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第19話 優しいだけの人




爽やかな朝を迎えて、ミハエルはここ最近の熟睡っぷりに、寝過ぎたと自身を戒めて、冷水で顔を洗う。

そして、テントの外に出る。


「よう、ミハエル殿。今日も仏頂面だな」


「ヴォルク殿か・・・また私の監視か」


「まぁな」



ヴォルクたちが用意したテントに、エルフ達が住み始めて、5日間が過ぎる。


その間も、食糧はヒロを筆頭に、メイド達が運んで、エルフの子供達はもちろん、大人も喜んで食べる。


ゴルドが食事事情を前もって聞いておいて欲しいとメイド達に依頼して、リンゼがミハエルの側近に聞いて、彼らに合わせた食事を用意したのだ。


菜食主義だが、魚もオッケーだとか、甘いものも好きとか、わりかし細かく聞いて、リクエストに合わせた食事を用意する。


破格の待遇だ。


ミハエルはつくづく、そう思う。


ヴォルク達にも、監視だろうと言われて、彼らは否定しないが、その実、テントの異常がないかチェックして、エルフ達の住環境を整えているのを、ミハエルは知っていた。



側近だけでなく、他の仲間達も、この領地の世話になろうという意見で固まっていた。


彼らも聡明なエルフだ、人の悪意などにも敏感である。

その彼らが、ここの領地が安寧の地であると信じて疑わなかった。


前の世界が酷過ぎる故か、甘い優しさに、飢え過ぎているのだ。



ミハエルは頭を抱える。


今を生きるだけなら、なるほどここでもいいかも知れない。


だが、ミハエルはゴルドを全く信用していなかった。




「ひゃっほーい!」


「わー!すごいすごーい!」



ミハエルの目の前で、芝滑りをするゴルドとエルフの子供達。


奴は暇なのか?と思うほど、ゴルドはエルフの子供達と遊んでいた。

ついでにアイハもいるが、まぁ別にいいかとミハエルは気にしない。


子供からも怖がられているミハエルは、子供と仲良くなるという方法を知らない。だが、ゴルドはそこは天才的なのか、それとも同程度の知能だからか、子供から好かれる天才であった。


