第55話 希望を照らす存在
———過去
鬱蒼とした森の中。
その入り組んだ樹々の上に、エルフ達は隠れる様に住んでいた。
「ねーお父さん!今日は私の誕生日だよ?外で遊びたい!」
幼いエルフの少女が、モルアナにしがみ付きながら、わがままを言っていた。
「最近はずっとそう!外は危ないからって、お友達とも遊べない!お外で走りたい!」
「すまないエマ・・・最近、人間の姿が目撃されている。外は危ないから、家で遊んでくれ」
だが、モルアナは渋い回答をする。
ここは、ミハエルたち、転生エルフが、ゴルドに召喚される前の世界である。
彼等は、森の奥、人間から逃れる為、とにかく隠れて生活をしていた。
モルアナの娘は、顔をうつむかせながら、はーい、と落胆の声で、返事をした。
モルアナの心に、罪悪感が渦巻く。
目の前の、遊び盛りな娘に、窮屈な思いをさせている。
不甲斐ない無力感に、モルアナは、それを振り切る様に、娘を優しく抱きしめる。
「・・・すまんな」
「・・・ううん。お父さんは悪くないもん・・・ワガママ言って、ごめんなさい」
娘は、優しく、家族思いの、とても出来た娘であった。
モルアナは、新たな住処探しに向かう。
森の安全な場所を探して、次なる隠れ家を見つけなければ。
エルフの戦士仲間と、共同で、隠密しながら樹々を渡り歩く。
「この奥なら、子供でも進めるな」
森の更に奥で、モルアナ達は、集落の仲間が来れる場所を見つける。
あとは、また引越しをするだけだ。
集落に戻ったモルアナは、いつもと違う匂いに、身体に電気が走った。
仲間も同じである。
人間の匂いだ。
樹々に隠れながら、剣を、弓を構えるモルアナ達の前に、集団の人間が、エルフ達を網で捕まえ、縄で縛っていた。
激しく抵抗する仲間を、人間が殴って静かにさせる。
「おい!殺すなよ!価値がなくなる!」
「えへ、えへっ、可愛いなぁ・・・オレ、エルフ生で見るの初めてだよ」
下品な笑みを浮かべる髭面の男が、モルアナの妻と、娘のエマを縛ろうと、近づく。
2人は、恐怖で震えて、妻は娘を庇う様に、抱きしめていた。
「子供、子供なら抱いてもいいか?なぁ親方!オレ達も、売る前なら、ちょっとくらいいいんだよな!」
男が興奮して、娘のエマを下卑た目で見ている。
エマは恐怖のあまり、涙を流して泣き叫んでいる。
モルアナの、怒りが頂点に達した———
数刻後
そこに、人間だった亡骸が並ぶ。
モルアナが、血に塗れた状態で、息荒く立っていた。
「・・・お、おとう、さん」
娘は・・・エマは、無事だった。
涙をいっぱい溜めて、震えながら、妻にしがみついている。
集落の者は、皆無事だった。
だが・・・・。
「・・・こわかったよぉ・・・お父さん・・・私たち、いつまで・・・こんな生活するの?・・・・私たち・・・」
エマが、涙ながらに、苦しむ様に、言った。
「私たち、ずっと・・・一生、このままなのかな?」
その、絶望の台詞は、妻にも聞こえ、妻は押し殺す様に嗚咽して泣く。
モルアナは、何も言えなかった。
最愛の家族に、モルアナは、希望を見せる事が、出来なかった。
———現在、デジマ競技場
モルアナは、精霊魔法を使い、フィールドに木々を生み出す。
「ええーー!!ちょ!木が生えてきて!?えぇ!?こんなのありえない!科学じゃ無理!」
ワカバが錯乱するように実況する。
「あー、モルアナの得意とする密林の中での戦いに、強引に持っていく感じだな。ありゃモルアナ本気だぞ」
ゴルドは冷静に実況した。
ヴォルクは、なす術もなく、自分も密林に囲まれて、あっという間にジャングルの中に入った。
(視界が最悪の中、隠れる場所も増えて、相手が得意とする土俵に乗せられたな)
ヴォルクは動き出す。
密林の中で、じっとする事こそが命取りと、経験で分かっていた。
自分もどこに相手がいるかすぐに分からないが、それは相手も同じ条件である。
「山でのゲリラ戦か・・・懐かしくて震えそうだよ」
ヴォルクは軽口を叩いた。
モルアナは、木の上を渡り歩く。
ヴォルクの姿を探して、まるで普通に走っているかの様に、木々へ飛び移るその様は、なるほど忍者である。
(ゴルド様は、私には出来なかった、娘へ・・・私の家族に、希望を与えてくださった方だ)
木々を渡り歩くことで、前の世界を思い出したのか、モルアナは目の前の戦いに集中しつつ、今一度、覚悟の気持ちを、改めて胸に刻んでいた。
平穏な暮らしを約束してくれる、それがどれほど偉大なことであるか。
