第16話 僕が存在してもいいと言ってくれた世界
中庭で、ヒロは美月と話をしていた。
「ほ、本当なのヒロくん!ヴォルクさんに言い寄られたって!」
「うん。あの人ばちばちの男色家なんだって。もうね、僕だけじゃなくて、ローガン騎士団長を見る目もいやらしいもん。筋肉とか見てすごい興奮してたよ。それで、僕にも熱い夜を共に過ごさないか?って誘ってきて・・」
「ぶっ殺すぞクソガキ!!」
ヴォルクが冷静さを欠いてダッシュで突っ込んできた。
「ダメよ!ヴォルクさん!今はまだ明るいわ!」
「うるせぇ!何もしねぇよ!」
はぁはぁと目がガン決まっている美月に、ヴォルクは叱責して、ヒロの方を見る。
ヒロは「あ、やべっ」と逃げる態勢に入ったが、ヴォルクが待て、と一言告げて、ヒロも逃げるのをやめる。
「まず、最初に断っておく。オレは謝るつもりはない」
ヴォルクが真剣な眼差しでヒロにはっきりとそう言った。
「オレの判断は間違っていない。敵から逃げている最中に、いきなり景色が変わって、お前らが目の前にいた。だが、オレ達はお前らが何者か知らん。だから、自衛のために銃を向ける。そうしなければ、殺される世界で生きてきたからな」
ヴォルクの言うことは、至極もっともで、美月もヒロもそこに口を挟む気はないようだ。
「だから、ウソを流すのはやめろ。オレは男色家じゃない。分かったか?特にメガネ女」
「なんで私に釘を刺すのよ?」
美月は心外であると申し立てるが、ヒロもヴォルクもその言い分には耳を貸さない。
「分かってますよ。召喚する時は安全だって、思い込んでいたんだ。今回のヴォルクさんたちのお陰で、むしろ良い気付きになりました。ありがとうございます」
ヒロはあっさりヴォルクの言い分を認めて、お礼を述べる。
ヴォルクはそんなヒロを見て、ため息と共に、持っていた疑問を投げかけた。
「なぁ、小僧・・・お前はなぜあの若造をそんなに慕っている?」
ヴォルクに言われて、ヒロは驚くような顔をする。
「・・・そんなに変なことですか?だって、あんなに良い人、他にいます?」
「それだけか?たったそれだけの事で、お前は以前いた世界を捨てて、誰もお前のことを知らないこの世界で、生きていくつもりなのか?」
ヴォルクは分からないとでも言いたげに、頭を掻いた。
言われたヒロはうーん、と唸りながら、少し考える。
美月も、実はその辺りの話は気になっていたのか、静かに会話を側で聞いていた。
「そこのメガネ女とおんなじ世界からきたと聞いてる。文句なしで最高に平和な世界だ。特にお前らが住んでた国は、戦争も今はしてなくて、きれいな水も飲めて、飯も食えて、学校に行って、家族と過ごせる。なんだって、そんな最高の場所を捨ててまで、この世界で、あの若造に忠誠を誓う?」
「・・・世界は最高だったとしても、僕を取り巻く世界は、最悪だったからですね」
ぽろっと、ヒロは答えを言った。
ヴォルクは何のことかと理解がすぐ出来ず、美月は何となく、嫌な想像が出来ていたようで、何も言えない顔をしていた。
「まぁ、不幸自慢をし始めたら、僕なんかはヴォルクさんの世界より、間違いなく恵まれていると思います。殺される心配なんてしなくていいし、ご飯も服も、住むところもあって、学校にも行けてました」
まぁ、そのすべてが僕の地獄だったんですけどね、と明るくヒロはおちゃらけて言った。
「親は片親です。父親なんですけど、まぁこれがよろしくない人でして・・・お酒大好き、ギャンブルも好きな、それでいて女の人を無理やり襲っちゃうタイプでして・・・僕のお母さんも、本当はお父さんのことなんか好きでも何でもないのに、酒で酔わされて、それで僕が生まれました」
幼少期、そんな恨み節を毎日聞かされて育ちましたよ、とヒロが明るく言うのが、美月は胸を締め付けられるようで、苦しかった。
「それで、まぁ当たり前ですけど、お母さんもさすがに限界が来て、僕が小学生の時に夜逃げしました。それ以来、お父さんとの生活ですけど、これがまた不思議な生活でして・・・僕透明人間なんですよね」
