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第53話: 女神の器――リリアーナ、覚醒の予兆

「……あ、あ、ああああッ!!」


 リリアーナが胸を押さえ、その場に崩れ落ちた。

 心臓の奥底、これまで自分を支えてきた「温もり」の源が、真っ赤に熱した鉄を押し当てられたかのような激痛に変わる。


「リリアーナ! しっかりしろ、リリアーナ!!」


 ジークフリートの叫びが、遠い霧の向こうから聞こえる。

 彼はなりふり構わず彼女を抱き上げ、自身の絶対零度の魔力を流し込んでその熱を抑えようとした。だが、彼の氷さえも、リリアーナから溢れ出す「熱」の前では、触れるそばから蒸発していく。


『無駄よ、死を纏う皇帝ジークフリート。……その子の心臓は、世界の終わりを先延ばしにするための薪。……燃え尽き、灰になるのが唯一の存在理由なの』


 偽リリアーナが、暗い歓喜に瞳を濡らして、リリアーナへと手を伸ばす。


『さあ、苦しいでしょう? その熱を私に預けて。……深淵の冷たさだけが、あなたを焼き尽くす運命から救えるのよ』


 視界が白く染まっていく中、リリアーナは自らの内側にある「意識の深淵」へと沈んでいった。

 そこは、果てしなく広がる黄金の海。

 中心には、冷酷なまでに美しい「太陽の女神」の虚像が鎮座し、リリアーナを見下ろしていた。


『愛を知り、個を得てしまった不完全な器よ。……お前の役目は、その熱を私に返し、世界を一時いっときだけ温めること。……それ以外の望みなど、贅沢なノイズに過ぎない』


 女神の声は、どこまでも無機質だった。

 リリアーナのこれまでの努力、ジークフリートと歩んだ日々、エリアスの成長への喜び――そのすべてを「ノイズ」と切り捨てられ、リリアーナの魂が折れかかる。


 ――私は、ただの燃料だったの……?

 ――この熱が消えたら、私は……旦那様の隣にいられなくなる……?


 その時、暗闇を切り裂くように、力強く、どこまでも独占的な「声」が響いた。


「……リリアーナ、聞こえるか。……お前が神の薪だろうが、世界の電池だろうが、そんなことは知ったことではない」


 ジークフリートの魔力が、魂の奥底まで染み込んでくる。

 それは、彼女を凍らせるための拒絶ではなく、暴走する熱を優しく包み込み、「器」という形を繋ぎ止めるための、あまりにも重い愛の鎖。


「……私の許可なく、勝手に燃え尽きるな。……神が君を使い潰すというのなら、私がその神の喉元を凍らせて黙らせてやる。……君の熱は、私とエリアスの、たった二人のための太陽だ」


 リリアーナの瞼の裏に、ジークフリートの不器用で真っ直ぐな瞳が、そして不安そうに自分を呼ぶエリアスの顔が浮かぶ。


 ――ああ、そうです。

 ――私は、女神のために燃えるのではない。


 リリアーナの瞳が、カッと見開かれた。

 琥珀色だったその瞳は、今や純度の高い黄金の光を放ち、周囲の闇を物理的に押し返していく。


「……お断り……します」


 リリアーナが、掠れた、けれど力強い声で告げた。

 

「……私は、あなたの電池にはなりません。……私は、ジークフリート様の妻。……エリアスの母。……この熱は、私たちが共に生きるための『ともしび』です!」


 ドォォォォォォォォォォン!!


 リリアーナの心臓から、破壊的なまでの黄金の衝撃波が放たれた。

 それは深淵の闇を焼き払い、迫り来る偽リリアーナの触手を、灰さえ残さず蒸発させる。

 

 消費されるはずの魔力が、リリアーナの強い「意志」によって、自らを生み出す循環サイクルへと書き換えられたのだ。


『……っ、あ、ありえない!? 生贄の器が、女神の理を拒絶して……「自律する熱源」へと変異したというの!?』


 偽リリアーナが顔を歪め、初めて恐怖を露わにして後ずさる。

 覚醒したリリアーナの周囲には、黄金の冬薔薇が次々と咲き乱れ、ジークフリートの氷と複雑に絡み合いながら、不落の城壁を再構築していく。


「……エリアス、ステラ! ママのに合わせなさい!」


「わかった、ママ! ……パパ、ママが怒ると、あんなにすごくなるんだね!」


 エリアスがパパの横に並び、リリアーナの黄金の風に乗せて自らの焔を解き放つ。

 

 光の濁流に飲まれ、霧散していく偽リリアーナ。彼女は消えゆく直前、呪いのような笑みをリリアーナに向けた。


『……ふふ。……今は退いてあげるわ。……でも、覚えておきなさい。……器を「個」へと書き換えた代償は、必ずそのジークフリートが支払うことになるわ。……さあ、いつまでその愛が、神の怒りに耐えられるかしらね……』


 霧が晴れ、静寂が戻ったバルコニー。

 

「……リリアーナ」


 ジークフリートが、力なく膝をついたリリアーナを再び抱きとめる。

 リリアーナの瞳は元の琥珀色に戻っていたが、その瞳孔の奥には、消えない黄金の紋章が刻まれていた。


「……旦那様……。私……」


「……何も言うな。……お前はお前だ。……よくやった、私の誇り高き皇后よ」


 ジークフリートは彼女を壊れ物を扱うように抱きしめたが、その瞳は、偽物が残した「代償」という言葉への、暗い予感に揺れていた。

第53話、リリアーナ様の「運命への反逆」……まさに覚醒回でした!

「薪」であることを拒み、自分の意志で燃えることを選んだ彼女。その強さは、ジークフリート様の愛があったからこそですわね。

しかし、神の理を書き換えた代償……。不穏な伏線が、家族の絆をさらに試すことになりそうです。


* 「リリアーナ様、ついに自分で神を拒絶した! カタルシスがすごい!」

* 「閣下の『神の喉元を凍らせる』宣言、これぞアイスベルクの王!」

* 「エリアス君、ママの覚醒にびっくりしつつも楽しそうなのが大物感ありますわ」


と感じてくださった方は、ぜひ【ブックマーク】の継続、そして第3部への熱い【評価】をお願いします!

皆様の応援が、神の怒りさえも凍らせる盾となります。


次回、第54話「代償の兆し――凍てつかない右腕」

霧島 結衣でした。

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