第63話: 浮遊大陸の正体――失われた旧世界の記憶
「……旦那様。本当に、あの高さまで行くおつもりなのですか?」
リリアーナが不安げに空を仰ぐ。
雲を突き抜け、遥か高みに浮かぶ黄金の大陸。そこからは、先ほどの使者が逃げ帰った「門」を通じて、地上の魔力を吸い上げるような不気味な吸引力が放たれていた。
帝国の騎士団や魔導師たちが「飛行船の準備を」と慌ただしく駆け回る中、ジークフリートはそれらを片手で制した。
「……船など待っていられるか。……リリアーナ、少し私の腕を強く掴んでいろ。……少しばかり、世界の重力を『黙らせる』」
「え……?」
ジークフリートが、リリアーナを左腕で抱き寄せ、右手を天へと向けた。
彼が指先を一度、強く弾く。
――ドォォォォォォォォォォン!!
大気が悲鳴を上げた。
ジークフリートの足元から、パレスの残骸を飲み込みながら、白銀の結晶が「垂直」に空へと伸びていく。それは階段というにはあまりに巨大な、天を衝く氷の巨塔。
天空の大陸から放たれる「迎撃の光線」が、その塔を壊そうと幾十にも降り注ぐが、ジークフリートは鼻で笑った。
「……私の前で、光り輝くなど不遜な。……凍れ。……光も、熱も、その傲慢な意思さえも」
ジークフリートが放つ冷気は、もはや単なる低温ではない。
それは万物の運動を強制的に停止させる「絶対の静寂」。
天空からの光は塔に触れた瞬間に結晶化し、逆に塔を補強する建材へと変えられていく。
「……行くぞ、エリアス。……遅れるなよ」
「……パパ、本気でこのまま空まで行くんだね。……いいよ、パパが道を凍らせるなら、僕はそこからママが寒くないように、焔の回廊を作ってあげる!」
エリアスがリリアーナの反対側に並び、黄金の焔を螺旋状に放つ。
ジークフリートの氷の塔を包み込むように、エリアスの焔が黄金の膜を作り、一家を乗せたまま、氷の塔は秒速で天空へと突き進んでいく。
雲海を突き抜け、気圧が急激に下がる高高度。
だが、ジークフリートの独占的な結界の中では、リリアーナの呼吸が乱れることさえ許されなかった。
「……ステラ。……聞こえるか」
エリアスに抱えられながら、必死に周囲を警戒していたステラが、震える声で答えた。
「……はい、エリアス様。……この大陸……精霊たちが、みんな同じ名前を呼んでいます。……『リリアーナ』……『リリアーナ』って。……まるで、ここが彼女の『部品』の貯蔵庫であるかのように……」
その言葉を聞いた瞬間、ジークフリートの瞳に昏い光が宿った。
氷の塔が、ついに黄金の大陸の外縁部へと突き刺さる。
衝撃と共に一行が降り立ったのは、雲の上に広がる、不自然なほどに手入れされた美しい結晶の街だった。
「……これは……」
リリアーナが絶句する。
そこに広がっていたのは、彼女が幼少期を過ごし、そして生贄として売られるまで幽閉されていた「中央教団の本部」と全く同じ景観だった。
建物の一つ一つ、噴水の形、さらには壁に刻まれた紋章に至るまで。
地上の教団が「神の導き」と称して模倣していたオリジナルの光景が、そこには不気味な静寂と共に保存されていた。
「……旦那様。……私、ここを知っています。……いえ、私の記憶にある場所そのものですわ」
「……模倣か。……それとも、ここが『原本』か」
ジークフリートが、地上の教団を一瞬で壊滅させた時の冷徹な瞳に戻る。
街の奥。
一際高く聳える「天空の神殿」から、先ほどの六枚羽の使者とは比較にならないほど巨大な、三つの魔力の波動が近づいてくる。
「……不具合品どもが、あろうことか聖域に土足で踏み入るとはな。……地上の王よ。……その『熱源』を返上せよ。……それは君たちが愛でるための女ではない。……この世界を循環させるための、単なるシステムの一部なのだ」
神殿の屋根に、三人の「評議会員」が姿を現した。
彼らは一様に、リリアーナと似た黄金の瞳を持ち、その背後には十二枚の透明な羽が展開されている。
「……返上だと? ……断る。……リリアーナは私のものだ。……システムの維持に必要な部品だと言うのなら、……そのシステムごと、永久に凍結させてやろう」
ジークフリートの大剣が、天空の太陽を遮るように掲げられた。
第63話、お読みいただきありがとうございました。
「船を待たずに氷の塔で空へ行く」。これぞジークフリート様クオリティですわね。
そして、天空に広がるリリアーナ様の「記憶と同じ街」。
彼女がなぜ地上に送られたのか、その不気味なシステムの一端が見え隠れし始めました。
* 「閣下、物理法則を無視して空まで道を凍らせるの、最強すぎて笑いました!」
* 「エリアス君の焔の回廊、ママへの気遣いとお父様への対抗心が混ざってて良いですね」
* 「天空の街が教団のコピー……。リリアーナ様、本当に『製造』された存在なのでしょうか……」
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次回、第64話「三人の審判者――神の理を否定せよ」
霧島 結衣でした。




