第46話 露天風呂での会話
家族風呂の脱衣所は、当たり前だが広くはない。
少人数での利用が想定されているため、入って見渡せる広さしかない。
隠れられる死角なんて、ある訳がない。
ミハエルは死ぬほど心臓をバクバクさせて、頭が沸騰していた。
何故こうなったのか、先ほどまでの行動を振り返ろうにも、緊張と羞恥で雑念が入りまくる。
赤い顔を隠そうにも、隠れる場所がなくて、動けずにいた。
変わって、ゴルドも緊張をしていた。
その緊張の種類は、ミハエルのものと違う。
召喚して来たばかりのミハエルは、それはもう人間不信バリバリの、親の仇を見る様に、ゴルドを睨んでいた。
そこから、今はある程度、信頼を積んだ関係性である。
それを、下手すれば壊してしまうかもしれない、かもしれないが、ミハエルはゴルドとなら風呂に入ってもいいと言ってくれた。
(エルフは男同士でも、他種族に裸を見せるのはタブーなのだろう。だが、それも分からんでもない)
ゴルドは考察し始める。
(ミハエル相手に、男のオレですら、ドキッとする、美貌と色気・・・きっと、数多くの変態に狙われて来た事だろう・・・)
ゴルドは、変態男色家に襲われかけられたことがあると想像し、ミハエルに対して不憫な感情を持った。
(ここは・・・証明すべきだ!・・・オレはそんな変態どもとは違う!男同士の、健全な裸な付き合いができる、純粋な男であるという事を!)
ゴルドは覚悟を決めた顔をしていた。
それは、間違いなく、善意と、ミハエルへの敬意と、友情のために、戦いに出向く男の顔だった。
「ミハエル殿」
「ひゃいっ!」
2人の温度感は、文字通り、沸騰して熱いミハエルと、冷静に事を構えるゴルドとで、すごい温度差があった。
「先に、入っている。着替えるところを見られるのは恥ずかしいだろう・・・」
「えっ?」
言い終わるや否や、ゴルドは勢いよく服を脱ぎ、丁寧にたたみ、受付で説明を受けた、風呂場に持ち込み可能の手拭いを一枚のみ肩にかけて、一糸纏わぬ姿になったかと思ったら、威風堂々と家族風呂のある浴場へ向かった。
取り残されるミハエル。
若干、というかモロにゴルドの一糸纏わぬ姿を見て、フリーズしている。
意外とたくましい、良い体だったという感想だけが、頭をよぎったが、ミハエルは顔を左右に振って、冷静になろうとする。
(正直、もしかすると、アイツならあり得るかもと思っていた・・・勘違いしているのでは、と・・・)
ミハエルは、1人で考えだす。
アイツとは、もちろんゴルドのことである。
(・・・私を、男だと思い込んでいる、と)
ミハエルは両手で頭を抱えて、先ほどまでそう思っていた考えを、自分の中で語りだす。
(実を言えば・・・わざと男らしくしていた。エルフの男女は美形ゆえに、髪が短く、男っぽく振る舞っていれば、大概の人間は騙せていた・・・)
ミハエルは、少し暗い表情に戻り、嫌なことを思い出した様な顔になる。
だが、それを払拭する様に、今の状況を思い出し、ゴルドによって嫌な思い出は一旦引っ込んだようで、また顔を赤くする。
(ゴルド様が、私を本気で男と思っていれば、ここで先に浴場へ入るなんてことするか?・・・男同士だと思っているなら、一緒に脱いで入ろうとするはず・・・しかも、着替えを見られると恥ずかしいだろうと言った・・・これって、つまり・・・)
「・・・私を、女だと分かって接している・・・!」
ミハエルは今度は両手を頬に当てて、恥ずかしいやら、ニヤけてしまうやらで、なんで自分がそんな感情になっているかもよく分からず、ただただ気恥ずかしさだけが体を駆け巡っていた。
ちなみに、断っておくが、ゴルドはミハエルを女とは気付いていない。
家族風呂は、ヒノキで組まれた露天風呂であった。
風呂の上には、屋根がついている。
旅館の屋根と同じく、瓦屋根で、もはや芸術の様でいて、ゴルドは見惚れる。
庭園という、植物と石と壁で、調和が取られたこの空間は、目でも楽しませてくれる。
外気に触れる場所で、一糸纏わぬ姿である事に、抵抗があったゴルドだが、受付でマナーとして教えてもらった、掛け湯をしてから湯船に入る手順を守り、露天風呂に入った。
