第53話 自由を求めたウサギ
魔法剣とは、その名の如く、魔法と剣を組み合わせた戦闘技術である。
本来の剣という武器に対して、炎、氷、風、土など、魔法を付与することが基本である。
だが、魔法をそのまま使うより、使い勝手が悪くなるというデメリットを持っていた。
まずは、魔法を発射できないというリーチの問題。
次に、付与範囲が剣のみのため、相手に及ぼす範囲が狭い。
剣を当てなければならないというデメリットだ。
この大きく二つが、魔法剣を、ただのロマンスキルと蔑称されるほど、実戦では敬遠される理由であった。
「でもね、不死身の私には、これがしっくりと来るんだよ」
シルヴィはパキパキと体を動かして、凍った自らの体を無理やり動かす。
「デメリットとしてある、魔法剣の付与範囲が剣のみ、という部分なんだけど、これにはワケがある。炎や氷がわかりやすいけど、剣の持ち手にダメージがいっちゃうんだよね」
炎は熱い。
当然な摂理である。
一般的な魔法も、発射させて、いち早く術者の元から、その危険な炎が離れるので、術者は炎に焼かれることはない。
だが、魔法剣は、その燃え盛る剣を持たなければならない。
遠慮なしに轟々と燃え盛る炎を剣に付与すれば、火傷どころか、自らが燃える可能性がある。
氷も同じく、剣から漏れ出る冷気が、周囲全てを凍らす。
うまく調整して、持ち手が凍傷にならないよう、セーブしなければならないのだ。
それら、一切のセーブがシルヴィには必要ない。
「なぜなら、私は不死身だからだ」
まさに、自己ダメージを計算しなくていい故に、魔法剣のデメリットを打ち消した戦闘が、シルヴィには可能であった。
「なるほどね・・・本来の、魔法剣なら、水蒸気をあれだけ出す、高温からの低温は、持ち手に大ダメージだから、本当は出来ない芸当だけど、それをやってのけたうえに、本来の目的、足場を凍らす為の、ブラフにしたって事ね・・・」
キャロットが全て理解した。
そして、改めて背筋がゾクリと凍る。
相手は、不死身というとんでもスキルを持っているだけでなく、その積み重ねてきた経験から、これほど巧妙な策を仕掛ける。
間違いなく、強い。
こちとら、ガタイの良い、飛び跳ねるだけのウサギなのに、ラスボスと対戦しているかのようだ。
「ここで!ドクターベルネシアからご報告です!」
ワカバがマイクで急に呼びかける。
「キャロットの傷の具合からみて、出血多量につながる傷の深さだ。彼女の頑強な体で見積もって、残り5分。残り5分で決着がつかなければ、ドクターストップをかける」
ベルネシアの、ダルそうな気力のない説明が入る。
観客はここまで、複数の試合で、このベルネシアによるドクターストップを見てきた。
なので、そういう傷の深さだと認知する。
「ありがとうございますドクターベルネシア!ということは!この試合!残り5分で決着がつかない場合は!シルヴィ選手の勝利となります!危うし!キャロット選手~!」
「なぁなぁ、そういうの大々的に言っちゃったら、キャロット不利すぎない?シルヴィ逃げ回るだけで勝てちゃうくない??」
ゴルドがまともな事を言っているが、これはあくまでも試合。
命を落とす事を絶対に許さないと、とにかくそこを重視したのは、他でもないゴルド自身で、その指示をベルネシア達は遂行しているのだが・・・。
だが、ゴルドはそれほど、キャロットの気持ちに、仲間として感情が入っていた。
「あらー、タイムリミット入ったね。まぁ、本当は一発で仕留めるつもりだったし、むしろキャロットさんの底力が生み出した時間、かな」
シルヴィが報告を受けて、もう一度剣を構える。
「私は逃げないよ。この5分で、貴方を倒す」
シルヴィの、本気の宣言があった。
代わって、キャロットも応える。
「ウサギ相手に、本気出してくれるなんて・・・最高に嬉しいわ。この5分に、私の全てをかける」
(ーーー見ててね、ヒロ様、ゴッド様・・・クローナ!)
