第39話 魂琥珀〈こんぱく〉の魔女
藁となった魔女を倒し、次なる敵の登場を待つ一行。
待っていると、空間が歪みはじめて、次の瞬間、チェス盤風の床タイルが、ドロンと煙の様に消える。
薄暗い膜も無くなり、気付けばごく普通の部屋の中になっていた。
身構える一行。
個室としては、やや広めか。
書斎のような机の上には、本が乱雑に置かれていて、汚い。
部屋の奥隅にベッドがあり、その布団の中には、何者かがグースカといびきをかいて寝ていた。
さっきまで戦っていた、あの魔女にそっくりである。
髪はボサボサ、口からヨダレは出て、無防備全開である。
「う、嘘だろ?・・・寝てるのか?コイツ?」
ゴルドが恐る恐る近づこうとすると、シルヴィに抱きつかれて止められる。
「いやあの、シルヴィ殿。止まる。そんな全身で抱きつかれなくても、ちゃんと止まるよ」
「勝手に動く姫が悪い」
いつからオレは姫プレイをしていたんだろう?
ゴルドはそんな問いかけを心の中でするも、答えれてくれる者はいない。
今度はヒロがジリジリと剣を構えてベッドに近づく。
魔法がいつ飛んでくるのか分からないので、細心の注意を払う。
とりあえず、剣を振り下ろせば、攻撃できる位置まで来るが、魔女は変わらずいびきをかいてぐっすり寝ている。
「えっと・・・一思いにやるべきかな?」
「えぇ・・・それはそれで寝覚め悪いしな・・・とりあえず起こしてみたら?」
ヒロが聞き、ゴルドがそう答える。
ヒロが鞘の部分で魔女のほっぺをつついてみた。
「ん~・・・あと500年」
「長いなオイ!」
ゴルドがいつものツッコミをいれると、魔女が仕方ないと言わんばかりに、ん~、と唸りながら上体を起こした。
「ちょっと分身~、もう起きる時間?まだ寝足りないんだけど~・・・ふぁあ~~~・・・・・ん?」
魔女が眠い目を擦り、盛大なあくびをしてから、剣を構えるヒロ達に気付く。
「・・・ひぎゃゃあああああ!!こ、こここ、殺されるぅぅううう!!!」
ベッドから飛び出る魔女だが、腰でも抜かしたのか、四つん這いでヨタヨタとはいはいしている。
「おたっおたっ!お助けを!命だけはぁああ!!!」
ゴルド達がフリーズする。
シルヴィに至っては、40年の苦難の末に、ここへ辿り着いたのに、最後の敵がこれでは、浮かばれない。
泣き喚き、錯乱する魔女に、ゴルドがようやく声をかける。
「あの~、貴方はこの古の塔の最終ボスで合ってますか?それとも捕えられた一般人ですか?」
「ふぇ?・・・古の塔??・・・ここは私の家よ?」
「家?・・・あのー、モンスターとか、骸骨の騎士に、さっきは貴方そっくりの魔女がいたのですが?」
「私が用意した門番セキュリティよ。勝手に家に入ってくる不審者が多いもん!」
えぐえぐ泣きながら答える魔女に、ゴルドはここでようやく大きな勘違いに気付く。
「ここ、もしかしてダンジョンじゃ、ない?」
ゴルドのその言葉に、シルヴィがトドメを刺されたぐらいに、ショックを受けて崩れ落ちた。
「私の名前はベルネシア。ちょっと長生きしてる魔女」
白い長髪に、白い肌に、さっきまでたっぷり寝てたはずなのに、目の下にクマができている、この不健康そうな美女は、自らをそう名乗った。
「ベルネシア!やはり実在したのか!魂琥珀の魔女!」
シルヴィが落胆から復活して、身を乗り出して魔女に近づく。
「え?何このイケメン?近寄らないで、眩しくて目が潰れるし、死にたくなる」
ベルネシアはそっぽを向いてしまう。
そうとうネガティブな性格である。
「こんぱく?の魔女?何かすごい魔女なのか?」
ゴルドがシルヴィに聞くと、シルヴィが説明してくれた。
