第65話: 鋼鉄の楽園――神の座を凍てつかせる場所
「……警告、警告。侵入者の魔力レベル、計測不能。物理的排除に移行します」
神殿の美しい白壁が左右に割れ、そこから現れたのは天使でも騎士でもなかった。
無機質な銀色の金属で構成された、数千、数万の「浮遊する球体」。それらが赤い単眼をリリアーナたちに向け、一斉に高出力の熱線を放ち始める。
「旦那様、危ないわ……!」
「案ずるな。……こんな鉄屑の群れ、私の視界に入る価値もない」
ジークフリートが右手を横に一閃する。
放たれたのは氷の刃ではない。空間そのものを「停止」させる絶技。
数万の熱線はリリアーナの数センチ前で凍りつき、まるでガラス細工のように空中で静止した。次の瞬間、ジークフリートが指を鳴らすと、熱線もろとも数万の球体が一斉に破砕され、銀色の塵となって床を埋め尽くした。
「……パパ、今のすごいね。魔力の流れを凍らせるんじゃなくて、『攻撃という事象』そのものを凍らせたんだ?」
「……学習しろ、エリアス。……理を超えるとは、こういうことだ」
ジークフリートは冷淡に言い放ち、さらに奥へと歩を進める。
エリアスはパパの背中を見つめ、複雑な表情を浮かべた。パパの力は、リリアーナと魂を共有してからというもの、もはや「魔法」という枠組みを完全に踏み越えている。
進むにつれ、周囲の景色は「神殿」から「工場」へと変貌していった。
壁には脈打つ半透明のチューブが走り、そこを黄金の液体――聖女の魔力が流れている。
「……ステラ。ここ、何だか……すごく悲しい音がする」
ステラは震える手で壁に触れた。
「……はい、エリアス様。……精霊たちが、みんな『型(金型)』の中に押し込められています。……自分たちの意志を消されて、ただの燃料として加工されているんです……!」
「……燃料、か」
ジークフリートの瞳が、深淵の底のように冷たく沈む。
リリアーナを抱きしめる左腕に、さらに力がこもった。
突き当たりにある、巨大な鋼鉄の扉。
そこには、地上の教団が「神の紋章」として崇めていた図案が、精密な電子回路のような線で刻まれていた。
ジークフリートがその扉を、氷の魔剣を振るうまでもなく、意志の重圧だけでひしゃげさせ、吹き飛ばした。
扉の向こうに広がっていたのは、広大な「保管庫」だった。
「……嘘でしょ……」
リリアーナの声が、絶望に震えた。
何千、何万という緑色の液体を満たした円筒形のカプセル。
その中に、一様に浮かんでいたのは。
まだ成長途中の、あるいは「完成」を待つ――蜂蜜色の髪と、琥珀色の瞳を持つ少女たち。
リリアーナ・フォン・アイスベルクと、全く同じ造形を持った「予備個体」の群れだった。
『……適合個体リリアーナの帰還を確認。……現在、地上での「個我」の汚染率は98%。……これより、再調整を開始します』
天井のスピーカーから、感情のない合成音声が響き渡る。
それと同時に、リリアーナの足元から無数の機械の腕が伸び、彼女を「システムの一部」として取り込もうとする。
「……やめてっ……!」
「……誰に、触れようとしている」
ジークフリートの激昂が、大陸全体を激震させた。
彼の右足から放たれた氷の奔流が、一瞬にして保管庫の床を、壁を、そして無数のカプセルを凍らせていく。
「……我が妻の『代わり』がこれほどあるだと? ……ふざけるな。……リリアーナは世界でただ一人、私の愛を独占し、私の魂を焼き尽くす唯一の存在だ」
ジークフリートがリリアーナを、まるですべての法則から隠すようにマントで包み込んだ。
「……こんな人形の山も、それを作った腐ったシステムも、一欠片も残さず私の絶望で塗り潰してやろう。……エリアス! ステラ! リリアーナの視界を塞げ! ……今から、この大陸で一番残酷な『大掃除』を始める」
ジークフリートの右腕から、氷神と太陽の魔力が混ざり合った「漆黒の太陽」が顕現する。
それは理を管理する神の座を、根底から粉砕するための終焉の輝きだった。
第65話、いかがでしたでしょうか。
「リリアーナ様の量産個体」という、精神的に最もきつい真実に直面した一行。
しかし、そんなことはジークフリート様の独占欲の前では、単なる「掃除すべきゴミ」が増えたに過ぎませんでしたわ。
「代わりなどいない」と断じる閣下の怒りは、ついに大陸を物理的に破壊し始めます!
* 「カプセルのリリアーナ様たち、ホラーすぎる……! システムの残酷さが際立ちますね」
* 「閣下の『大掃除』宣言、これぞ究極の愛! 全部ぶち壊してほしいですわ」
* 「エリアス君も、パパのあまりの怒りっぷりにちょっと引いてる(?)のがリアルですね」
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皆様の「★」が、無機質なシステムを焼き切る熱となります。
次回、第66話「管理者降臨――世界を回すプログラム」
霧島 結衣でした。