子供がそのまま大人になっているとも取れるが・・・。


いや、今はその考察はいい。


ミハエルはやはりこの領地に留まる気になれなかった。



何故なら、ゴルドのような、優しさだけの無能は、誰も守れないからだと分かっているからだ。





「ミハエルさん、ご飯ですよ」


「・・・感謝する」


ヒロがミハエルに声をかけて、エルフ達は朝ごはんを食べる。


そんな朝っぱからゴルドは遊んでいたのか、というツッコミは今は置いておく。


「まだ慣れませんか?この領地」


「・・・慣れることはない。あの領主では、ダメだ」


「手厳しいなぁ。ゴッド様ほど優しい人はいないと思うよ~」


ヒロと話をしながら、ミハエルはサンドイッチを食べる。


そして、少しずつ話し出した。


「優しいな。あぁ、優しいとも。だから、きっとあの領主は、いつか取って食われる」


「取って食われる?モンスターに?そんなの僕が倒してみせるよ!」


「フッ・・・頼もしいがヒロよ、敵はそんな単純な相手だけではない。君は・・・奴隷商人を知っているか?」


あー、ゴット様をよくそう言うふうに言うね、とヒロが苦笑いで答えると、ミハエルはくらい顔をして、口を開く。


「私たちは、こう見えてもエルフの大きな集落として、そこそこの仲間達がいたんだ。ざっと三千くらいはね」


「・・・えっと、みんなは・・・その、もしかして、人間と戦って?」


ヒロが気まずく、恐る恐る聞く。

すると、ミハエルは静かに首を振った。


「人間と戦って、死んだのなら、まだ良かったかもな・・・エルフは高く売れる奴隷だ。愛玩用にもってこいだと、特に高貴なゲス人間どもが喜んで大金を積む」


だから、ただの侵略よりタチが悪い、とミハエルは言った。


あの手この手で、女子供を(さら)い、男であっても、戦闘で弱らせて捕まえる。


死ぬことを許されず、奴隷に落ちた同胞の末路は、徹底的な性搾取であった。

じわじわと減っていく仲間に、ミハエルは絶望と怒りを覚えた。



「それでも、戦うことを選べば、まだ良かったかも知れない・・・だがな、(おさ)であった私の父は、優しい人格者だった・・・最後まで対話による解決を求めた・・・」


そこから先は語りたくないのか、口を閉じてしまう。


ヒロは、何かを言おうにも、言い出せずにいた。


「・・・優しい人というのは、仲間内では最良の人物だとも。だが、一度世の中の悪意と対峙したとき、優しさは弱みとなる。文字通り、食われて終わるのだ」


ミハエルはサンドイッチを食べ終わり、ご馳走様とだけ言って、ヒロの前から立ち去った。




「僕が、守る力となる」



立ち去るミハエルの背中に、ヒロは言い放った。


ミハエルは立ち止まる。


「そのために、きっとゴッド様に呼ばれて、僕はここに来たんだ」



「・・・あの領主が、本当にそれを望んでいるのかな?・・・僕の目には、争うことを極力避ける、凡夫の腰抜けにしか見えないよ」


ミハエルはそう言って、振り返らずに立ち去った。






そして、別にこっそり隠れていたわけでもないが、子供達とサンドイッチを食べていたゴルドも、今の会話がしかと聞こえていて、ちょっと涙ぐんでいた。


「どうしたの?ゴルドさん?」


「お腹痛いの?」


「へへっ、何でもねぇぜ。でも、悪口は本人のいないところで言おうね」


「悪口はそもそも言っちゃダメだよ?」


ヒロも、あちゃー、と言って、ゴルドを慰めにいく。






「でもさ!争い避けるのは当たり前だろ!なんで戦うことが美徳なんだよ!戦闘民族かっ!」


ヒロにヴォルクも合流して、珍しくゴルドの荒ぶる愚痴を、2人は聞いていた。


「まぁまぁボス。怒ったところで何も変わらねぇさ。どのみち、あのエルフたちも、大多数の意見を受けて、早々にデジマの町民になってくれるだろうよ」


「そうそう。第一、こんな平和な領地で、争いなんて起きないでしょ」


「・・・絶対に平和って訳じゃないんだがな」


ゴルドが急に、静かにポツリとそう言った。


ヒロとヴォルクは顔を見合わせて、ヒロから聞く。


「ゴッド様・・・前に言っていた、山からの、モンスターの襲来ですか?」


「・・・うむ。基本は、何も起きない。山に入らなければ、モンスターが出てくることはないのだが・・・過去の文献でも、時々大量のモンスターが山からの降りてくるんだ」


静かにそう話すゴルドに、ヒロとヴォルクは同じく静かに聞いていたが、意を決してヴォルクが言う。



「じゃあ、話は早い。ローガンだって、あの歳であの強さはなかなかだ。騎士団のレベルも高い理由が頷ける。つまり、モンスターを退けるくらいには強いって事だ。人間の奴隷商人風情なんか、仮に襲ってきても相手になりやしねぇさ」




「モンスターを退けられたのは、父上に、ウィル兄さんとハロルド兄さん、そしてローガンの息子、アルフレッド、その他にも、最強と言われた騎士団員達が文字通り、命をかけたおかげだ」



ゴルドは遠くを見るようにして、つぶやいた。



「オレは、何もしていない」



そこにあるのは、悔しさなのか、悲しみなのか、ゴルドの抱えた暗い何かだけは、2人も感じていた。




そんなゴルドが、どうしてか、じっと向こうを見つめたまま、固まる。



よほどショックが大きいのか、とヒロがゴルドに近づこうとすると、ゴルドは悲しい顔から、それではない、怪訝な顔をしていた。



「どうしたんですか?」


ヒロが聞くと、ゴルドが目を細めながら、前方を指差す。


「あいつ、うちの領民じゃない。誰だ?迷い込んだ旅人か?」


言い終わるや否や、ヴォルクがゴルドの前に立ち、忍ばせていた拳銃を向ける。


だが、向こうもそれが分かったのか、すぐさま走り去る。

なかなかの遠さに、撃つのは無駄とヴォルクは判断し、走り去る男を見る。

人着を覚えるためだ。


「ボス、よく見えたな。オレでもギリだぞ」


「追いかけましょうか?あの速さなら捕まえれますよ?」


「いや・・・まぁ、武器持っていた訳じゃないし・・・」


ゴルド達は不審に思いながらも、とりあえず騎士団にだけ伝えて、警戒するように指示した。



この判断が、やはり優しさゆえなのか、後程、ゴルドは後悔する羽目となる。


彼に休める時間などない。





次回、不穏な影と、エルフの苦労と、ゴルドの覚悟。


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