「魂琥珀の魔女・・・その魔女は、魂に関する魔法を唯一使えると言われている魔女だよ。その昔、世界の創造神と共に、人に魂を与えたとされる、神にも近しい存在・・・」
「大袈裟な。私だってこの世界ができてから、生まれたっての。しかも農民だし」
ベルネシアはブツブツ文句を言うようにそう言う。
「ま、まぁ、ある程度長い年月が経てば、誇張されているもんさ。で?魂の魔法って、何?長生きできる的な?」
ゴルドがフォローしつつ、疑問を口にする。
「うん。世界中の人間が求めて止まない、不老不死の魔法がかけれる存在として、彼女は有名なんだよ。だから、この古の塔に、彼女が最下層にいるという噂があるから、多くの者がこぞってやって来たんだ」
「へっ、いい迷惑よねぇ。なんで私が魂の魔法研究しているからって、そんな見ず知らずの奴なんかを、不老不死にしてやんなきゃならないのよ。ヘドか出るわ」
まさに、伝説の存在を追いかける側と、追いかけられる側の温度感の差が、ここで如実に現れていた。
「申し訳ない、ベルネシア女史。だが、どうか願いを聞いてほしい。私のこの呪い・・・不老不死を解いてはくれないだろうか?」
ここで、シルヴィが膝をついて、願いを口にした。
ゴルド達もここで、シルヴィがこのダンジョンにきた理由を察する。
「ん~?・・・本当だ、貴方、不老不死なのね。後天的に魂が作り変えられている・・・私とは違う手法みたいね」
さすがプロなのか、ベルネシアは見ただけで、シルヴィの不老不死を見抜く。
しばらくシルヴィをじっと見ていたが、うーん、と難しい声を出して、目を逸らしてしまった。
「・・・ごめん。ちょっと見たけど、私の魔術とは根本的に違うわ。元に戻せる方法は・・・今は分からない」
「そ、そう、か・・・」
また落胆するシルヴィ。
ヒロもクローナもキャロットも、気まずそうに顔を見合わせる。
かける言葉がないと言うか、何をどうすれば、と、項垂れるシルヴィを見て、立っていることしかできなかった。
「いや、今わかんないだけなら、ちょっと研究してくれよ」
ゴルドが厚かましくベルネシアへそうお願いした。
「はぁ?・・・ていうか、貴方達は?このイケメン騎士の仲間?」
ベルネシアが嫌な顔をして、ゴルドを睨む。
こういう無神経な陽キャは嫌いです、と顔にデカデカと書いていた。
「仲間だが、今日会ったばかりだ。でも、シルヴィはすげーいい奴だし、長年苦しんでるのを知った以上、放っておけない」
ゴルドが淡々と話す。そこに、一切の遠慮も躊躇もなく、ただ純粋に、シルヴィのために、という思いしかなかった。
「ひ、姫・・・」
「え?貴方、女性だったの?ご、ごめんなさい、てっきり男性かと・・・」
「あぁ、うん。男で合ってるよ。この件はややこしいから置いておこう」
シルヴィが涙目でゴルドをいつもの様に呼ぶので、ベルネシアが誤解するが、ゴルドはサクッと流す。
「というか、貴方たちも何か私に求めるの?」
「いや、求めるものはない。オレ達は異世界から来てて、ちょっとうちの町の町長選挙のため、ダンジョン踏破の試練をしていたんだ」
「ごめん、何て?情報量多すぎて意味わかんない」
あ~、そういえば町長選挙してましたね、とヒロが思い出したかのように言うが、ゴルドはずっと覚えていた。
というか、発案者だし、こんな事になるとは思ってもいなかったので、はやく選挙の続きをしようと、ゴルドは元の世界に戻ることを優先しようとした。
「とにかく、頼むよ。あんたも500年寝たいとか言ってたし、不老不死みたいなもんだろ?シルヴィも長生きするからさ、のんびり研究してていいから、助けてやってよ」
