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第38話 生きる者の特権



飛んだ先は、広いチェス盤模様の床タイルが敷き詰められた空間であった。


お互いの姿ははっきりと見えるのに、周囲に壁はなく、薄暗い膜のようなものが張られていた。



「な、何だここ?」


「ボス戦っぽい雰囲気はすごくしますね」


ゴルドが驚きつつ、ヒロも返す。


シルヴィが自然とゴルドの前に立ち、庇うように剣を構える。


「姫、危ないから下がってて」


「いや、だから姫じゃないから。まぁ、下がるけど」


ゴルドは聞き分け良くさがり、4人の後ろで縮こまる。


ゴルドのある意味、こういった素直なところは、長所であり、本人にとっては本意ではない俗称も、ついでに許してしまう原因の一つだろう。




そんなことをしている間に、空中から人が降りてきた。


黒いローブに身を包み、白い長髪を揺らめかせながら、まさに『魔女』と言った感じの妖艶な美女が浮いている。



「主は寝ております。お引き取りください」



荘厳なる高い声で、事務的に答える。



「んだよ、まだ上がいるのか?」


ゴルドが、まるで決裁をとりに行く新人社員の悲痛な叫びのような言葉を漏らす。


「とりあえず、こっちとしては帰りたいんだが、どうすれば帰れる?」


「勝手に入ってきたのはそちらです。勝手に朽ち果てるが良い」


「急に辛辣だなオイ。まぁ、勝手に入ったのは事実だけに何も言えねぇ」


ゴルドが一通りの漫才を繰り広げたところで、ヒロが改めて剣を構える。


深呼吸をして、覚悟を決める。




「いこう!みんな!生きて帰るんだ!」






「「「「おう!!!」」」」





ヒロの号令で、全員が心を一つにして、ヒロが先陣を切り、各員が続く。


ヒロが剣で正面から斬ると、魔法のバリアで防がれる。


続いて、シルヴィが剣に炎を纏わせて、そのバリアに穴をあける。


「す!すげぇ!シルヴィ殿、魔法剣の使い手か!」



「どう?惚れ直した?」



シルヴィがキザな男のように、ゴルドにウインクして攻撃を続ける。



ゴルドはどう反応すればいいのか、本気で困って苦笑いをしてしまう。


きっと、カメラ越しに、美月は喜んでいることだろう。



クローナとキャロットの攻撃も次に続こうとするが、2人は物理攻撃の手段しかない。


魔女はまたバリアを張って、今度はついでとばかりに炎と氷の攻撃魔法を打ち出す。


クローナとキャロットは、俊敏に避けるが、避けた魔法はそのままゴルドに向かう。



「うそぉぉおおお!!のわぁぁあああーー!!!!」


ゴルドが普通に絶叫して、絶体絶命の危機に(おちい)る。

魔法が来ると思っておらず、その場から動けないようだ。


ヒロとクローナ、キャロットが慌てて戻ろうとするが、それよりも、シルヴィが動いた。



「ぐっ!おおおおおおお!!!!」



炎と氷の魔法を正面からぶつかり、薙ぎ払う。


「し!シルヴィ殿!」


灼熱の炎と、氷の冷気が同時に襲い、シルヴィを掠める。



「ふふっ、大丈夫さ。かすり傷だよ」




火傷や凍傷が体の節々に見えるが、文字通り、不死のシルヴィにとっては、かすり傷なのだろう。死なないのだから。


だが、痛みがかすり傷程度なわけがなかった。


ゴルドを心配させまいと、シルヴィは振り返って笑顔を見せるので、ゴルドはもう、覚悟を決めてシルヴィに、この身を捧げるしかないのかな?と思うほどだった。



「と、とりあえず!オレの活躍の番だ!」


ゴルドは治癒魔法を即座に発動させて、シルヴィの傷を治す。


「ありがとう、姫。でも、できれば温存してて。私はどれだけ傷ついても死にはしない。ヒロ殿やクローナ嬢、キャロット嬢のために取っておいてくれ」


シルヴィがそう言って、また剣を構えるが、ゴルドがその背中に向けて言う。


「バカやろう!傷付いてるお前をそのままにしてられっかよ!」


「大丈夫、痛みや苦しみには慣れてるさ」


気丈に振り返って笑うシルヴィに、ゴルドが、あぁ!もう!と駆け寄る。


そして、シルヴィの両頬をつねる。



「え?な、なに?危ないよ?」




「今はお前の方が危ない。死ぬ気か?不死身だからどうなってもいいとか思ってるだろ?」



シルヴィは、ゴルドに心の中を見透かされて、驚く。



背後では、ヒロが自然物創造スキルで、火や水を出し、クローナとキャロットが、コンビネーションで魔女に拳と蹴りを繰り出していた。


シルヴィは早く、加勢しなければと慌てるが、ゴルドが頬を離さない。



「いたた!痛いよ!姫!」






「ほら痛いんだろ!お前は生きてる!」