1人で浸かるには、余裕がありすぎるほどの広さではあるが、もう1人が入れば、互いの姿はしっかりと認識できる程度の距離だ。
ゴルドは、若干ミハエルと入っている事実を忘れかけるほど、この温泉というものに心がほぐされていた。
屋敷で湯浴みはもちろんするし、湯船に浸かる経験もあった。
だが、どうだろう。
この目で見て風景を楽しみ、外気に触れながら、心地よい温泉に肌をつけ、自然中で、静かに全身をリラックスさせる。
「これが・・・温泉!」
ゴルドは文化として、この温泉は必ずやデジマの宝として普及させようと心に固く誓う。
「ガラガラ」
その決意を固めたところで、ゴルドは扉が開く音がして、一気に緊張が戻った。
ミハエルのヒタヒタと歩いてくる音がする。
ここで振り返って見るのも、失礼な気がして、ゴルドは湯船に浸かって、背中を向けたまま言う。
「ミハエル殿。温泉は実に素晴らしい・・・オレは今、感動している!」
当たり障りのない、感想を述べて、ミハエルに、なんて事のない、男同士の会話ですよ、自然ですよ、とアピールしていた。
「これは・・・確かに、すごい」
ミハエルも、意を決して入って来たが、まずは芸術的空間の露天風呂に、普通に心を奪われて、見惚れる。
風が吹く。
さすがに、冬ではないとはいえ、ミハエルも一糸纏わぬ姿なので、寒さを感じて、かけ湯をする。
「・・・し、失礼します」
ミハエルはそう言って、湯船に入った。
「おいおい、なに緊張しているんだ。ここではリラックスしに来ているんだ。そう固くなるなよ」
ゴルドは努めて、いつまのように振る舞う。オレにやましい気持ちはないぞと言う意思表示である。
頑なにミハエルの方を見ない様に、正面の庭園を見つめて、感動していますというスタンスを守る。
「・・・確かに、そうですね。不思議と、心と身体がほぐれていく気がします」
ミハエルも、緊張しつつも、温泉の魅力にハマり始める。
しばらく、沈黙が流れるが、温泉の掛け流しの音が絶えず響いて、そこまで気まずくはない。
「ゴルド様は、ご兄弟がいたのですよね?」
ふと、ミハエルが口を開いた。
ゴルドは、なんてのとのない会話だと思い、素直に答える。
「あぁ、兄が2人いたよ。オレは末っ子三男でね」
「私にも、姉がいたのです」
ゴルドは何となく察する。
お互いに、過去形の言い方をしていたからだ。
「どんな兄でしたか?」
「長兄は、兄弟愛の深すぎる変態でな。いつもオレと次兄の心配と、事あるごとに甘えさせようと引っ付いてきて、まぁキツかったな」
ミハエルは笑って吹き出す。
ゴルドも、少し笑って続ける。
「次兄は、脳筋の極みのようなバカだった。毎日修練に明け暮れて、オレもそれに付き合わされていた。追い込まれてからが、楽しくてしょうがないと、本気で嬉しそうに笑いながら、クマに追いかけられていたのが懐かしいよ」
「ふふっ・・・ん?・・・それはゴルド様も追いかけられていたのですか?」
「うん。付き合わされていたし」
ミハエルが身を乗り出して聞いてくるので、ゴルドはチラリとミハエルを見る。
湯船に鎖骨から上しか出ていなかったが、恐ろしく色気があり、ゴルドは危うく視線を逸らせずガン見してしまいそうになったが、気合いで視線を元に戻す。
「だが、いい兄達だった。長兄は優秀で、政にも明るく、何より人格者だった。ブラコンなこと以外は。領民の為を思って、領主の鏡の様な人だったよ。ブラコンなこと以外は」
ゴルドは大事だったのか、2回も同じことを言う。
「次兄も、あの人程頼もしい人間は見たことがない。愚直で、曲がったことには反逆するが、程よく緩くて、騎士団員達のカリスマだったな」
「・・・素晴らしい、兄達ですね」
ミハエルが素直にそう言う。
「ミハエル殿の姉君はどうなんだ?」
「私の姉は、本の虫と言いますか・・・出歩くことが嫌いで、家にばかりいる引きこもりでしたね」
お、おう、そうか、とゴルドは感想に困るのを見て、ミハエルははにかむ。
「でも・・・優しい人でした。私がよく訓練でケガをして帰ってくると、丁寧に手当てをして、傷跡が残らないようにしなさいと、よく説教をされました」
「・・・良き、姉君だな」