エマは今、森の中での逃亡生活が嘘の様に、明るい太陽の下、エルフの子供達と、それだけでなく、ワカバ達の宇宙人組とも遊んでいる。
この未来を、希望を、私は果たして1人で、与えることが出来ただろうか。
戦うしか能がない私では、血に汚れ、殺し殺される解決しか出来なかった。
家族を守ることが、私の使命であり、最も大切なこと。
その家族に希望を与えてくださったゴルド様に、私が最大限できる、戦うという役目を持って報いること。
(これほどの、これ以上の戦う理由など、ありません。私にとっては、ね)
ヴォルクは見抜けなかった。
モルアナの、穏やかな性格の中にあった、守る為なら、何でもやるという覚悟を。
優しい木こりのようなモルアナは、いざとなれば、その平穏を守る為、斧を振り回す戦士なのだ。
(毒の粉。幻覚作用と嘔吐、それと痺れを起こす、特別調合の物。問題は、どう浴びせるか、吸わせるか・・・燻した煙に混ぜたいですが、さすがに観客席に影響を出すのは、顰蹙を買いますね)
手段は限りなく選ばない。
ここが何でもありの場所であれば、モルアナは、森に火を放つことすら厭わない。
それほどの、覚悟と徹底ぶりが、彼の一段階上へと戦士としての格を上げていた。
木々から一通りフィールドを回り、違和感を覚えるモルアナ。
(おかしい。そろそろ姿を見つけてもいい頃合い。痕跡すら見当たらない。フィールドは、試合会場としては広くとも、森としては限りなく狭い・・・隠れましたか)
モルアナは、木々の影か、フィールドに穴を掘って、ヴォルクが隠れていると踏んだ。
(傭兵としての経験、徹底ぶりは、私よりも数段上でしょう。油断など出来るわけがない)
モルアナの、観察眼が鋭くなる。
木々の影を、根本を、フィールドの盛り上がった土の場所を、注意深く、時には吹き矢を吹いて、攻撃をしてみる。
見当たらない。
モルアナは焦りつつも、木々の上からは降りない。
「うーん、こう着状態ですね」
ワカバがモニター越しにつぶやく。
見栄えとしては、地味な絵が続くことに、不満を声色に乗せるが、ゴルドは真剣にモニターを見ている。
「ヴォルクのやつ・・・やり過ぎなきゃ良いけどな・・・」
独り言の様に、ボソリと、自分だけに聞こえるように、ゴルドはつぶやいた。
モルアナが、木々を飛び移った時、視界に違和感を捉える。
木の皮が、剥がされている。
(即席の隠れ蓑ですか。やはり侮れない。しかし、木々の影に隠れて・・)
モルアナが、そこまで考えた時、閃光と熱、更に地響きと、足元が崩壊する感触を覚えた。
「ばっ!爆発!?」
フィールドに爆音と、目をつむるほどの激しい光、炎があがり、観客から悲鳴があがる。
ワカバが慌ててマイク越しに、何が起きたかを言うが、まだ観客の中には耳がキーンとしている者もいる。
「ヴォルク、やりやがったな」
耳を押さえながら、ゴルドがやれやれという顔で言う。
立っていた木だけでなく、爆弾が効率よくフィールドの森を焼けるように、計算されて仕掛けられていた様だ。
モルアナは、さすがに爆風を受け、木から落下したので、無傷とはいかない怪我を負う。
冷静に身体を観察して、左肩脱臼、左脚大腿骨骨折疑い、骨盤もヒビくらいは入ったか、打撲、捻挫が各所で見られるが、精霊魔法の最低限の治癒で、応急処置だけして立ち上がる。
「よーやく引きずり出してやったぞ、森のゲリラ戦士」
ヴォルクが木の皮で作られた服を身にまとい、燃え盛る森を背にして現れる。
手には何故か、太めの枝を持っている。
「火薬をお持ちとは、思っていましたが・・・この小さいとはいえ、森を燃やせるほどとは、見抜けませんでした」
モルアナが、剣を構えて言う。
ちゃっかり、この剣に、先ほどの奥の手である毒も塗ってある。
「そこは、機密事項だ。オレの切り札か何かだと思ってくれ」
「それを切らせただけの、手強さが私にあったということですかね」
ヴォルクはそうモルアナに言われ、柄にもなく吹き出して笑う。
「そうだな。その通りすぎて笑っちまうよ・・・お前とは2度とやり合いたくないな。特に、何でもありにされると、骨が折れてかなわん」
その言い方に、モルアナは光栄だとしつつも、言い返そうと口を開く。
「その評価は嬉しいですが、まだ、試合は終わっていません。私は、まだ負けていない」
「いやーーーもう動けんよ」
ヴォルクは、何か確信がある様に言う。
モルアナは、爆風を受けたが、治癒魔法で最低限動けはする。
何をもって、動けないと言うのか?
