第66話: 管理者(プライム)降臨――世界を回すプログラム
パキ、パキパキ……。
音が、世界から体温を奪っていく。
緑色の液体を満たした数万のカプセルが、ジークフリートが放つ「虚無の冷気」に触れた瞬間、爆発するように粉砕されていく。中にいた「リリアーナの器」たちは、意識を持つ前に結晶へと変えられ、銀色の塵となって消えていく。
「……見なくていい。……見る価値もない」
ジークフリートが、リリアーナの瞳を自らの大きな掌で覆った。
リリアーナの体は、小刻みに震えていた。掌越しに伝わる彼女のまつ毛の震えが、ジークフリートの胸を、どんな強敵の刃よりも深く切り裂く。
「旦那様……私、私という存在は……ただの、予備だったのでしょうか。……あの日、貴方に買われたのが私でなくても……この中の誰かであれば、貴方は……」
「……リリアーナ」
ジークフリートの声が、かつてないほど低く、地獄の底から響くような響きを帯びる。
「……ありえない仮定で、自分を傷つけるな。……私が愛したのは、あの地下室で、絶望に震えながらも気高く私を見つめた『お前』だけだ。……魂の形も、記憶の積み重ねも、私への独占欲も……代わりが務まる者など、この宇宙に存在せん」
ジークフリートが右手を一振りすると、巨大な保管庫そのものが、空間ごと「凍結」し、沈黙した。
一万個のカプセルも、鋼鉄の天井も、複雑な回路も。すべてが白銀の虚無に呑み込まれ、ただの平坦な氷原へと書き換えられた。
「……パパ、容赦ないね。……でも、正解だよ。……僕にとっても、ママは一人だけだ。……こんな人形の山、僕が全部『神喰らい』の焔で焼いてあげる」
エリアスが黄金の火柱を上げ、ジークフリートが凍らせた残骸を次々と浄化していく。
そこには「部品」としての悲哀も、「製造物」としての虚無も、もはや欠片すら残らなかった。
その時。
――ガガッ……ピー……。
耳を劈くような電子音が響き、空中に巨大な幾何学模様のホログラムが展開された。
その中心から、半透明の「光のドレスを纏った女性」が姿を現す。
顔はリリアーナに似ているが、その瞳は機械的な正確さで一家をスキャンし、感情を一切排した声を紡いだ。
『不合理です。……個体名ジークフリート。……貴方の行動は、システムの効率を著しく低下させ、世界の熱量バランスを崩壊させています』
「……システムの管理者か」
『肯定。……私は「プライム」。……この星の寿命を維持するための、自律型管理プログラム。……リリアーナは、数千年に一度、地上の汚れ(負の熱量)を吸い取って焼却するための「濾過フィルター」に過ぎません』
プライムと名乗った光の影は、無慈悲に言葉を続ける。
『今のリリアーナは、貴方の過剰な干渉により、個我という「バグ」が発生しています。……これでは世界を救えない。……今すぐその個体を私に返上し、再初期化を許可しなさい。……代わりに、より完璧な、貴方への依存度を調整した「新個体」を提供しましょう』
「……取引のつもりか、機械風情が」
ジークフリートが不敵に笑う。
その瞳には、もはや怒りを超えた「愉悦」すら浮かんでいた。
「……世界を救うために、リリアーナを燃やすだと? ……笑わせるな。……世界など、リリアーナの指先が霜焼ける程度の価値もない。……彼女が世界を焼く薪だと言うなら、私はその火を、私だけの部屋を温める暖炉として使い続けよう」
『理解不能です。……個一人のために、全人類の絶滅を容認するというのですか』
「……容認するのではない。……私が、積極的に滅ぼしてやると言っているのだ。……私の独占を邪魔する世界など、必要ない」
ジークフリートの魔力が、天空大陸そのものを激震させた。
理を説く「神」に対し、地上の王が、そのエゴイズムだけで宣戦を布告した。
「……リリアーナ。……顔を上げろ。……この機械の女に、教えてやってくれ。……愛された女が、どれほど理不尽に、そして美しく、世界を拒絶できるのかを」
ジークフリートの手がリリアーナの瞳から離れる。
そこにあったのは、絶望に沈んだ瞳ではない。
旦那様の狂おしいまでの独占欲に、自らの魂を完全に委ね、覚悟を決めた「黄金の太陽」の輝きだった。
「……はい、旦那様。……私を部品だと仰るのなら……世界ごと、焼き尽くして差し上げますわ」
天空大陸の最深部で、最大級の魔力衝突が始まろうとしていた。
第66話、いかがでしたでしょうか。
ジークフリート様の「世界よりも妻」という、一点の曇りもない断言。これぞなろうの王道、そしてアイスベルク帝国の憲法ですわね!
「より完璧な個体をあげる」という誘いさえも「ゴミ」と切り捨てる閣下の愛。リリアーナ様も、ついに吹っ切れたようです。
* 「閣下、人類絶滅をさらっと容認どころか『積極的に滅ぼす』って……独占欲が魔王レベル!」
* 「リリアーナ様の覚悟が決まった瞬間、魔力の重さが変わりましたね」
* 「プライム、機械的に正論を言うほど閣下の逆鱗に触れるのが最高に『ざまぁ』の予感です」
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次回、第67話「最終初期化――崩壊する天空大陸」
霧島 結衣でした。




