山羊角執事のメェード長:-001-
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前大魔王の執事とメイドだろうか。男にしては少し長い紫髪、彼の長身によく似合う燕尾服。執事には定番と言えるであろう銀色のモノクルが輝いている。そのレンズの奥から見える山羊特有の横に長い瞳孔は少し不気味さを放っていた。けれども、歳はオレよりも上なのは確かだが、決して老けている訳ではなく、優しい雰囲気が彼からは感じられた。
「なるほど、記憶が……」
山羊角の執事にオレの自室(正しくはオレの部屋ではなく前代魔王の部屋なのだろう)に案内されながら、現状の説明をしていた。勇者に襲われ、魔界に逃げ帰ってきたこと、記憶が引き継がれていないこと。
というより、オレが説明するよりも犬耳娘がしたほうが良いのでは……?
ふと後ろを振り向くと、オレ達の後ろで静かに歩いている五人のメイドは額に五芒星が描かれた山羊頭骨の仮面で顔を隠しているのでどれも同じ様に見えてしまう。けれど、彼女たちの身長はオレくらいの高さから犬耳娘よりも小さい者までいて、高い方から順に右一列に並んでオレ達に着いて来ている。
「ならば、鬼灯様は前代魔王とは全く別人ということになるのでしょうか?」
「ああ、だから前代魔王のように、魔族を率いる程の器量はないと思うぜ」
「いえ、そこは大して問題にはなりません」
「ん?なんでだ?」
「民の声を聞けば、民は自ずとついてくるからです」
無理に付いてこさせようとすれば反感を買うって事か……。
「ここには悪い奴しかいない感じなのか?それでもオレがそいつ達以上に何か出来るとは思えないけれど……。まだ十六歳の若造だし」
「ふふふ、鬼灯様は魔界の事を少し勘違いしておられるご様子ですね」
執事は口元を隠しながら苦笑する。しかし、勘違い?オレはどういう勘違いをしているのだろうか。魔界というのは罪人が落ちる場所ではないのか。それだと地獄になるのかな。そんな知識どこで覚えたんだっけ……。ああ、そうだ、勇者がそんな事を口走っていた気がする。いや、そもそも地獄と魔界の違いが良くわからない。そこら辺を勘違いしているのか、もっと違う部分を勘違いしているかは定かで無い。
「にしても、ずいぶん長い廊下だな……。えーっと……執事さん」
「おや、申し遅れました。私、魔王城の執事長兼メイド長をしております、バフォメットと申します」
「名前があるのか」
「ええ、前代魔王であるルシファー様に名付けて頂きました」
「って事は偉いのか?」
「ええ、それなりには」
名持ちはかなり高い地位があると聞いたのだが。いや、魔王側近というだけでかなりの地位なのだろうか。
犬耳娘に説明の補助を頼みたかったのだけれど、彼女はオレ達の三歩後ろを山羊骨メイド達と歩いている。
「おい、どうした?そんな後ろに歩いて」
ビクッと犬耳娘が驚くが、咄嗟に俯いて質問に答えようとはしない。魔界に来るまであんなに元気だったというのに。まさかあの仕掛け部屋での地面の揺れが相当堪えたのだろうか。
「恐らくですが私を気にして居るのでしょう」
「えっ?」
「名を持たぬ者は本来、高階級の名持ちと話す事すら許されないのです。ここまでの道中は非常事態でしたので良いですが、ここに来ればもう安全……彼女が名持ちでない限りあなたと話す事は許可がない限り出来ません。いえ、出来ないと言うわけではないのですが、魔界の礼儀として、話しかけることは良くない事とされ、それを破れば名持ちは名無しを罰する事も可能です。後ろのメイド達は一応私の眷属で名も持ってはおりますが、魔王様とは必要以上の会話はさせないように言い付けてあります」
魔族の決まりごとというのはそこまで厳しいものなのか。少しカルチャーショックだ。と言うことは犬耳娘はもうオレに話しかけることすら出来ないのか。それは何と言うか困る。
「許可するよ、オレが」
だが犬耳娘は一向にオレの隣に来ようとしない。五人のメイド達と完全に同化してしまっている。犬耳娘にメイド服を着せればそれはもう似合うとは思うのだが……。
「邪魔したくないのでしょうね」
「邪魔って……そんなこと思わないよ……」
「名持ちは何かと理由を付けて罰する事が出来ますからね。彼女もできるだけ厄介のことにはなりたくないのでしょう。と言いましても、私は構いませんよ。鬼灯様の仰せのままに」
バフォメットからも許可が出ても犬耳娘は動かない。オレに向かって困った表情を見せている。表情から「ふえぇ……」という彼女の弱った時の台詞が聞こえてくる。
「あいつに名前付けちゃダメか?」
「それは鬼灯様の自由です。ですが、地位を、つまり階級を与えるということはその者に強力な魔法とそれ相応の使命を与えることになります」
「力と使命か……バフォメットにもそういうのがあるのか」
「はい、私の使命は魔王様に『仕える』事。ゆえに眷属魔法は魔王様の望みを『叶える』事です。私自身が直接できないことまで含め、全てを叶えることが可能です」
オレが望めばなんでも出来るだなんて、そんな魔法都合が良すぎる……。それとも都合が良いのが魔法なのだろうか?