「・・・無視、されていたのか?」
ヴォルクが静かに問うと、こくりとヒロは頷く。
「最低限、お父さんは日雇いの仕事でお金を稼いで、カップ麺だけは大量買いしてたから、それを僕は勝手に食べてました。僕のためにも買っていたのかどうかは分かりません。話しかけられる事どころか、目すら合わせてくれませんから」
そんなもんだから、中学の時は、親に何も買ってもらえず、学校の教師は僕に関わると面倒だからと、最低限の対応だけ、そして、ヒエラルキーの低い僕は、学校のいじめのターゲットなんですよね~、と言ったところで、美月がヒロを優しく抱きしめた。
「へ?え?みっちゃん?」
美月は泣いていた。
「・・・泣いていいんだよ!ヒロくん!そんなに・・・無理して、笑わないで、いいんだよっ・・・」
ヒロの驚きの顔は、次第に、崩れて、止まらない涙が溢れてきた。
顔を歪ませ、年相応の、子供の泣きじゃくる姿が、そこにあった。
美月も同じくらい泣きじゃくり、ヒロを強く抱きしめる。
(・・・・世界が平和かどうかなんて、関係ないって言ったのは・・・オレなのにな)
ヴォルクはそう思って、しばらく2人がが泣き止むまで、中庭に腰を下ろして座った。
美月が、ヴォルクの世界を平和ではないから、不幸に強いと勘違いしてしまったように、ヴォルクも勘違いしていた。
世界が平和なら、そこに不幸な人間などいないと、決めつけてしまっていた。
世界が平和かどうかなんて、不幸な人からすれば、関係のないことなのに。
どれほど時間が経ったのだろうか。
長かったような、短かったようにも感じる。
美月がようやく泣き止み、ヒロも落ち着いたので、抱擁から解放する。
ヒロは元の変わらない笑顔で、美月にありがとう、と返した。
「あんたって、なんて良い子なの!」
「あ、あはは・・・」
美月がぐじぐじ涙の後を拭きながら、色々と言いたい事、声をかけてあげたいと思って、いっぱいいっぱいになっているが、肝心な何を言えば良いのか、分からず、結局そんな言葉しか出てこなかった。
「ヴォルクさん・・・なんで、そんな僕が、ゴッド様を守ろう、助けようって思ったのか、なんですけどね」
ヒロがヴォルクに面と向かって、先ほど聞いてきた質問の答えを言う。
「異世界転生の物語とか、もちろん読んでいて、その展開に憧れたのは勿論あります。でもね・・・ゴッド様が、僕を必要だと言ってくれた」
その言葉が、幸せな世界で不幸になっていたヒロにとって、どれほど嬉しいものだっただろうか。
親に存在を否定されて、無視されて、学校でもいじめられて・・・そんな彼を、ゴルドは異世界から呼び出し、助けてくれと言ってきた。
「僕は、存在していて良いんだって。ゴッド様が、僕を必要と言ってくれて、呼んでくれて、お願いをしてくれる。ゴッド様の守っている村も、町も、そこに住む人達も、みんないい人で、僕を見て、存在を認めてくれる」
ーーーそりゃ、ゴッド様を守るよ。もうここは、僕がちゃんと存在する、唯一の世界だから。
ヒロのその言葉は、決意の言葉でもあった。
この世界に来た事。
この世界で生きる事。
ゴルドと共に生きる事。
ゴルドの不思議と、人を惹きつける、太陽のような暖かさ。
それを守るためなら、偶然だろうが何だろうが、手に入れたこの力で、全力で彼を守るのみ。
ヒロはこの世界に来てからよく笑うが、きっと元の世界でヒロを知る者は、そんな彼を見て驚くだろう。
彼の笑顔は、この世界に来てから、初めて生まれたものなのだから。
「これが僕の理由です・・・」
「・・・分かった。すまんな・・・辛いことを聞いて」
「・・・ヴォルクさんも、僕らの仲間になりましょうよ」
ヒロがへへっと笑いながら、鼻をすすって言う。
「いや、やめておけ。オレなんかは・・・不釣り合いだ」
ヴォルクは力無くそう言う。
つくづく、そう思い知らされる。
ゴルドに相応強いのは、ヒロのような、純粋で、未来ある若者であるべきだ。
そこに、ヴォルクの部下たちを入れてもらえれば、もうそれ以上の事はない。