ゴルドは若干急かす感じで話を進める。
「あんたねぇ。見ての通り、私は、本当に不本意ながらも、有名になっちゃってて、ただ居るだけで有象無象が寄ってくるのよ。それに疲れて寝てたぐらいだもの。またどっかに隠れるから、研究なんて落ち着いてできないわよ」
ベルネシアが、心底疲れた顔をしてそう言う。
確かに、ダンジョンだなんだと勝手に言われて、土足で家を歩き回られて、セキュリティから何から壊され、勝手に死なれ、辿り着いたら着いたで、不老不死にしろと要望だけ言われる。
察するに余りあるほど、俗世に嫌悪を覚える事だろう。
しかも、農民の出で、現在高名な魔女となっているのなら、そこまでの道のりは、おそらく生半可なものではなかっただろう。
ゴルドはそこまでを、しっかりと想像で補填し、うんうん、と頷きながら、心に決めていた提案をした。
「よし!んじゃ、こっちの世界に来い。うちだったら、異世界だから、あんたの事は誰も知らない。研究所も用意してやるから。自由に生活できるし、のんびりできるぞ!」
「・・・え?マジ?いいの?」
ゴルドがあっさりスカウトする。
本当にこんな軽くていいのだろうか?
そして、ベルネシアも思いの外乗り気である。
「いいよいいよ。オレ領主だし。オレの権限で許すよ」
「ねぇねぇ、姫、私も行っていい?」
シルヴィがついでと言わんばかりに手を挙げる。
「いいに決まってんだろ。てか、お前の為にこの魔女呼んでるんだから、来なきゃ意味ないだろ。あ、家族とか大丈夫?」
「さすが姫!しゅき!家族はもう皆んな先に寿命全うしたから大丈夫だよ!」
シルヴィの明るいながらもサラリと闇がまた見えたが、オッケーならばいい。
もうゴルドは締めに入っている。
ダンジョンを踏破したのだ。
彼の頭の中には、選挙に戻るということしか無かった。
「よし!じゃあ帰るぞ!」
「あ、少しだけ待って。仲間の為に、お祈りだけいいかな?」
「うむ。それは大切だから、しっかりお祈りしてあげよう」
シルヴィが慌てて、このダンジョンで散った仲間を、最後に祈りたいと申し出て、ゴルドもそれに同意する。
手を合わせて膝をつく。
ゴルド達も、シルヴィに合わせて祈る。
ベルネシアは、何というかなんとも言えない感じになっていた。
まぁ、自分の家だし、勝手に不法侵入している者達なので、微妙な気持ちになるのだろう。
ゴルドはそう思って、すまないな、とベルネシアに声をかけるが、いや、そうじゃなくて、とベルネシアは言う。
「あー、そのお仲間?たちの件だけどさ・・・」
「どうした?何か供養の魔法でもあるのか?」
「いや、供養じゃなくて・・・そいつらの魂・・・まだあるんだよね。ここ私の家だし、ちょっと特殊な魔法かけてて・・・」
「?・・・ふーん、そうなのか。よく分からないが、成仏させてやってくれ」
「え?いいの?生き返らなくて?」
「え?なに?生き返れんの?」
ゴルドが急にベルネシアにそう言われたもんだから、え~、と困ったように言いながらも、もういいか、と言う。
「うんうん、わかったわかった。生き返らせちゃおう。全員うちきたらいいし。うち人手欲しいし。うちきたら、まずは選挙ね。投票してね」
あ、もちろん希望者だけでいいよ?強制じゃないから、とだけゴルドは付け加える。
こうして、過去に類を見ない、超あっさりとした死者の復活が行われた。
「さぁ!帰るぞ!」
ゴルドは一刻も早く選挙をせねばと燃えていた。
これだけの活躍、きっとヒロが町長に間違いないと、信じて疑っていなかった。
アイハの転生魔法がようやく発動する。