「それって強すぎじゃないか?つまりはオレが望めば世界すらも滅ぼせるってことだろう?」
「ええ、滅ぼせますよ。しかし、難しい願いであればあるほど対価は増えます」
「対価?」
「魔力です。私の眷属魔法と言うのは私の魔力を少量だけ使用し、あとは名付け親がどれほど魔力を使うのかで威力が決まります。世界を滅ぼすとなればルシファー様以上の膨大な魔力が必要でしょう」
「そうなのか……。それだと簡単な願いはどうなるんだ?例えば喉が渇いたから何か飲みたいだとか」
そう質問しただけなのに後ろのメイド達が一斉に方向転換し、早足で何処かに歩いていった。残された三人は立ち止まり、オレと犬耳娘だけが、一斉に去っていって見えなくなるほど小さくなったメイド達の背中を唖然として見ていた。
「サバト達に命令しておきました。このような簡単な願い事ならば私の力を使わずとも、私達が自力で行います。部屋につく頃には紅茶が用意されていることでしょう。帰路でお疲れのご様子に気が付かず、申し訳ございません」
バフォメットが深々と頭を下げる。きっと謙虚キャラなのだろう。魔族はキャラが濃い奴が多い。犬耳娘は元気、狐は淫乱、そこにに謙虚と来たか。次はツンデレ娘なんかが出てきそうだ。いや、デレは狐がいるから、やけに厳しいツンだけの人物だろうか……。
「ああ、いや、質問しただけなのにありがとな。で、話を戻すが……」
「はい、名付けの条件でしたでしょうか」
会話と歩きを再開させる。というかこの城広くないか。もう五分以上歩き続けてるぞ。オレの部屋まで紅茶をオレ達より先に運ばなければならないメイド達の苦労が見える。というか迂回路はあるのだろうか。
「友達はダメなのか」
「友達……ですか……?」
「ああ、オレの側にずっといられる友達。それがこいつの使命って事でさ」
「ふふふ……鬼灯様は面白い事をお考えになられる……」
バフォメットが先ほどのように口元を隠しながらクスクスと笑っている。笑顔ではなく、どちらかと言うとやはり苦笑いに近い。結構真面目に言ったのだが。
「詳しくは解りませんが恐らくは可能でしょう。後日、魔術師を呼んで説明させます。今はお休みになられて下さい」
魔界には魔術師なんて職業があるのか。けど、今日は確かに疲れた。腕時計を見ると既に夜明け前。母さん達、心配してなきゃいいのだが、まぁ一日くらいどうってことないだろう。
そうして突き当たりの大きな扉の前で立ち止まる。どうやらオレの部屋に着いたらしい。扉の横には既にメイドが一人紅茶の準備を終えてオレ達の到着を待っていた。先に部屋に入らない辺り手慣れている気がする。これがプロのメイドか。
「後は私に任せて部屋で休んでいなさい」
バフォメットがそうメイドに告げるとオレとバフォメットにお辞儀して去って行く。犬耳娘にはお辞儀をしないのか……。なんだかさっきから犬耳娘だけ蚊帳の外という感じがして少し気分が悪い。
「あなたも彼女について行ってメイド室で休むといいでしょう」
「待て」
バフォメットが犬耳娘にメイドに付いていくよう指示を出し、何も言わずメイドに付いていこうとした彼女を咄嗟に呼び止める。こいつはオレを勇者から助けてくれた命の恩人だ。メイド室というのがどんなところかは知らないが、オレの部屋よりは寝心地が悪いだろう。それに、今ここで呼び止めなければなんだか一生会えない気がしてしまった。
「鬼灯様、いかが致しました?」
「えっと……」
バフォメットの問に言葉に詰まる。犬耳娘をオレの部屋にいさせる為の言い訳が思いつかない。話があると言えばいいか?それだと怪しすぎるかな……オレの恩人だから部屋でお礼がしたい?どんなお礼だよ。如何わしいお礼に誤解されそうだ。
「こいつは今オレのペットだから、オレの部屋で飼ぅ……」
何かを言わないと行けない気がして、考えず言った理由はとんでもない内容。途中で恥ずかしくなった所為か、最後辺りの声が吃りまくってしまった。
その理由を聞いた二人は呆けた顔でオレを見ている。多分引かれた。いや、絶対引かれた。見た目中学生、しかも小学生から中学生になりたてのまだ幼い感じが残った少女をペットにする高校生とか……って思われているに違いない。死ぬ程恥ずかしい。今、魔族に引かれる人間の図が出来あがっている。
「ふふふ……そうなのですか……。じゃあ、鬼灯様の部屋で寝るといいでしょう」
何とか許可をもらえた。犬耳娘はにこにこと嬉しそうな顔で、尻尾を暴れさせている。そんなキラキラとした目でオレを見るのはやめてくれ。自分でも行ったが、オレはだだの変態なんだ……。
バフォメットが先導し部屋の扉が開かれる。主人の手を煩わせないバフォメットの行動にオレは賞賛を送りたいのだが、何と言うか身の回りの事を全てしてくれる彼が居るとオレは自分で何もしなくなるくらいだらけてしまいそうで怖い。