消さなければならない、オレという異分子は。
ただの殺戮マシーンなのである、ヴォルクという存在は。
多すぎる血で汚れたその手は、体は、ゴルドの横に並び立つには、汚れ過ぎているのだと、ヴォルクは客観的に見ていた。
「同じですよ、僕もヴォルクさんも」
ヒロはふと、そうヴォルクに言葉をかけた。
「同じじゃない。まったく違うものさ・・・笑っちまうぐらいにな」
「同じですよ。だって、ゴッド様が呼んだんですから」
何だそれ、と鼻で笑うヴォルクだが、ヒロは真剣な眼差しでヴォルクを見ていた。
「生まれることに、意味があるのかどうかは、僕には分かりません。生まれた場所では、僕は必要とされなかったし、存在も認められなかったので。でも、ゴッド様は意味を持って呼んでくれています。助けて欲しいから呼んでいます」
ヴォルクにも、美月にも、ヒロの言葉は不思議と耳に入る。
とてもクリアに、染み渡るように、体に入ってくる。
「ゴッド様が、僕たち転生者の、存在意義をくれるんです。仰々しい正義だとか、宗教的な押し付けの善意でもない。そのままの僕らを受け入れつつ、この暖かい、素朴な街と村がある領地を助けて欲しいと言ってる、ただの良い領主なんです」
僕の世界でも見たことないほど、お人好しですよ、ゴッド様は。だから、大好きなんです、僕もみんなも、ゴッド様のことが。
うれしそうにそう言って、微笑むヒロを見て、ヴォルクは目頭が熱くなり、上を向いた。
「・・・チッ、眩しいな・・・今日の太陽は。あの若造みたいに、熱くてまぶしくて、目が痛くなっちまうよ・・・」
いいのか?オレみたいな、陰で生きてきた人間が、そんな明るい道を歩いても。
長く染み付いていた、ヴォルクの葛藤と冷えついた心が、そう何度も心の中でつぶやく。
だが、それを溶かす光。
太陽である当の本人が、ヴォルクにもう言っている。
ーーー『ドブ掃除をしていた人間だって、風呂に入って、さっぱりして、太陽の下で昼寝ぐらいするだろ』
『いいじゃないか、私は聞く限り、ヴォルク殿を含めて、君達に背負うべき咎はない。明るい太陽に下で堂々と歩いていい!私が保証しよう』ーーー
「・・・いいじゃねぇか、存在する意義か。そういうのは、自分達で掴み取るって決めていたんだがな・・・確かに、元の世界では結局手に入らなかった」
ヴォルクは、ヒロと美月に向き合い、顔を見せる。
「あー・・・まぁ、なんだ・・・よろしく頼むぜ、先輩方」
ヴォルクが恥ずかしそうにそういうのを見て、ヒロと美月は顔を見合わせ、吹き出す。
「あっ!てめ!笑うなコラ!」
「いやだって、おじさんから先輩って言われるなんて」
「おじデレだわ!おじさんのデレよ!」
ヴォルクは顔を真っ赤にさせて、顔を背けるが、こんなやり取りすら、前や世界じゃ考えられなかった。
相変わらず、太陽はのんびりと空にあって、暖かい陽気を降り注いでいた。
翌日、ヴォルクたち傭兵全員、総勢7名が、ゴルドの傘下に入るとゴルド本人に直接伝えた。
「え?なに?急だけど大丈夫?無理してない?」
昨日の今日で、あんなに断っていたヴォルクが、態度も改めてゴルドの目の前で気をつけしていたので、違和感が半端ない。
そして、ゴルドはなぜ急にヴォルクの態度が変わったのか、さっぱり理由が分からなかった。
「ゴルド様。我々をどうぞ如何様にもお使い下さい。精鋭なる一匹狼の部隊です。敵を残らず殲滅してみせます」
「いや怖いよ、態度変わり過ぎて。あと殲滅する敵いないから今」
「ゴルド様のお名前が外にバレると不味いので、ボスと呼ばせていただきますね」
「いやヴォルク殿、本当いいから。昨日までの若造呼びの方が気軽にオレも話せたから。やめよ?そのボスとかって呼び方やめよ?」
「いいえボス。それは拒否します」
「拒否すんのかよ!何でも命令してくださいって雰囲気なのに、ちゃっかりオレの意思拒否するのかよ!」
ゴルドの叫びがこだまする。
こうして、新たな転生者達、傭兵部隊が仲間に加わった。