「えぇ、自慢の姉です・・・ゴルド様」
ミハエルは、少し間を置いてから、語りだす。
「ゴルド様は、私の憎い敵である、人間です」
静かに、ミハエルは言う。
ゴルドもミハエルも、まっすぐ前しか見ていない。
「大好きな姉を、人間は奪い、死ぬよりも酷い辱めを犯した・・・姉はその苦しみの中、命を自ら絶ちました」
「・・・酷い事を」
ゴルドは顔を歪める。
ミハエルも、辛い顔をして、だが話を続ける。
「私は、人間の中にも、いい奴がいるとか、そんな話は嫌いだ。人間が居たから、私の姉は不条理な目に遭い、苦しみ死んだ。姉だけではない・・・多くの同胞が、死に追いやられ、死ぬより辛い目に遭わされた」
「・・・・」
ミハエルが、涙を静かに流し始めた。
ゴルドは、それに気付くが、静かに話を聞く。
「・・・元の世界から、ここに来て・・・もしかすると、この世界は違うのかもしれないと思った・・・一番最初に会ったのが、お前だからな」
「・・・そうか」
「でも・・・やっぱり人間は人間だった。欲にかられた奴隷商人が、異世界だっていうのに、追いかけて来たかのように、また、私たちの目の前に現れた・・・」
ミハエルが、怒りや、悲しみや、絶望の混じった感情に、声を震わせる。
ゴルドは、じっと聞いていた。
「・・・だから、これだけは言っておく。私は、基本人間を信じない。人間が嫌いだ。人間を許すことはない。それをしてしまうと、姉や、同胞が、あまりにも多くの者が苦しみ、死にすぎた」
一気に言い切るミハエルに、ゴルドは、しばらく静寂でいる。
「・・・幻滅したか?・・・領民や、ヒロ殿達を危険な戦いに付き合わせておいて、結局命をかけても、人間が嫌いなのか、と」
ミハエルが、自虐的に笑う。
だが、ゴルドは笑わない。
「許せるわけないさ。もし、ミハエルが、人間を許すって言ったら、やめとけってオレなら止める」
「・・・いいのか?・・・人間のくせに、人間と敵対するのか?」
「え?いや?敵対はする気ないけど?」
ミハエルとゴルドの間で、一拍時間が空く。
「・・・あー、なんかすまん。とりあえず、オレの考えは、悪い奴は許さない。いい奴はいい奴。これだけね」
「イヤ、だから・・・人間という種族を、私は許せなくて・・・」
「うん。それ分かる。オレもミハエルと同じ立場なら、そうなる」
ゴルドはうんうん頷いて言う。
「で、ぶっちゃけオレは、相手が人間だろうとそうじゃなかろうと、名前も何も知らない奴は信用できない。名前を知って、人となりを知って、そしてようやく信頼する」
「・・・え、あ、まぁ、そりゃ」
ミハエルは、またよく分からないゴルド理論か?と苦笑いをするが、ゴルドは続ける。
「ミハエルは、人間どうこうじゃなくて、〈オレという、ゴルド個人〉をみて、信じてくれたんだろ?」
ーーーいいよ、それだけで。戦う理由には十分だ。
ゴルドは言い切って、ミハエルは、そう言い放つゴルドの横顔から、目が離せなかった。
今まで、人間だとか、エルフだとか、そういう括りで見ようとしていたミハエルとは、根本的に見方が違った。
全て引っくるめて、ゴルドはある意味平等に見ていた。
だから、自分以外の種族だとか、異世界だとかなんて、彼にとっては、それよりも、今目の前の人物は、信用できるかどうか、ただそれだけだった。
そして、信頼できるとゴルドが判断した人物から、助けてと言われれば、彼は迷いなく助ける選択を選ぶ。
そこに、何故だとか、どう言う考えで、なんてものは存在しない。
ミハエルは、より顔を赤くさせる。
いつの間にか、体はゴルドの横に近づき、ミハエルは頭をゴルドの肩に乗せる。
(・・・ん?近すぎないか?)
ゴルドがふとそう思うと、ミハエルが急にゴルドに体を密着させて来た。
「え?え?え?ちょ、あの、ミハエル殿?え?エルフ流の親愛か何か??」
慌てふためくゴルドが、ハッと気づく。
ミハエルが目を回して、のぼせていたのを。
ゴルドはお湯からださねばと、ミハエルを抱きかかえて、またもう一つの事実に気づく。
一糸纏わぬミハエルを抱いて、ゴルドは硬直した。
お湯は、絶えず流れ続けていた。
思ったより長くなったので、まだ続きます汗




