、とある企業役員の愛人だった。


だが、家庭のある役員との不倫関係は、会社への露見と、向こう家族にバレたのをきっかけに、島流しとして、このセンターへ行くこととなった。



私の血縁上の父親はその役員らしい。



らしいとしか言えないのは、母親が毎日妄言のようにそう訴えているのを聞いていたからだ。


母親はこのセンターで水商売をしていた。


安い酒場を、1人で切り盛りする。


裏で数名の男達を手玉に取って、また浮気行為をさせているのを、私は知っていたが・・・。




母親は、私によく言った。




「一緒に頑張って生きていこうね!」


楽観主義な母親だが、それなりに、愛されていると・・・その時までは信じていた。





センター解放から20年。


20年なんて、センター歴としては、まだまだ新しい方である。



なのに、エアバンクに異常が発生して、生きるのに必須の空気が、生成されなくなった。






私は覚えている。





母親は、14歳の私を捨てた。



私は、捨てられたのだ。




本来、緊急時のために、センターには規定人数と予備を含めた脱出ポッドがある。


法律でそう決められている。



だが、脱出ポッドは、全員分なかった。



全住民が、最悪な答え合わせを目の当たりにした。

やはり、規定人数以上に入所させていたのだ。



脱出ポッドに誰もが殺到する中、母親は、私を押しのけて脱出ポッドの最後の枠に乗った。



錯乱して、震えて、私の方すら見てくれない母親。




ーーーあぁ、私は、必要とされていない






きっと、役に立たないから、だろう






きっと、生きる価値を証明出来なかったから、だと思う







きっと、私の存在価値に、母親は気づかなかったからだ、違いない。









だから、私には、価値がある。



私は、私で、生きていい証明を、ちゃんとしなきゃ・・・。





私たちは、ただ捨てられたんじゃない。





証明できる。いや、証明しなきゃ!







(また!捨てられちゃわないように!)




「私は!!役に立つ!!」




イチゴが、そう叫んだかと思うと、自身の着ていたスーツの、首元にあるボタンを押した。



ビィンセントは、イチゴの、その悲壮感にまみれた、必死の形相に、顔を歪めた。



だが、その一瞬の隙が、仇となる。



イチゴの動きの速さが、明らかに変わった。


一瞬だけのビィンセントの思考が、イチゴに起きた異常な速さを見逃す要因となった。



イチゴの掌底が、ビィンセントのアゴに叩き込まれる。


仰け反るビィンセントは、唇を切ったのか、口から出血をしていた。




(あ、あきらかに・・・人間の、動きじゃねぇだろ・・・)




