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第57話: 玉座の影――失われた記憶の断片

「……邪魔だ。そこをどけ、泥人形ども」


 漆黒の雨に濡れるパレスの回廊。

 ジークフリートの冷徹な声が、凍りついた空気を震わせた。

 彼の右半身は、もはや向こう側の景色が透けて見えるほどに希薄化している。だが、左手に握られた白銀の魔剣は、主の執念を吸い取って凶悪なまでの光を放っていた。


 彼らの行く手を阻むのは、漆黒の雨から生まれた「影の騎士」たち。

 その鎧の隙間からは、かつてリリアーナが耳にした「啜り泣き」が漏れ出している。それは、リリアーナ以前に、この大陸の「熱源」として使い潰されてきた歴代聖女たちの、執念の残滓だった。


「パパ。……ここは僕がやる。パパは、その力をママを守るためだけに取っておいて」


 エリアスがジークフリートの前に進み出た。

 十五歳の少年の背中が、かつてないほど大きく見える。

 エリアスは背中に下げた黄金の細剣を引き抜くと、自分の指先をその刃で薄く切った。滴り落ちたのは、人間のものではない、白銀と黄金が混ざり合った「神の血」だ。


「……ステラ。僕の焔が道を拓く。君はママの耳を塞いでいて。……聞かせちゃいけない声が、多すぎる」


「……はい、エリアス様」


 ステラがリリアーナを抱きしめるようにして寄り添う。

 次の瞬間、エリアスの魔力が爆発した。


「焼き尽くせ……『獅子の揺籃レオ・ブライト』!」


 エリアスの足元から、文字通りの「黄金の海」が溢れ出した。

 ジークフリートの氷が「静止」を強いるなら、エリアスの焔は「浄化」を強いる。影の騎士たちは、エリアスの焔に触れた瞬間、苦悶の叫びを上げて蒸発していった。それは殺戮ではなく、永い呪縛からの解放に近い輝きだった。


「……行ったね。パパ、ママ……今だ!」


 エリアスが切り拓いた光の道を、ジークフリートはリリアーナを左腕で抱きかかえ、一気に駆け抜けた。

 

 辿り着いたのは、かつて建国を宣言した、あの玉座の間。

 だが、そこはもはや白銀の輝きを失い、どす黒い蔓と「肉」の塊が脈打つ、異形の祭壇と化していた。


 そして、その玉座には。

 リリアーナと全く同じ顔をした「彼女」が、ジークフリートの宝冠を弄びながら座っていた。


『おかえりなさい。……遅かったわね、アイスベルクの王様ジークフリート。……そして、温かい方の私』


 偽リリアーナが、くすくすと笑いながら玉座から立ち上がる。

 彼女の足元には、パレスの地下深くへと続く魔力の奔流が、黒い血管のように浮き出ていた。


「……その椅子から降りろ。……そこは、お前のような虚無が座っていい場所ではない」


 ジークフリートが剣を向ける。

 だが、偽リリアーナは怯えるどころか、憐れむような瞳でジークフリートを見つめた。


『ねえ、リリアーナ。……貴方は知っているのかしら? ……この「クリスタル・パレス」が、なぜこの極北の地に建てられたのか。……そして、なぜ冷酷無比だったこの男が、わざわざ君を「生贄」として買い取ったのか』


「……それは……」


 リリアーナの脳裏に、断片的な記憶がフラッシュバックする。

 教団の地下室。冷たい鎖。そして、自分を迎えに来たジークフリートの、あの氷のような瞳。


『彼はね、知っていたのよ。……この地の地下には、歴代の聖女たちが燃え尽きた後に残した「冷たい殻(ルビ:死の魔力)」が眠っていることを。……そして、それらを抑え込むための「最強の鍵」が必要だったことを』


 偽リリアーナが、パレスの床を強く踏み鳴らす。

 

『ジークフリートが貴方を愛したのは、君がリリアーナだったからじゃない。……君が、歴代で最も優れた「電池(ルビ:熱源)」だったから。……この地を凍てつかせ、自分の氷の魔力を維持するための、燃料として最適だったからよ!』


「……黙れと言っている」


 ジークフリートの声が、低く、震えていた。

 彼の透き通った右肩から、さらなる亀裂が走る。


『あら、図星かしら? ……貴方が君を独占したがったのは、君を失えば自分の魔力が底を突き、この帝国がただの氷山に戻ってしまうから。……そうでしょう? アイスベルク公爵・・・・


 リリアーナは、ジークフリートの横顔を見た。

 彼は否定しなかった。

 ただ、リリアーナを抱く左腕に、痛いほどの力が込められていた。


「……旦那様……?」


 リリアーナの震える声に、ジークフリートは答えられない。

 

 愛の始まりは、確かに「利用」だったのかもしれない。

 だが、その冷たい真実が、いま、覚醒したリリアーナの心に、これまで以上の深い亀裂を生もうとしていた。

第57話、お読みいただきありがとうございました。

エリアス君の圧倒的な成長カタルシスから一転、突きつけられた「パレスの真実」。

ジークフリート様の愛の始まりは、本当にただの「利用」だったのでしょうか……。

偽リリアーナが揺さぶる「家族の根源」への疑念。物語は、最も残酷な問いをリリアーナ様に投げかけます。


* 「エリアス君の焔の浄化、パパとは違う強さがあって震えました!」

* 「閣下が黙り込んだのが切ない……出会いの動機がどうあれ、今の愛は本物だと信じたいです」

* 「偽リリアーナ、心を折りに来るのが本当に上手くて憎たらしい……!」


と感じてくださった方は、ぜひ【ブックマーク】の継続、そして第3部への熱い【評価】をお願いします!

皆様の「★」が、嘘と真実の間に揺れるリリアーナ様の心を支える光となります。


次回、第58話「凍りついた愛の正体――利用か、それとも」

霧島 結衣でした。

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