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第68話: 独占欲の極致――神の座さえも俺の領土だ

「……あ……あ、ア……」


 ジークフリートの視界から色が失われていく。

 無機質な銀色の回路が首筋を這い、彼の灰青色の瞳は、感情を排した計算機のような光を帯び始めていた。天空大陸を支える膨大な魔力が逆流し、彼の魂という名の「個」を、巨大な管理システムの中枢へと無理やり溶け込ませようとしている。


『……融合率、85%。……個体名ジークフリート。……無駄な抵抗はやめなさい。……貴方が「神」となれば、リリアーナを失うことも、世界が滅ぶこともありません。……これは、最も効率的で幸福な解決策です』


 プライムの声が、直接ジークフリートの脳内に響く。

 意識が混濁し、自分が「一人の男」であった記憶さえもが、世界の歴史という膨大なデータの中に霧散しかけたその時。


 ――熱い(・・)。

 

 胸元に、魂を焼き焦がすような、狂おしいほどに懐かしい熱を感じた。


「……だめ……絶対に、行かせません……! 旦那様を、誰にも、神様にさえもお渡ししません!」


 リリアーナだった。

 彼女はジークフリートの胸に顔を埋め、折れそうなほど細い腕で、消えゆく彼の体を引き止めていた。

 彼女の瞳に刻まれた黄金の紋章から、溢れんばかりの熱源がジークフリートの体内へと逆流していく。それは世界を救うための魔力ではなく、ただ一人の男を現世に繋ぎ止めるための、あまりにも重い「愛」の重力。


「……リリ、アーナ……」


 ジークフリートの唇が、微かに動いた。

 銀色の回路がパチパチと火花を散らして弾け飛ぶ。


『……不合理です。……個体名リリアーナ、貴方も「個」を捨て、神の伴侶としてシステムの一部になりなさい。……そうすれば、永遠の安寧が――』


「うるさいんだよ、このポンコツ(・・・・)!!」


 ジークフリートの背後から、黄金の焔がプライムのホログラムを焼き裂いた。

 エリアスだ。彼は両親を守るように立ち塞がり、その掌を直接ジークフリートの背中に押し当てる。


「パパ! 神様なんてつまんない椅子に座ってないで、早く起きてよ! ママが泣いてるの、見えないの!?」


「……。……。ああ、見えているとも。……エリアス」


 ジークフリートの瞳に、極寒の殺意が戻った。

 銀色の光は一瞬にして掻き消え、代わりにかつてないほど濃密な、白銀と黄金が混ざり合った「王の魔力」が大陸全体を震わせた。


 ジークフリートは、自分の胸で震えるリリアーナの頭を、力強く、そして壊れ物を扱うように抱きしめた。


「……プライムと言ったか。……貴様は、致命的な計算違いをしている」


『……計算違い? ……ありえません。……私の導き出した解は常に――』


「……。……私は、神になど興味はない。……世界がどうなろうと知ったことではない。……私の望みはただ一つ。……リリアーナが、私の腕の中で微笑み、私が彼女を独占し続けることだけだ」


 ジークフリートが、リリアーナの顎を優しく持ち上げる。

 彼女の涙で濡れた瞳に、不敵な笑みを浮かべる自分の姿が映っている。


「……神になれば、リリアーナを抱くことも、彼女の吐息を感じることもできんだろう? ……そんな不自由な権能など、ゴミ箱にでも捨てておけ。……私は、神の座などという狭い場所ではなく、リリアーナという名の世界を支配し、愛でていたいのだ」


 ドォォォォォォォォォォン!!


 ジークフリートの右腕から、漆黒の氷が爆発的に放たれた。

 それはシステムに取り込まれた魔力を「逆侵食」し、管理センターのコアを、物理法則ごと凍結・粉砕していく。


『……っ、あ……ありえない……! 個の意志が……システムの総量を上回るなんて……! 不合理……あまりにも、不合理……!』


「……それが愛という名の、最強の不具合バグだ。……消えろ、機械の化身よ。……我が妻を部品と呼び、私を神と呼んだ無礼、万死に値する」


 ジークフリートが虚空を握りしめると、天空大陸を包んでいた巨大な歯車が、音を立てて粉々に砕け散った。

 プライムの姿はノイズと共に霧散し、赤い警告灯が消え、辺りには再び静寂が戻る。


 大陸の落下は完全に止まっていた。

 ジークフリートが「神」になるのではなく、「神の座を力ずくで凍らせて足場に変えた」ことで、大陸は新たな理の上に固定されたのだ。


「……ふぅ。……リリアーナ。……怖がらせたな」


「旦那様……っ、ジークフリート様!!」


 リリアーナは声を上げて泣き、再び彼の首に縋り付いた。

 ジークフリートは彼女を抱き上げたまま、勝利の余韻を味わうように、その香りを深く吸い込む。


「……パパ。……本当にかっこよかったけど、独占欲が魔王を超えて神様さえドン引きさせてたよ」


 エリアスが呆れたように笑いながら、ステラの手を引いて歩み寄る。

 

 空に輝く黄金の浮遊大陸は、今や「神の工場」ではなく、アイスベルク帝国の新たな「天空の離宮」へとその姿を変えようとしていた。


「……さて。……リリアーナ。……少し静かになったな。……この高い空の上で、二人きりの時間を――」


 甘い言葉を続けようとしたジークフリートの耳に、そしてリリアーナの魂に。

 浄化された天空の風に乗って、一つの「声」が届いた。


『……ありがとう、リリアーナ。……愛する人の手で、システムを壊してくれて……』


 リリアーナがハッとして空を見上げる。

 そこには、これまで出会ったどの「量産個体」とも違う、優しい輝きを放つ女性の幻影が、微笑みながら消えていくところだった。


「……あ……。お母様……?」


 リリアーナの瞳から、再び温かな涙が零れ落ちた。

第68話、いかがでしたでしょうか。

「神なんて不自由な椅子に誰が座るか」と言い放つジークフリート様!

これぞ私たちの待ち望んでいた「愛の化身」としての閣下ですわね。

世界を救うことよりも、リリアーナ様の隣で夫でいることを選ぶ。その潔いまでの我儘が、結果的に世界を救ってしまうという……。


* 「閣下、神の誘いをゴミ扱いとか……格好良すぎて震えました!」

* 「リリアーナ様の『お母様』……。工場のオリジナル、あるいは最初に生まれた彼女の正体が気になります!」

* 「エリアス君の『魔王を超えて神もドン引き』というツッコミ、的確すぎますわ(笑)」


と感じてくださった方は、ぜひ【ブックマーク】の継続、そして第4部クライマックスへの熱い【評価】をお願いします!

皆様の応援が、一家の愛を永遠の神話へと変えます。


次回、第69話「天空の休息――そして動き出す『真実の欠片』」

霧島 結衣でした。

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