第62話: 翼をもがれた天使――地上の理を思い知れ
「……初期化だと? よく言った。その傲慢さ、嫌いではないぞ」
ジークフリートの周囲から、色が消えた。
彼が一歩踏み出すごとに、大気中の熱エネルギーが文字通り「消滅」し、地面には結晶という概念を超えた、黒い虚無の氷が広がっていく。
「下等種が……。我が聖なる光に触れることさえ、貴様の魂には過分な名誉だ!」
六枚の羽を持つ使者が黄金の槍を振るう。
放たれたのは、地上に存在するあらゆる闇を貫き、蒸発させるはずの「神罰の光」。だが、その光の奔流は、ジークフリートの目の前で奇妙な現象に襲われた。
――凍りついたのだ。
質量を持たないはずの光が、ジークフリートの掲げた左手によって、物理的な「光の礫」へと変えられ、パキパキと音を立てて足元に転がった。
「なっ……!? 光を凍らせただと!? ありえん、光は天上の理そのもの……! 地上の魔力が干渉できる次元ではないはずだ!」
「……理、理とうるさい。……私の前では、私の意志こそが唯一の理だ。……リリアーナを部品と呼んだその口、まずは凍らせてやろう」
ジークフリートの姿が、使者の視界から消えた。
次の瞬間、使者の背後に絶対的な「死」の気配が立つ。
「ガッ……!?」
使者の六枚の羽が、根元から真っ白な霜に覆われた。
ジークフリートの右手が、使者の黄金の防具を紙細工のように引き裂き、その白銀の羽を直接掴んでいた。
「……飛ぶための道具に過ぎぬなら、これほど多くはいらんだろう?」
「や、やめろ……! 我が羽は神の栄光の証、触れるだけで貴様の腕は焼き切れるはず――」
「……焼ける? ああ、これのことか」
ジークフリートの右腕から、リリアーナの黄金の熱が溢れ出し、使者の聖なる光を「捕食」し始める。
使者の羽はジークフリートの冷気で脆く結晶化し、リリアーナの熱でその魂との結合を断たれていく。
ベキッ、ベキィッ!!
生々しい、けれど氷が砕けるような硬質な音が響く。
使者の絶叫が帝都の空にこだました。
ジークフリートは無造作に、凍りついた三枚の羽を根元から引きちぎり、ゴミのように足元へ捨てた。
「ひ、ひぃぃ……! 我が、我が誇り高き翼が……!」
「パパ、すごい。……あんなに綺麗だった羽が、パパが触っただけでただの『汚い氷の塊』になっちゃった」
エリアスが冷ややかな視線で、地面でのたうち回る使者を見下ろす。
エリアスの手元でも、黄金の焔が使者の流した黄金の血に反応し、食欲をそそるようにパチパチと爆ぜていた。
「ステラ。あいつの『声』、まだ聞こえる?」
「……はい。……でも、もう威厳なんてありません。……『どうして地上の男に神の力が通じないのか』って、パニックになって喚いています」
ジークフリートは、残りの羽も凍りつかせようと手を伸ばしたが、使者は最後の力を振り絞り、自身の体を光の粒子へと変えて上空へと逃れようとした。
「……お、覚えていろ! 不具合品の王よ! 最高評議会が貴様の存在を『抹消対象』として認定した! 次に来るのは、天上の門を開く裁きの軍勢だ! この大陸ごと、灰にしてくれる!」
光の尾を引きながら、使者は遥か上空、黄金の浮遊大陸へと消えていった。
「……逃がしたのか、旦那様」
リリアーナが、心配そうにジークフリートの傍に駆け寄る。
ジークフリートは、汚れた右手を一瞬で凍結・破砕して「清掃」すると、再び元の美しい手でリリアーナの腰を抱き寄せた。
「……いい。……逃げた先に道があると思うな。……リリアーナ、彼らが君を『部品』と呼ぶなら、私はその工場ごと、この空から叩き落としてやるまでだ」
ジークフリートの視線の先、黄金の浮遊大陸を包む雲が割れ、巨大な「門」の輪郭がうっすらと見え始めていた。
「……エリアス。……空を飛ぶ準備をしておけ。……次は、こちらから『神の椅子』を奪いに行く」
「了解、パパ。……僕、あの羽の味、ちょっと気になってたんだよね」
一家の視線は、もはや地上にはなかった。
銀嶺の覇者は、今や天空の神々を獲物として見定めていた。
第62話、お読みいただきありがとうございました。
神の使いの翼をもぎ取るジークフリート様、まさに「独占欲の化身」ですわね!
自分の愛する人を「部品」呼ばわりした代償は、あまりにも重かったようです。
そして、エリアス君……羽を「美味しそう」と言うあたり、第3部での「神喰らい」の性質がより強化されていますわ。
* 「閣下、光を凍らせるとか……格好良すぎて震えます!」
* 「羽を三枚もぎ取る無慈悲さが、アイスベルク家の流儀ですね」
* 「最高評議会との全面戦争……次は一家で『カチコミ』に行くのでしょうか!?」
と感じてくださった方は、ぜひ【ブックマーク】の継続、そして第4部への熱い【評価】をお願いします!
皆様の応援が、一家を天空へと押し上げる翼となります。
次回、第63話「浮遊大陸の正体――失われた旧世界の記憶」
霧島 結衣でした。




