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第60話: 一万の祈り――アイスベルクに昇る真の太陽

「……ア、アァ……アァァ……ッ!!」


 巨大な闇の塊と化した「深淵の女神」が、一万の女たちの声を重ねて絶叫する。

 崩落したパレスの天井から吹き込む夜風さえも、その怨嗟に触れた端からどす黒く腐食していく。

 ジークフリートは左手一本で、崩れ落ちる数トンの瓦礫を氷の柱で支え、右腕でリリアーナを抱きしめていた。


「パパ! ママ! 出口が見つかったよ! 星の光を、精霊たちが繋いでくれたんだ!」


 瓦礫の山を駆け上がったエリアスが、パレスの最上部、空に開いた「穴」を指差す。

 そこには、ステラの祈りに呼応した数百万の小さな光の粒――原始の精霊たちが、天へと続く階段のように渦巻いていた。


「……あそこへ、あの子たちを帰してあげたいのです。……旦那様、私に貴方の冷たさを(・・・・・・)貸してください」


 リリアーナが、ジークフリートの胸元に手を添える。

 黄金の瞳がジークフリートの灰青色の瞳と重なった。


「……私の冷気は、死を強いるぞ。それでもいいのか?」


「いいえ。……貴方の氷は、永遠に美しさを保つ『守護』です。……私の熱で彼女たちの心を溶かし、貴方の氷で、その安らぎを永遠に封じ込める……二人でなら、あの子たちを『静かな眠り』へ導けますわ」


 ジークフリートは、リリアーナの意図を瞬時に理解した。

 彼は不敵に笑い、再構築された右腕をリリアーナの左手と重ね、共にかざした。


「……面白い。……世界を凍らせてきた私の魔力を、子守唄代わりに使わせるとはな。……エリアス! 火蓋を切れ!」


「任せて! 汚れは全部、僕が焼き払う!」


 エリアスが黄金の焔を爆発させ、深淵の女神の表面を覆うドロドロとした悪意の外殻を焼き剥がしていく。

 むき出しになった、一万人の少女たちの影。

 そこへ、ジークフリートとリリアーナの融合魔力が放たれた。


「……『銀嶺涅槃・黄金のアルジェント・ニルヴァーナ』」


 それは、攻撃魔法ではなかった。

 白銀の光が、雪のように優しく影たちを包み込み、リリアーナの熱がその凍えた孤独を解きほぐしていく。

 ジークフリートの魔力は、彼女たちの魂を「結晶化」させ、もはや誰にも侵されない、汚れなきクリスタルへと変えていった。


『……ぁ……ぁぁ……ぁたたかい……』


 一万人の声が、絶叫から溜息へと変わる。

 黒い泥だった女神の姿が、一瞬にして数万の「光り輝く蝶」へと弾け飛んだ。

 蝶たちはエリアスが示した星の階段を昇り、ステラが歌う精霊の歌に導かれながら、夜空の彼方へと消えていく。


 あとに残されたのは、崩れ落ちたパレスの残骸と――。

 そして、全ての闇を失い、霧散していく「偽リリアーナ」の影だけだった。


『……ふふ。……負けたわね。……一万人の絶望さえ、たった三人の『執着』に勝てないなんて……』


 偽リリアーナは、最後にリリアーナの顔をじっと見つめた。

 その瞳には、もはや悪意はなく、ただ鏡に映った自分を見るような寂しさだけが漂っていた。


『……でも、リリアーナ。……世界はまだ、貴方を放さない。……私という『影』が消えたなら、次は……真上から『光』が降ってくるわ。……せいぜい、その氷の男に守ってもらいなさい……』


 彼女が消えると同時に、空を覆っていた漆黒の雨雲が真っ二つに割れた。

 

 雲の隙間から差し込んだのは、朝焼けよりも眩しい、物理的な重みを持った「純白の光」。

 それは帝都を癒やす光ではなく、まるで「不浄なものを監視する目」のような冷徹な輝き。


「パパ。……あの光、空の向こうから来てる」


 エリアスが眉を顰める。

 ジークフリートは、リリアーナを抱き寄せたまま、空の彼方に現れた「異変」を凝視した。

 光の屈折が生んだ蜃気楼のように、遥か北の空の向こう側に、見たこともない「黄金の浮遊大陸」が浮かび上がっていた。


「……カエンの次は、空の神か。……どこまで行けば、私とリリアーナの時間を邪魔する者がいなくなるのだ」


 ジークフリートの右腕は、もはや透き通ってはいない。

 リリアーナの熱と、一万の魂を救った功績が、彼を「世界のシステム」さえもねじ伏せる真の王へと押し上げたのだ。


「……どこまでもですわ、旦那様。……貴方が私の手を引いてくださるなら、私は地獄でも、あの空の向こうでも付いて参ります」


「……ああ。……行くぞ、エリアス、ステラ。……次は、空ごと凍らせてくれる」


 アイスベルク帝国の夜が明ける。

 それは、一つの大陸の救済の終わり。

 そして、全世界を巻き込む「四大陸大戦」の、あまりにも壮大な幕開けだった。

第3部・帝国編、堂々の完結です!

一万人の魂を救い、真の聖域を築いたアイスベルク一家。

リリアーナ様が「救われる側」から「救う側」へ、ジークフリート様が「人間」から「理を超える王」へと進化した瞬間を、皆様と一緒に見届けることができて感無量ですわ!


* 「一万の蝶が昇っていくシーン、映像で見たいくらい美しかったです!」

* 「閣下の『次は空ごと凍らせる』宣言。これぞなろうの醍醐味、期待しかありません!」

* 「エリアス君とステラちゃんのコンビも、パパたちに負けないくらい頼もしくなりましたね」


と感じてくださった方は、ぜひ【総合評価】や【ブックマーク】をお願いします!

皆様の「★」が、次なる舞台、天空大陸へと一家を導く翼となります。


次回、第4部・第61話「天空の審判――羽を持つ者たちの傲慢」

霧島 結衣でした。

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