ビィンセントは、かき消されそうになる意識の中、そう思っていた。



「あぁぁぁああああ!!!」



変わって、イチゴも叫んでいた。

掌底した左腕を、押さえている。

明らかに痛がる様子だ。





「い!イチゴ!そのボタンはダメ!まだ出力コントロール済んでないよ!」


ワカバが慌ててマイクをつけて、イチゴに呼びかける。


ゴルドは、何が起きたか分からないまま、ビィンセントがぶっ飛ばされるところを見た。



「え?え?な、なにが??」



ゴルドの困惑は、客席でも同じく起きていた。


あまりに早いのは同じだが、なぜビィンセントに当たったのか分からない、と言う顔だ。




「強化スーツです・・・強制的に動きを速めるスーツですが・・・まだ出力調整が出来ていない・・・無理やり動かしたら!体の方が限界来ちゃうよ!!」



ゴルドの目の色が変わる。


試合停止の指示を呼びかけようと、マイクに手をかける。







「待ってくだせぇ、坊ちゃん」








ビィンセントが、そう言って、実況席に手を突き出し、制止の合図を送る。


ゴルドは、それをしかと、見てしまった。


ビィンセントの目は、まだやりますよ?という、目をしていた。



ゴルドは、マイクに呼びかける。





「ベルネシア!いつでもドクターストップかけれるように、気をつけて見てくれ」



ワカバも驚いた顔をし、ベルネシアは、静かにうなずいた。



「な!なんで!?ゴルド様!」


ワカバがすがるようにゴルドの腕を掴む。



「・・・ビィンセントのあの目は、任せろという目だ」



ゴルドは、薄々気付いている。

イチゴの必死の叫びも、泣き続けている『心』にも。





「ここで止めても、イチゴはまた無茶をする・・・心は、治らないままだ」





ゴルドの固く、必死に抑える拳を見て、ワカバは、心配やら、迷いやら、どうしてもあげられない、自身の無力感に、体を震えさせつつ、試合を見守ることにした。





イチゴが震えながら、もう一度構える。


ビィンセントも、剣を、抜いた。




「さぁ!・・・こっからだよ!」



自分を鼓舞する為に、イチゴは気合いの言葉を述べる。


痛みが激しいのを、無理に我慢している。





「・・・どうして、そこまで・・・子供らしくないのかねぇ」



ビィンセントがやれやれとばかりに、首を横に振る。



「・・・・・」



イチゴは、荒い息遣いだけして、答えない。




「・・・子供が、そんな無茶な事するんじゃない・・・痛みに耐えて、涙も見せないなんざ・・・ガキのする事じゃねぇ」





「しなきゃ!捨てられるからだよっっ!」




イチゴが叫んだ。


ビィンセントは、表情を変えない。

しかめた表情で、イチゴを真正面から見ている。




「・・・捨てられたんだもん、もうすでに・・・捨てられて!死ぬかもしれなかったんだよ!だから!!」




イチゴが走る。


その突進の速さに、常人は目で追えない。


ビィンセントだけが、最低限の動きで防御するが、避けきれない。


イチゴの肘鉄が、腹部に入る。


ビィンセントの防具はヘコみ、アバラに悲鳴が走る。


同時に、イチゴも悲痛な叫びを上げる。


ダメージは同じか、むしろビィンセントは防具がある分、まだマシである。



ワカバが泣き出す。


「もう、止めて・・・止めてください・・・」



イチゴが痛みを耐えて、殴る。

一撃一撃、血飛沫が舞い、イチゴが悲鳴をあげる。

すでに涙を流し、ただただ苦しんでもがいている状態だった。




観客達も、悲鳴に似た声を上げて、やめるよう叫ぶ者もいる。



ベルネシアのストップはまだ入らない。



ゴルドは、脂汗を浮かべて、じっと、2人を見ていた。




ふとーーーイチゴの動きが止まる。




イチゴの拳を、ビィンセントが受け止めていた。


しっかりと掴み、イチゴは動けない。





「・・・ゴルドの坊ちゃんは、んなことしねぇよ」





イチゴの血か、ビィンセントの血か、わからないほど、ビィンセントの顔面は流血していた。



だが、その目は死んでいなかった。

毅然とした、固い意志の目をしていた。




「うちの領主様、舐めてんじゃねぇよ」




イチゴは、更にもがこうと、体を動かそうとするが、もう両手は言うことを聞かなかった。


仕方なく、咆哮(ほうこう)する。


「知らないくせに!お母さんのこと!知らないくせに!お母さんは悪くない!」


イチゴは必死に伝えようと、叫び続ける。



「私が!役に立たないから!だからお母さんは私を捨てたんだ!私は!ちゃんと愛されていた!でも!私に!・・・私に!生きる価値が・・・なかったから・・・」



嗚咽と、涙、鼻水が、顔をぐしゃぐしゃにする。


イチゴは、まだ信じていた。


唯一の家族、母親は、悪くないと。



悪かったのは、自分だと。







「知らねぇよ、んなことよぉ」







ビィンセントが一喝する。



イチゴは、呆けた顔で、ビィンセントを見る。


会場の観客も、ワカバも驚く中・・・ゴルドだけ、変わらない、真剣な表情をしていた。




「お前が悪いのか、親が悪いのか・・・そんなの、あっしが分かるわけないだろうが・・・見てないし、会ったこともねぇんだから」



ビィンセントは、イチゴに対して、生半可な優しい言葉など、かける気は無いようだ。




「生きてる価値がどうたらこうたら・・・かーっ!子供がそんな辛気臭いこと考えるんじゃねぇ!」




怒鳴って、叱る。

まるで、子供を説教するように。




「お前、うちの領主ちゃんと見てるか?無視してんじゃねぇだろうな!」



ビィンセントがそう声を荒げると、イチゴは反射的に答える。



「む、無視してないもん・・・」


子供が、泣いてしゃくりあげるように、泣きながら、イチゴは言葉を続ける。



「でも、でも・・・お母さんみたいに、優しくて・・・でも、でも、また捨てられたら・・・私やだもん・・・置いてかれたくないもん!」




心の底からの、思いを吐露する。



涙と共に、子供らしい、本来の感情が溢れる。






「しねぇ!ゴルドの坊ちゃんは!そんなこと!・・・絶対にしない!!」






ビィンセントが、会場全体に聞こえるように叫ぶ。



そして、イチゴの手を放す。



座り込むイチゴの目の前で、ビィンセントは剣を掲げて、その次に、その刀身を自らの首に当てた。



「な、なにして・・・」







「あっしの命を賭けてもいい!!」






ビィンセントは、高らかに宣言した。



そこに、一切の不安などない。



迷いなどない。



当たり前だと、信じて疑わない。




「うちの領主は、そういう人間だ!・・・だから、あっしは命を賭ける・・・あの人になら!命を賭けてもいいと思っている!お前はどうだ!」




イチゴは自らを指されて、体をビクリと震わせた。



「お前の命をかけている理由はなんだ?・・・ゴルドの坊ちゃんのためか?・・・いや違う。命なんてかけちゃいない。ただ、頑張っているのを見せようとしているだけだ」




ビィンセントの指摘に、イチゴは、心をぐさりと射抜かれる。


その通りであると、頷くしかない。



「・・・これが、大人と子供の違いだ」



ビィンセントのトーンが下がり、剣を下ろす。



「子供はなぁ、自分のためにまずは生きろ。()()()()()()()で良いんだよ」



イチゴがビィンセントを見る。


そこには、穏やかな表情をした大人がいた。



「人生で1番わがままを言うべき年だ。大人をそれで困らせろ。それでいいんだよガキなんざ。バカだし、向こう見ずだし、経験ないし、弱っちい・・・だから・・・」




ーーー生きてるだけで、偉いんだよ。






「生きているだけで、価値があるんだ、お前らは」






ビィンセントの言葉に、イチゴは堰を切ったように泣き出す。



会場に響くその泣き声は、子供そのものだった。





「・・・ベルネシア。手当を頼む」




ゴルドが、マイク越しに依頼する。

すぐに、ベルネシアはイチゴのそばに転移して、治癒魔法をかける。




ゴルドはそれを見届け、息を吸う。




「勝者は、ビィンセントだああああ!!!」



そして、ゴルドがマイクに向かってそう叫ぶ。



観客も、文句なしと言わんばかりに、拍手を送った。

割れんばかりの拍手が、会場を包み込む。



実況席では、ワカバが顔をぐしゃぐしゃにして泣いている。


それを、ゴルドが胸を貸して、受け止めていた。


まだしばらく、実況には戻れないようだ。





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