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第58話: 凍りついた愛の正体――利用か、それとも

玉座の間に、重苦しい沈黙が降り積もる。

 天井から滴る漆黒の雨が、床に広がる白銀の紋章を汚していく音だけが、無慈悲に響いていた。


 ジークフリートを抱きしめていたリリアーナの指先が、微かに震える。

 彼女を見下ろす偽リリアーナの瞳には、勝利を確信した醜悪な悦悦が浮かんでいた。


『さあ、言いなさいよ、ジークフリート。……この子が「リリアーナ」だから手元に置いたのではないと。……歴代で最も燃え効率の良い「燃料」だったから、他の誰にも渡したくなかったのだと!』


「……黙れと言ったはずだ」


 ジークフリートの声は掠れ、その右肩からは白銀の火花が散っていた。

 実体を失い、透き通っていくその体は、もはや彼自身の魔力さえも維持できなくなりつつある。


「……リリアーナ。……嘘を吐くつもりはない。……始まりは、確かにそうだった」


 ジークフリートが、初めてリリアーナから視線を逸らした。

 皇帝として、神をも畏れぬ独裁者として君臨してきた男が、一人の女性の前で、惨めに肩を震わせている。


「……私の氷は、この地の呪いを抑えるために、常に膨大な熱を必要としていた。……教団が聖女を競売にかけると聞き、私は『最高のスペア』を手に入れるつもりで、あの地下室へ向かった。……君を買い取ったあの日、私の心に、愛など一欠片もなかった」


「パパ……嘘だよ、そんなの……っ」


 エリアスが叫ぶが、ジークフリートはそれを遮るように首を振った。

 

「……エリアス、それが真実だ。……私は、自分の利便のために君の母を買い、この冷たい城に閉じ込めた。……偽物の言う通りだ。私は、君たちが思っているような、高潔な父親ではない」


 リリアーナの頬を、一筋の涙が伝い落ちる。

 偽リリアーナが、狂喜に満ちた声を上げた。


『あはははは! 見なさい! これが貴方の愛した男の正体よ! 貴方はただの道具! 10年間、優しく抱かれていたのは、熱を逃がさないためのメンテナンスに過ぎなかったのよ!』


 リリアーナは、俯いたまま動かない。

 ジークフリートは、彼女が自分を拒絶し、この腕から離れていくことを覚悟した。

 その瞬間、世界が崩壊しても構わないとさえ思った。


 だが。


「……旦那様」


 リリアーナが、そっとジークフリートの頬に手を触れた。

 消え入りそうな、熱を失いかけた彼の肌に、彼女の指先から、眩いばかりの黄金の熱が流れ込む。


「……リリアーナ……?」


「……知っていましたわ。……いえ、薄々、気づいておりました」


 リリアーナは、涙を湛えながらも、世界で一番美しい微笑みをジークフリートに向けた。


「……あの日、地下室で私を抱き上げた貴方の手は、今よりずっと冷たくて……瞳には、何の感情も映っていませんでしたもの。……『便利な道具を手に入れた』。……貴方の体から、そんな冷徹な魔力が伝わってきていましたわ」


「……分かっていて、なぜ……」


「……その後、貴方が私にくださった10年間が、嘘ではなかったからです」


 リリアーナは、ジークフリートの透き通る右手を両手で包み込み、自分の胸元へと引き寄せた。


「……始まりが利用でも、契約でも、構いません。……貴方は私のために、冬薔薇を咲かせてくれました。……エリアスという、かけがえのない宝物をくれました。……そして今、私の宿命を書き換えるために、貴方の存在そのものを削ってまで、私を繋ぎ止めてくれている……」


 リリアーナの背後から、かつてないほど純度の高い黄金の光が溢れ出す。

 それは生贄としての燃焼ではない。ジークフリートへの愛に呼応し、自らを生み出し続ける、無限の熱源。


「……旦那様。……私を利用してくださって、ありがとうございます。……お陰で私は、貴方の妻になれました。……貴方の愛を、独占することができました」


「リリアーナ……君は……」


「……さあ、旦那様。……私の一部を、もっと持っていってください。……貴方の右腕が消えるというなら、私の熱を骨にして、貴方の存在を焼き付けてあげますわ」


 ドォォォォォォォォォォン!!


 リリアーナの魔力がジークフリートの体内に流れ込み、透き通っていた彼の右半身が、黄金の脈動を伴って再構築されていく。

 世界のことわりが命じる「消滅」を、リリアーナの「執着」が力ずくで上書きしていく。


『……っ、な、なに!? 魂の融合……!? 利用されていたと知って、なぜ、より深く結びつけるというの!? 貴方たちは狂っているわ!!』


 偽リリアーナが、顔を歪ませて叫ぶ。

 

「……ああ、狂っているとも」


 ジークフリートが、リリアーナを抱きしめたまま、不敵に笑った。

 再構築された彼の右手には、白銀の冷気と黄金の熱が混ざり合った、異形の魔剣が握られていた。


「……利用し、利用される。……奪い、奪われる。……それが夫婦ふたりの形だと言うなら、私は喜んで地獄まで付き合おう。……さあ、エリアス! 立っていろ! 私たちの『家』から、この塵を追い出すぞ!」


「……うん! パパ、ママ……最高にかっこいいよ!!」


 家族三人が、玉座の前で一つになる。

 

 絶望を喰らい、嘘を愛に変えた一家の前に、もはや深淵の闇など無力に等しかった。

 だが、追い詰められた偽リリアーナは、玉座の影に潜ませていた「最後の仕掛け」を起動させる。


『……いいわ……。なら、このパレスに眠る一万人の聖女の怨念と共に、この帝国ごと、消えなさい!!』


 パレスの床が、凄まじい轟音と共に崩落を始めた。

第58話、お読みいただきありがとうございました。

「利用してくれてありがとう」。リリアーナ様の、なんと深く、そして重い愛……!

始まりが純粋でなかったとしても、積み上げた10年がそれを真実に変える。

ジークフリート様の弱さを、リリアーナ様が最強の熱で包み込む逆転劇に、私も胸が熱くなりました。


* 「リリアーナ様、聖女を超えてもはや『神の伴侶』としての器ですね!」

* 「閣下の告白に、隠し事のない絆が生まれて……不器用な愛に涙が出ます」

* 「エリアス君が両親を見て誇らしげなのが、本当に救われますわ」


と感じてくださった方は、ぜひ【ブックマーク】の継続、そして第3部への熱い【評価】をお願いします!

皆様の「★」が、崩壊を始めたパレスを支える礎となります。


次回、第59話「崩壊する聖域――一万年の慟哭」

霧島 結衣でした。

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