第59話: 崩壊する聖域――一万年の慟哭
轟音が、思考を塗り潰す。
アイスベルク帝国の誇りであった白銀の巨塔が、内側から爆ぜるようにして軋み、砕け始めていた。
「パパ! 床が消えるよ!」
エリアスが叫び、ステラの手を引いて崩落する床から飛び退く。
玉座の間の床下、そこには広大な「空洞」が存在していた。そこから溢れ出してきたのは、魔力というにはあまりに重く、汚濁した、数千年にわたる「絶望」の澱みだった。
『……寒い……あつい……たすけて……お母さん……』
無数の、透き通った少女たちの影が、怨嗟の声を上げながら吹き上がってくる。
それはかつて、この極北の地で「熱源」として消費され、骨も残さず消えていった歴代の聖女たちの残留思念。ジークフリートがパレスを建てる前から、この地の凍土に埋もれていた悲鳴の蓄積だ。
「……旦那様。あの子たちが……泣いています。私と同じ、あの日死んでいたはずの私たちが……!」
リリアーナは、崩れゆく玉座の端で、吹き上がる影に手を伸ばした。
彼女の黄金の魔力が影に触れるたび、少女たちの叫びが一瞬だけ安らぎに変わる。だが、その数はあまりにも多すぎた。
「……触れるな、リリアーナ! 呑まれるぞ!」
ジークフリートが、再構築された右腕でリリアーナの腰を強引に引き寄せた。
彼の魔力は今、リリアーナから分け与えられた「熱」によって黄金の輝きを帯びている。だが、パレスそのものが崩壊し、大陸の基盤が揺らいでいる今、個人の武力では止められない破壊が進行していた。
『あはははは! 素敵だわ、この響き! 救われなかった一万人の孤独が、ようやくこの世界を道連れにするのよ!』
偽リリアーナが、崩落する瓦礫の上を軽やかに舞いながら、溢れ出す影を自らの体に吸い込んでいく。
彼女の姿が、影を取り込むたびに巨大化し、その美貌は凄惨な神々しさを帯びていく。
「……ステラ! 民を連れてパレスの外へ出ろ! ブリギッテ、騎士団を指揮して避難を急がせなさい!」
ジークフリートが鋭く命じる。
ブリギッテは血の滲む唇を噛み締めながら、一礼して背を向けた。
「閣下……! 後のことはお任せください。どうか……どうか、ご無事で!」
「エリアス! お前も行け! ここからは、大人の後始末だ」
「嫌だと言ったら!?」
エリアスが黄金の焔を爆発させ、ジークフリートの隣に並ぶ。
「……パパ、ママ。僕はこの帝国の皇太子だよ。……過去の悲鳴に飲み込まれて終わるような、そんな弱い国の王になるつもりはない」
エリアスはステラを一瞥した。ステラは震えながらも、しっかりと頷いた。
「エリアス様……私は、精霊たちの『出口』を探します。……この怨念を、ただの破壊ではなく、空へ返すための道を!」
「……生意気な息子だ。いいだろう、ステラを連れて行け。……ただし、死ぬことは許さん」
ジークフリートが左手で空中に巨大な氷の円陣を描く。
崩落するパレスを無理やり固定し、避難の時間を稼ぐための文字通りの「人柱」となる。
「……さあ、リリアーナ。……君が望むなら、この一万人の影ごと、私が抱きしめて凍らせてやろう。……君一人が、この罪を背負う必要はない」
「……いいえ、旦那様。……凍らせるのではなく、溶かしてあげたいのです。……私が手に入れたこの幸せが、彼女たちの犠牲の上にあるのなら……私は、この熱を使って、彼女たちを救い出します」
リリアーナの瞳が、これまでにないほど眩い黄金の光を放った。
彼女の背後に、太陽の女神の輪郭を模した「真の覚醒」の翼が広がる。
だが、そのリリアーナの前に、一万人の影を統合した巨大な異形――「深淵の女神」と化した偽リリアーナが、天を突く巨体となって立ちふさがった。
『……無駄よ。……救いなど、どこにもない。……あるのは、永遠に続く冷たい暗闇だけ……!』
パレスの天井が完全に崩落し、外の漆黒の空が見えた。
そこには、帝都を飲み込もうとするほど巨大な影の渦が巻いていた。
一万人の聖女の怨念、そして崩壊する帝国……。
かつてない絶望的な状況ですが、エリアス様とステラちゃんの成長、そしてリリアーナ様の「過去を救う」という決意が熱いですわ!
閣下が「人柱」となって家族を支える姿も、もはや真の英雄そのもの。
* 「一万人の怨念って、リリアーナ様が今まで一人で背負っていたかもしれない重さ……切なすぎます」
* 「エリアス君が皇太子としての自覚を持って戦うシーン、鳥肌が立ちました!」
* 「パレス崩壊という大ピンチ。ここからの大逆転劇に期待しかありません!」
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次回、第60話「一万の祈り――アイスベルクに昇る真の太陽」
霧島 結衣でした。