キャロットが、初めの慎重な姿勢が嘘のように、トップスピードでジグザグに飛び跳ねる。
その動きの速さに、誰もが戦慄する。
ウサギという、言ってしまえば、可愛いイメージの動物。
誰もが、愛らしい、ほんわかとしたイメージを持つ事だろう。
だが、キャロットは違う。
鍛え上げられた体躯が、鋼の筋肉が、しなやかな柔軟が、2メートルの塊を、俊敏に動かす。
シルヴィが炎を剣にまとわせて、防御の姿勢をとる。
圧倒的にキャロットが、シルヴィに対して全てが劣っていると思われがちだが、それは違うと明言しておこう。
「・・・やっぱり、速さでは勝てないなぁ」
スピードにおいて、シルヴィはキャロット相手に、手も足も出なかった。
不用意に手を出すこともできるが、残り5分の時間は、シルヴィにとっても悩ましいタイムリミットである。
(私の不死身は、即死には強いけど、死にそこなうと動けなくなるからなぁ・・・)
奇しくも、キャロットの読みは当たっていた。
シルヴィの弱点、それは、不死の発動条件とも言うべきか、完全復活するには死ぬ必要がある。
先ほどの火傷も凍傷も、鎧の下故に分かりづらいが、ケガは残ったままである。
試合最初の、即死級の攻撃をしたキャロットの、あの蹴りで、瞬時に再生したが、それ以降は、まだ死んでいない。
これが、ダメージの上手い重ね方をすると、手足の機能が停止するが、心臓だけ動く状態だと、自害も出来ないので、動けなくなれば、シルヴィは流石に負けだ。
(キャロットさんが、また、最大攻撃をすれば、即死で復活・・・でも、この高速の動きで、中途半端に攻撃されたら・・・もしかするとなぁ~)
ヒリヒリとする戦闘の熱に、シルヴィは自然と笑ってしまう。
あぁ、なんて強い相手だ。
騎士として、冒険者として、彼女は今、生きているという実感に、身を置いていた。
キャロットは、動き回りながら、試合に集中しながら、なぜか頭の奥底では、記憶を思い出していた。
遠い、幼少期の頃。
彼女の生まれは、獣人奴隷の牧場であった。
だが、環境は悪くなかった。
なぜかと言うと、ウサギの獣人は、愛玩奴隷のような扱いを受けていたからだ。
かわいい、愛らしいと、男女ともに人気があり、他の野良仕事や危険な仕事をさせられる獣人とは、扱いが雲泥の差であった。
綺麗な住処に、毎日食事と、牧場主や買いにくる客達は、こぞって褒めるし愛でるしで、親兄弟はもちろん、そこにいるウサギの獣人達は、むしろその環境を享受して、自ら愛嬌すら振りまいていた。
(私は、それとは合わなかった・・・)
キャロットは、他より少し背が高い少女ではあったが、今ほど筋肉もなく、モデル体型のようだと、他の仲間と同じく、チヤホヤされていた。
だが、そこに自由などない。
好きに生きて、どこへでも行けて、自分が好きになった相手に、その気持ちを伝える。
そんな自由が、この牧場には無かった。
それ以来、体を鍛えることに注力し、牧場内で、それは可愛くないから止めろと言われた日に、彼女は脱走した。
親兄弟の、仲間達の、お前は正気か?という目が、今でも忘れられない。
食べ物も、着るものも、住む場所も、全て用意してもらうので、何不自由ない暮らしだと、親は言った。
(まぁ、牧場飛び出たあと、より劣悪な奴隷商人に捕まって、後悔した事も、確かにあったけどね)
痛めつけられ、鍛えた体だから、危険な仕事や、野良仕事をさせられた。
自由を追い求めたのに、より不自由に、確かになった。
(でもね・・・ここに、来れたから、意味はあったよ)
辛く、苦しい日々が、ある日突然終わった。
(ここには、本当の自由がある。私は、自分でやりたい仕事を選んで、自分で手に入れたお金で、好きなものを食べて、買うことが出来る)
ゴッド様はすごい。
あんなに誰とでも、分け隔てなく接して、立派に領主様をしている。
誰にでも優しい。
ただ優しいだけじゃなくて、相手を尊重してくれている。
偉い人って、押し付けてくる人ばかりだったから。
そんなゴッド様を、ヒロ様は本気で尊敬している。
尊敬しているし、守ろうとしている。
(私たちに、手を差し伸べてくれた・・・助けてくれた・・・とても眩しかった)
ーーー私が、初めて好きだと思った貴方に、私は、付いていきたい、一緒にいたい
「その自由がーーー今、私にはある!!」
キャロットが、跳躍を重ねて、最大まで溜めて溜めて、シルヴィにぶつける。
その蹴りを、シルヴィは燃える剣で受け止めるが、あまりの強さに、剣が弾かれ、シルヴィは剣を手放してしまう。
「んなっ!」
「ありったけ!もってけぇぇえええ!!!」
回し蹴り、回転蹴り、跳躍して後ろ蹴り、もう1回転からのまた回し蹴り。
蹴り、蹴り、蹴りの、怒涛の攻撃がシルヴィに降り注ぐ。
キャロットの足から、鮮血が飛ぶ。
シルヴィの鎧に、ヒビが入り、いくつか装飾品は吹っ飛ぶ。
それでも、攻撃は止まない。
観客が、その連続攻撃に度肝を抜かれ、ワカバもゴルドも、言葉を失い、クローナが祈るように両手を組み合わせ、ヒロが、キャロットに声援を叫んでおくる。
「時間だ」
ベルネシアの宣言が飛び、ワカバがゴングを鳴らせとマイクで呼びかける。
ようやく蹴りの攻撃をやめたキャロットは、その場で、大の字でぶっ倒れた。
怪我した足も、お構いなしで攻撃に使っていたので、おびただしい出血がある。
そして、シルヴィが、拳を突き上げて雄叫びを上げた。
「わぁたぁしはぁ!!!生ぃぃいきぃてぇええ!!!いぃぃぃるぅぅううう!!」
全身ズタボロの、片目もやれたのか、目を開けられず、体の各所から出血しているが、シルヴィはまだ、やれると宣言した。
走って飛んでいった剣を拾いにいき、倒れているキャロットへ、剣を構えた。
もう、キャロットに動ける余力などない。
ワカバは宣言した。
「勝者ぁぁあああ!!シルヴィぃぃいいいい!!!」
歓声の爆発と、あらゆる思いの交差が入り混じる中、キャロットは空を見て、思った。
やはり、自由に挑戦する事は、いい。
「届かなかったけど・・・空見て、気持ちいいって、思えるもん・・・」
キャロットは、清々しい気持ちで、そうこぼした。
「立てる?キャロットさん?」
シルヴィがニパッと笑顔で手を差し出す。
「あー、でもやっぱ悔しい!うわーん!ヒロ様と一緒に行きたかったーー!!」
「ふふっ、悪いね。私も、姫のそばを離れるわけにいかないから」
2人の軽口は、空に吸い込まれていった。