そもそも、確かにモルアナの目の前に姿を現すこと自体、不思議といえば不思議だ。
燃える森の中から、更なる奇襲がまだ出来たはず。
モルアナが読み切れず、とりあえず動こうとしたところ、ヴォルクが手を前に出し、制止のサインをする。
「地雷って知ってるか?ーーー地面に爆弾をセットした。この周辺に、いくつかな」
ヴォルクは、手に持っていた太い枝を、下手投げで近くの地面に放り投げる。
それが地面についた瞬間、小さいとはいえ、爆発が起きた。
モルアナはそれを見て、冷や汗をかく。
「本来の地雷は、もっと凶悪でな。釘やら鉄の破片やらが詰まって、踏んだやつをズタズタにする。今回のは爆破のみだ・・・まぁ、のみっつっても、足は確実に持ってかれるわな」
涼しく言うヴォルクだが、モルアナはさすがに信じられなかった。
「その切り札とやら、あまりにも好都合すぎますね。地面の中に爆弾・・・今の爆発は本物ですが・・・他にも埋めているかどうかは、ブラフの可能性がありますね」
モルアナの言う事は尤もだ。
試合開始の時に、ヴォルクの姿は見ているが、傭兵服に武器をいくつか仕込めたとして、さすがにここまで大量の火薬は持っていないはず。
どの様にして、森を焼くほどの火薬と、今の地雷を用意したかは不明だが、これ以上あるという事実も、確証が得られない。
「おすすめはしねぇぞ。ベルネシアに聞いたが、四肢の欠損は治せるが、その痛み、喪失感から来る、PTSD・・・あー、トラウマっていうやつだが、それの克服は難しい」
ヴォルクは、なんて事のない様に言う。
モルアナは、地面に目を凝らす。
きれいに生えた芝生は、土を掴んで生えているだろうから、その下にあるとすると、土の掘り返しが見えない分、目視では分からない。
だが、モルアナも蛮勇というわけではない。
ここで、ただ信じないという選択肢だけを選んで、足を進めるのはリスクがある。
すでに、方法は不明だが、ヴォルクは火薬を大量に生み出す切り札を持っている。
そのカラクリを解かない限り、不用意に動けはしない。
モルアナは、次なる手を考えていた。
実況席では、耳への影響がようやく治まり、ヴォルクの地雷発言に、ワカバが驚きのリアクション芸をマイク越しに見せていた。
「しかし!不思議なのはどうやって用意したのか!?ヴォルク選手の体はもしかして、火薬で出来ているんですか!?」
「んなわけないだろう」
ゴルドが冷静にツッコミをする。
「という事は、さすがにもう地雷はないでしょうか?実は一個だけでした~、みたいな?」
ワカバがそう聞くが、ゴルドが答えられるわけがない。
「オレにもさっぱり分からんよ。だが・・・まぁ、オレの印象だが、ヴォルクはハッタリだけで、姿を現すタイプではないと思う・・・」
ゴルドの指摘は、はたして合っているのかどうか・・・。
モルアナは、精霊魔法に使う、魔力量を計算する。
こういった魔法は、体力と同じで、無尽蔵に発動できるわけではない。
先ほどの森を出現させるのに、ほとんど使い、治癒もしたので、もう残り少ない。
なので、どう使うか、頭の中で計画を立てた。
(最後まで、どう転ぶかは分かりませんよ?ヴォルク殿・・・)
ヴォルクは、相対するモルアナを見て、確信している。
(こいつ・・・まだ諦めた目をしてねぇな)
2人の視線が交差し、モルアナが風の精霊魔法を発動させた。
飛び上がるモルアナは、放物線を描いて、ヴォルクに剣を振り上げる。
ヴォルクは、動かず、迎え撃つ。
モルアナの振り下ろした剣は、ヴォルクのナイフで受け止められ、モルアナがヴォルクの足元の付近で足を着地させる。
ヴォルクの立つところは、確かに安全だろう。
何せ他ならぬヴォルク自身が、安全な、地雷を設置していない場所を知っているのだから。
「さすがだな。まだ戦うことを選ぶか、森の戦士」
「当たり前ですよ。周り全てが危険で、敵に囲まれて生きる・・・貴方もその経験がおありでしょう?」
ヴォルクとモルアナは、剣とナイフで剣戟を繰り返し、モルアナは少しでも剣先をヴォルクの肌に当てようと、必死になる。
「唯一の違いは、私はその状況を、家族と共にいたという事ですかね。そういえば、ヴォルク殿はご結婚は?お子様などは?」
「いねぇよっ!」
ヴォルクが蹴りも駆使して、モルアナの猛攻をいなす。
「そうでしたか。失礼しました」
モルアナが素直に謝る。
それに対して、ヴォルクは、攻撃を休めないが、ヴォルクから投げかけをした。
「家族ができる余裕があるのは、羨ましいな」
「余裕ではありませんよ。むしろ・・・心に余裕がないからこそ、家族を求めるのです」
夫婦だけが家族ではないでしょう?
