第59話 ここに集う者たち
クローナが覚えている1番古い記憶は、山を走って何かから逃げている記憶だった。
何から逃げていたのか、全く思い出せない。
だが、必死になって逃げていた覚えだけはある。
焦燥感、恐怖、苦しみ、悲壮感。
ごちゃ混ぜになった感情の中、逃げ出せた希望だけが、足を進ませる原動力になっていた。
それからは、遠く、遠くへ行こうと、山を転々と超えて、時には船に忍び込み、海も超えて、遠いところまで来たと思うが・・・実は言うと、そもそもどこから逃げていたのかも分かっていないので、もうすっかり恐怖心は無くなっていた。
それから、山の中で野生の狼よろしく、ワイルドキャンプ生活を謳歌していた所、奴隷狩りに遭って、今に至る。
両親の記憶やら何やらはない。
対するヒロは、家族がいた記憶こそあるものの、まともに話した覚えはない。
母親は最低限、衣食住を用意してくれていた。
父親は、酒とパチンコと女遊びに明け暮れて、家にお金など全く入れてなかった。
小学生の時に、我慢の限界だったろう、母親が家を出て行く。
その時の会話を覚えている。
「浩史。お母さんちょっと出かけてくるね。帰りが遅いなって思ったら、ここに電話してね」
母親が渡したメモには、110の番号が書いてあった。
母親は、自分をどう思っていたのだろうか。
正直わからない。
もう朧げな記憶だし、毎日、お父さんは最低の男で、私は被害者だと恨み言を熱心に話していた。
さすがに小学生ともなれば、これが警察の番号ではあることぐらい分かっている。
あぁ、母親はいなくなるんだな。
それだけを、妙にすんなり受け入れたことだけ覚えている。
その日帰ってきた父親も察したのか、何も言わずに、カップ麺だけが多く用意されるようになった。
「なんで、連れて行かなかったんだよ」
最初で最後だろうか。
父親は、それだけを、僕に言うでもなく、1人でつぶやくように、僕の目の前で言った。
「しゃあああああ!!」
クローナの突進と、ヒロの剣での受けがぶつかる。
「うぉぉおおおお!!」
ヒロは、クローナの真剣な顔を見て、その度に、自身が高揚している事に気付く。
(僕は変態だったのかな?)
真剣にぶつかり合って、ケガすれすれの攻防を繰り返しておいて、ヒロはそんな事を考えていた。
嬉しい。
これだけ、ストレートな好意をぶつけられたことなどない。
居ないものとされていた。
必要となんてされていなかった。
でも、それが不幸なのかどうかも、その実よく分かっていなかった。
「僕ね!中学校の時!パソコン室入り浸っていたんだ!」
急にヒロが語りかける。
クローナは、うん!と返事はするが、絶えず攻撃の手は緩めない。
中学校だの、パソコンだの言われても、クローナは理解などしていない。
だが、ヒロは伝えたくて言う。
「スマホもパソコンも家にはないから!学校のパソコンで、ネット小説読み漁っていた!それだけが!本当に楽しかった!」
情報の先生は、しがない中年のおじさん先生だった。
ヒロの家庭問題を薄々気付いていた教師陣は、触らぬ神に祟りなし、と、静観をしていた。
ケガもなく、最低限の衣食住があると思っていたからだ。
その実、ヒロを憐れんだ同級生の親が、家族の制服のお下がりをくれたり、担任が空気を読んで、諸々の諸経費を自腹切っていた。
その小さな精一杯の善意が、情報の先生はパソコンを触らせてあげるだった。
ヒロの為だけに、部屋を開けて、遅くまで、使わせてあげていた。
「だからね!僕は!別に恨んでいない!世界が憎いとか!そんな事を考えるより!!」