シルヴィは、ハッとして、ゴルドを見る。


ゴルドの目は真剣で、シルヴィを見ていた。




「オレには聞こえていた。ミイラのお前が、助けてと必死に呼ぶ声を」




シルヴィは涙が目に溜まる。


恥ずかしくなったのか、右手で顔を隠そうと、涙を拭う。


「は、恥ずかしいな・・・あまり、見ないでくれ・・・情けないよ」


「どこが情けないんだ!必死になって戦うお前のどこが情けない?仲間の為に体を張るお前のどこが情けないっていうんだ!」


ゴルドが叫ぶ。


世界に訴えるかのように、大きな声でシルヴィに言う。





「でも・・・助けられなかった・・・私、助けられなかったよぉ・・・」





ボロボロ泣き出すシルヴィ。


そこにいるのは、不死身の騎士ではなく、後悔と、慚愧(ざんき)に苦しむ、1人の人間の顔があった。


仲間を助けられなかった。


目の前で仲間だけが死んでいく。



自分だけが、死ねずに、取り残されている。





ーーー何で、私だけ生きてしまっているの?






ゴルドがシルヴィの頭を両手で優しく包む。





「守れなかった後悔は!・・・すまん!・・・オレではどうすることもできない!」



ゴルドは、はっきりと断言した。




「だが!お前は!生きている!後悔するのも!生きている奴だけの特権だ!後悔があるなら!それを払拭できるチャンスがあるのも!生きている奴だけだ!お前は!生きている!だから!生きようとしろ!死なないからとか!不老不死だからとかで死んだように生きるな!」





ーーー生きることに、罪悪感を持つな!




ゴルドが叫んだその言葉に、シルヴィは思い出す。


なぜ忘れていたのだろう。



過去の仲間の最期の言葉を。




なぜ、目の前の人間は、偶然にも、仲間と同じ言葉を私に言うのだろう。





「いいか!オレは生きて帰るぞ!お前も!生き生きとしろ!笑顔で帰るぞ!」




「・・・うん・・・生きて、一緒に、帰る」


ゴルドはようやく、ニカっと笑った。



シルヴィは、その笑顔につられて、ボロボロに泣いている顔で、笑顔になる。






ヒロが、先ほどのゴルドの危機に、怒りのボルテージをどんどん上げている。


なぜ、また、危険な目に遭わせてしまったのか。


シルヴィがいなければ、ゴルドの死は目前にあった。


不甲斐ない、自分が許せない、そして何より、ゴルドを害する敵が許せない。



速さ、パワー、そして、魔法ではない、自然物創造スキルで、鋭い岩を飛ばし、雨のように魔女へ降らす。


怒りのままに、ヒロが激昂した声を上げる。





「ヒロ殿!怒りに支配されるな!」




シルヴィがヒロに諌める言葉を投げかける。



「闘いの中で、怒りは心だけに持っておけ。頭は冷静に、技は冷徹に、だ」


シルヴィが剣に冷気を纏わせて、魔女を狙う。


正確無比の一撃を、魔女の急所に狙う。



その動きは、洗礼された騎士そのもので、先ほどまで一切動きを見せていなかったシルヴィに、警戒を外していた魔女は、隙をつかれて、反応が遅れる。


そのせいで、魔女はシルヴィの斬撃を避けきれず、肩を貫かれて、魔女は動きが鈍る。


その隙を、ヒロ達は見逃さなかった。


クローナが咆哮(ほうこう)をあげ、魔女に突っ込む。

魔女はクローナに狙いをすまして、魔法攻撃を撃つが、キャロットがクローナを力一杯引き寄せて、魔法攻撃の射線上から力技で外す。


2人が魔女を引き付けたことで、ヒロにとって十分すぎるチャンスが生まれた。


魔女がその事に気付いた時は、もう遅い。


ヒロの剣は、即座に振り落とされ、魔女の首を狙う。



魔女の断末魔が響き渡るが、ヒロの剣が通った。



ーーしかし。


魔女の体は、人のそれとは違う。


まるで藁人形を斬ったかのような手応えに、ヒロは舌打ちをする。



「偽物かも!斬った気がしない!」


「同感だ。おそらく、人形だろう」


シルヴィもそう答えて、クローナとキャロットが身構えるが、人形と思われる魔女は、力尽きてその場で倒れ、藁となる。





「さぁ、本番はこれからかい?」





何故かゴルドが、やってやるぜとキメ顔でそう呟く。



「そうだと思います!ゴッド様!」

「そうだね、姫!」


イエスマンがもう1人増えたせいで、ゴルドはボケたつもりなのに、全肯定されて、恥ずかしさのあまり、両手で顔を覆った。


クローナが、やらなきゃいいのに、とだけつぶやく。

キャロットはそれを見て、嬉しそうに笑う。




今の彼等に、絶望は似合わない。


目の前の空間が、歪み始めていた。





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