第三章『黒曜色のエロ狐』:-004-
転送陣の再起動は成功した。詠唱が終わった瞬間、火を円陣に投げ入れると、まるであらかじめガソリンが撒かれていたような速さでその模様の全体へと燃え広がった。
初めて魔法を使えたことに喜びを感じつつも、イメージ通りに行き過ぎて何かパッとせず、少し気に食わない。もっとこう……魔法というのは取得するのに時間がかかる物だと思っていたのだけれど……。しかし、失敗したとしても随分と格好良く詠唱していたので、その反動でかなり格好悪くなってしまうのだが……。さながら中二病少年が自作の呪文を言い放った後、何も起こらなかった時のように……。
「初めてにしては上出来どすなぁ……」
「そうなのか?」
オレも起動できるとは思っていなかった。案外どうにかなるもんだな。
「上出来というよりも私は起動するとは思いませんでしたよ」
犬耳娘もオレと同じく、驚きを隠せないようだった。期待値そんなに低かったのか……流石にヘコむぞ……。
「結構難しい術なのか?」
「いえ、魔法というのは本来想像力の有無が左右しますから、その想像力があるかが魔術師になれるかの素質に繋がるみたいで」
「へぇ、想像力か……」
確かにオレはさっきどのように魔法が発動するのかを想像した。ひゅっと投げ入れたらバット燃え広がってカッと発動するんだろうなー……くらいの妄想じみた適当な想像なのだが、それも想像力なんだろうか。
「まぁそこらへんは魔界に帰った後、先生がつくと思いますからその人に聞きましょう」
「おお!魔法を教えてくれる人がいるのか!」
「もちろんです。勇者と戦うんですから、それなりの……勇者以上の力を付けてもらわないと困ります」
「戦う……」
正直に言おう、自分が殺されかけたというのに、自分の中ではまだ戦うという選択肢が取れないでいる。それ以前に当たり前の事だろう?殺されかけた事には怒りはするけれど、「殺されかけたから戦う、殺す」と言うのは誰も考えない。あるのは身の危険を回避する為に応戦し、事故として殺してしまうだけだ。でも、勇者を何とかしないと人間界に安全はないと言うのは確かだ。
勝てる気はまったくしない……それ以上に――
「あるじ?」
犬耳娘に呼ばれて思考を中断する。
そうだ、今は前に進まなきゃ何も始まらない。答えは後に出せばいい。
「狐、魔界って言うのはどういうところなんだ」
「雪が降ったと思うたらいきなり火の粉が降って来はったり、地面からは火柱が立ち、水はなく、人が焼かれてその断末魔が遠くから聞こえてくる。そんな場所どす」
「地獄みたいなところじゃねぇか……」
そんなところに何日か滞在することになるのかと思うとぞっとする。魔王の城の住み心地が心配だ。夜、化けてでたりしないだろうか。と言うか断末魔で眠れないのでは。その前に火柱で城が焼けてしまうではないか。くっ、魔界にも安全な場所はないのか……。
と、就寝時の事を気にしていたら、狐がクスクスと笑っていた。どうやら化かされ、もとい騙されたらしい。
「確かにルシファー様が魔王になられたばかり時の魔界は、そんな環境だったのですが、魔王様のお力で魔族達を統率し、穏やかに住める土地と作り変えたのです」
転送陣を起動させる為の呪文に書かれてあるように、と犬耳娘は付け足した。
地に捧げた血、それはきっと土地を作り替えた魔族たちの努力の血汗の事なのだろう。しかし、魔界のために立ち上がった魔王は何故、人間界を支配しようと戦争をしたのかオレには理解できない。穏やかに住める場所を作るよう魔族を従えて、せっかく掴んだ平和を壊すような事を。
そんな事は前代魔王にしか解らない。それが結論だろう。前代魔王には前代魔王の考え方があり、目的があった。その魔王もとうに死んでしまっている。神のみぞ知る、ならぬ魔神のみぞ知るなのである。
「さぁ、あるじ行きましょう。最果ての地へ!」
そう言いながら犬耳娘はオレの手を握る。きっとオレはその笑顔にこれから何度も助けられるのだろう。そんな気がする。
「狐は来ないのか?」
「ウチはここ守らなあきまへんので」
そう答える狐から少し悲しそうな表情が垣間見えた。もし、連れて来られるような事があれば連れて来たいものだ。こんな狭い洞窟の中にずっと居たら気が滅入ってしまうだろう。いや、もしかしたら気が滅入るどころではないかもしれない。魔王が死んだ時からオレ達がここに来るまでの間、この転送陣を守り続けた歳月というのは決して短いものではなく、それはきっと何千年と言う年月で、そんな長すぎる時間を誰も来ない洞窟の中で過ごしたのだ。人肌が恋しくなるのも頷ける。そう考えると何だか狐が可哀想になってきた。淫乱と言ってしまったことはやはり申し訳なく思う。
狐は微笑みながらオレに手を振ってくれる。彼女はいつも見送って、迎えるばかりだったのだろうか……?
転送陣の光が強くなる。おそらく魔界への転送が始まるのだろう。転送陣での移動は無論初めてで、オレが起動したと言う事実も不安をより大きくする。首だけ飛んで行ったりしないだろうか……犬耳娘の小さな手を握り返すと、犬耳娘がぎゅっとオレの手を握り返してくれた。
転送陣の輝きがより増していく。あまりの眩しさにオレは目を瞑ってしまい――