ヒロが鞘付きの剣を振り回して、氷を出す。
クローナが下がり避ける。
「僕は・・・ヒーローになりたいって、思った」
誰かを、精一杯の善意で、救いたいと思った。
小説の中のヒーローは、トラックに跳ねられたり、通り魔に刺されたり、急に穴に吸い込まれたり、ゲームしてたらいつの間にか転生していたり、神様に急に呼ばれたり。
それか、転生しないヒーローでも、人に裏切られたり、パーティメンバーから追放されたり、おじさんになって馬鹿にされていたり、能力を過小評価されていたり。
始まりは、何だっていい。
彼らは、歩みを進めるうちに、何かを成すのだ。
救済か、復讐か、平穏か、グルメか。
「みんなね!誰かを必ず救うんだ・・・それが、羨ましいって思ってた・・・誰かを救える力があるって、素晴らしいと思った・・・ありがとうと!言われることが!感謝される事が!僕の夢だった!」
「ヒロ!」
クローナは走り出し、ヒロの名前を呼ぶ。
「アタイは!ヒロに救われたよ!」
本心からの言葉だ。
ただ生きていた狼は、他者に憎しみや獲物程度の感情は向けていたが、今、クローナが持っている感情は、生まれて初めて、正真正銘、ヒロに初めて抱く感情である。
クローナの爪で引っ掻く攻撃が連続する。
それらを、ヒロは薙ぎ払うように全て当てる。
「救われて!惚れている!アタイの気持ちだ!」
「嬉しいよ!クローナ!君みたいな素敵な子に!そんなふうに言われるのが!夢みたいに嬉しい!」
ヒロの感情が、爆発するかのように、ヒロの体が急に光り輝き出す。
大空に向けて、太い光の柱が高く高く立つ。
それは質量のある光で、フィールドに、競技場内に風が吹き荒れる。
観客席は、眩い光のはずなのに、目で直視できる光景に、誰もが驚きを隠せなかった。
ワカバとゴルドも、立ち上がって、ヒロを見る。
言葉も出せず、動くこともできなかった。
だが、クローナだけ、その光に向かって走っていた。
「ヒロぉぉおおおおおおお!!!」
「クローナぁぁああああああ!!!」
2人の咆哮が、2人だけの世界になった様に響く。
ミハエルが、その光景を見て微笑む。
キャロットが、すでにベッドから起き上がっており、2人の試合を見守っている。
ヴォルクがつぶやく。
「アイツらだけ、なんか青春ものやってないか?」
シルヴィがヴォルクを叩いた。
急に光が強くなり、直視できなくなった。
誰もが目をつむった瞬間、数秒か、あるいはもっと長くか。
光が収まったと気付いた時には、フィールドでは、ヒロがクローナを抱きしめていた。
クローナは、力無く、ヒロによりかかり、それを、ヒロが抱きしめている。
そして、ヒロが、拳を高く上げた。
「し、勝者!ヒロ選手です!!!」
ワカバが慌てて宣言して、ベルネシアがすぐさま飛んでくる。
よくわからない光の攻撃により、どれほどのダメージがあるのか、全く読めなかったからだ。
慌てて2人のそばに来たベルネシアは、声をかける。
「おい、体に異常は?痛いところは?」
「・・・ぐー」
「は?」
ベルネシアは、クローナを見て気付く。
寝ていると。
最初の戦闘で、ある程度切り傷や打ち身はあるが、健康そのものだ。
「・・・ねぇ、ヒロ。あなたのさっきの光だけど、あれは一体・・・ヒロ?」
ベルネシアが今度はヒロに話しかけると、ヒロはピクピクと体を痙攣させ、白目を剥いていた。
「え?え?あれ?こっち?こっちがやられてる??」
ベルネシアが担架を呼んで、ヒロとクローナは救護室へ連れて行かれた。
「あれ?どうしましょう・・・これから準決勝と決勝に進みたいのに・・・」