貴方の傭兵チームの仲間は、家族のようなものでしょう。
モルアナがそう剣を振り下ろしながら言うと、ヴォルクはナイフで受け止めて、溜めながら言う。
「家族とは違ぇよ。あいつらは、あいつらの人生を生きている。オレに責任はねぇ・・・似ているようで、お前とは違う・・・」
ヴォルクはナイフで切り上げて、モルアナを突き飛ばす。
「オレと、お前は違う」
ヴォルクが地面を蹴って、急に後ろに下がる。
モルアナは、ヴォルクを追って、前に進む。
「カチッ」
右足に、何かを踏んだ感触と、音がする。
本能的に、モルアナは止まる。
背中に冷たい汗と、何故?という疑問符が頭に広がる。
「さすがだ。これほど戦闘状態にあって、足元の繊細な機微を読み取れるか・・・」
ヴォルクは、本気で感心した。
それだけ、モルアナという男は、感情のコントロールが上手く、理性的な武人である証拠だ。
「足を浮かせば、ドカンだ。威力は弱いが、しばらくは足が使い物にならん」
「・・・ヴォルク殿の足元に、埋めていたのですか?・・・一歩間違えれば、貴方が踏んでいたかもしれませんよ?」
モルアナの、ヴォルクを見る目に、畏れの色が見える。
この男、正気か?
底知れない思考の狭間を、モルアナは垣間見る。
「オレはそこまで耄碌しちゃいない。お前ほどの相手なら、ここにも埋めた方がいいと判断したまでだ」
地雷の上で、本気の剣戟をして、自分は踏まずに相手にのみ踏ませる。
「家族を守るために、お前は自ら死ぬ選択は取らないだろう・・・当たり前だ、家族を守れるのは、お前しかいないからだ。だが、オレは違う・・・」
ヴォルクはナイフを腰にしまい、勝利の拳を突き上げる。
「オレは死を、天秤にかけられる・・・尤も、今まで、天秤にかけて、命を落とした事はないがな」
静かな競技場に、勝利が決まった事で、歓声が湧き上がる。
ワカバの、ヴォルク選手が勝利したという宣言を聞きながら、モルアナは、格の違いというものを身に染みて感じた。
「ほら、ジッとしてろ」
ヴォルクが、モルアナの足元に手を置き、慣れた様子で地雷を解除する。
「・・・分かっていましたが、私はまだまだですね」
「お前のその技量でまだまだとか、謙遜どころか嫌味でしかないな」
ヴォルクは吐き捨てるように言う。
モルアナは、負けた側として、何も言えない。
「・・・こんな試合じゃ、お前の真価は測れない」
ヴォルクが、腰を地面に下ろして、疲れたように言った。
「・・・慰めですか?ずいぶんとお優しい」
「ただの感想だ。お前、諜報部に入らないか?」
「・・・家族の為に、休日は申請できますか?」
モルアナの質問に、ヴォルクは頭を悩ませてから、答えた。
「・・・ボスがその方針だからな。オレには分からん条件だが、いいぞ」
「それはいい。では、よろしくお願いします」
ヴォルクは鼻で笑って、モルアナはフィールドから、帰る為に歩き出す。
観客席から、モルアナを呼ぶ声がする。
見ると、娘のエマと妻がいた。
モルアナが元気に手を振る様子を見て、娘が泣きながら父親を賞賛し、抱きつく。
「・・・・・」
ヴォルクは何も言わずに、だが、良い光景だと、心の中で満足そうにしていた。