ワカバが困った様子で話すと、ゴルドが心配そうな顔で、実況席から立ち上がる。
「え?ゴルド様?まだ試合続きますよ!?」
「いやいや、もうオレとリンゼの護衛役は、ヒロにヴォルクにシルヴィ、ビィンセントで決まりだろ」
「で、でもー!最強決定戦何ですから!最後までやらなきゃ!」
「そのヒロが出れるかどうか、確認してくる」
ゴルドがさっさと救護室に行ってしまう。
一旦、試合は中断されることとなった。
ヒロが、目を覚ますと、そこは病院のベッドだった。
「あれ?・・・し、試合は?」
ベルネシアの病院だと気付き、競技場の救護室ではない事に驚く。
上体だけ起き上がると、クローナとキャロットが、それぞれ椅子に座りながら寝ていた。
「あ、あれ?」
「起きたか」
ゴルドが扉から入ってきて、起きているヒロに声をかける。
「ご!ゴッド様!あれ?試合は?!」
「え?さっき終わったけど」
「・・・えぇぇぇえええーー!!!?」
あまりにもあっさりしたゴルドの発言に、ヒロは真っ白になって項垂れる。
「そ、そんな・・・優勝して、最強の称号と、英雄ヒロの名を歴史に残せるぞって、ヴォルクさん言ってたのに・・・」
ヴォルクのやつ、そんな事を言っていたのか。
ゴルドがそう思っていると、ヒロは続いて聞く。
「あ!あの!結果は?誰が、優勝を?」
「あー、本当だったら準決勝する所だが、ヒロが起きれなくて、危険になったから、もう3人で一気にやっちゃえってなって、最終シルヴィが勝った・・・というか、生き残った」
ゴルドの渋い顔が、なんというか、思ったほど綺麗ないい試合というより、泥試合的なものだったと物語っていた。
だが、ゴルドは空いていた椅子に座り、神妙な顔で、考え事をするように黙る。
ヒロは、何となく、いつものゴルドではなかったので、恐る恐る聞いてみる。
「ゴッド様?・・・もしかして、怒ってます?」
「へ?・・・いやいや!何で?怒ってるわけないだろう」
間の抜けた顔をしたゴルドが、慌てて否定する。
そして、考えていた事を話し出す。
「今日の試合は、まぁ・・・ベルネシアがいたし、危ないけど・・・死闘ではなかった・・・だけど、なんか、な・・・」
ゴルドは辛そうな顔をして、言い淀むが、意を決して言う。
「改めて、ヒロ達を・・・みんなを、死地に赴かせることを、オレはしてるんだなって、思った」
ゴルドの辛そうな顔に、ヒロは、何とも言えなくなる。
ゴルドの為に、勇んで死地へ向かう者たちが、これだけいる。
それを、肝心のゴルド当人は、手放しで喜ぶ人ではないと、みんなが知っている。
だが・・・。
「それを、本気で捉えてくださるゴッド様だからこそ・・・みんな、本気なんです」
ヒロは、自然と言葉が出ていた。
「僕は、ヒーローになりたい・・・英雄になりたい・・・それは、困っている人を助けたいから・・・でも、助け方には、いろんな方法があります」
この試合に出ているみんなは、戦う事が、助ける手段なんです、とヒロは言う。
そして。
「ゴッド様は・・・その優しさと、その立場と、ゴルド様にしかできない事で、助けてくれる・・・実際、僕らを助けてくれました」
ヒロは、ゴルドの目を見て言う。
「ゴッド様が・・・ゴッド様だからこそ、僕らは集まったんです」
誰かのために・・・。
それが、あなたの為に、なった。
「行きましょう・・・怪物の山。何があるかを調べて、過去の悲劇を、繰り返さないように」
ヒロが拳を握り言う。
ゴルドは、涙を浮かべて、喜ぶ顔をする。
「まったく・・・オレには過ぎたる者たちだな・・・英雄たちよ」
ヒロとゴルドが、拳と拳を合わせた。




