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第52話: 概念上書き――凍てつく愛は闇を許さない

視界が、漆黒に塗り潰されていく。

 ジークフリートがリリアーナを守るために築き上げた「白銀の聖域」が、目の前に立つ「もう一人のリリアーナ」の指先一つで、禍々しい闇の檻へと変貌していく。


「……私の力が、私を拒絶している……?」


 ジークフリートの低い呟き。

 彼の手から放たれる氷の魔力は、空間に定着する前に闇に吸い込まれ、リリアーナを締め上げる鎖へと書き換えられていく。物理的な攻撃ではない。これは「所有権」の奪い合いだ。


『無駄よ、ジークフリート。……この世界(大陸)の理は、もともと私たちが用意した苗床。……あなたの冷気は、彼女のひかりをより輝かせるための「背景」に過ぎないの』


 偽リリアーナが、リリアーナと同じ声で、慈しむように嘲笑う。


『さあ、温かい方のリリアーナ。……その男の手を放しなさい。冷たいだけの器に、あなたの価値は分からない。……あなたは深淵の底で、永遠に「神の熱源」として祀られるべき存在なのよ』


 リリアーナの足元から黒い冬薔薇の棘が伸び、彼女の細い足首に絡みつこうとする。

 リリアーナは、自分の内側にある黄金の熱が、目の前の「闇」を拒んでいないことに気づき、戦慄した。

 まるで、光と影が一つに溶け合おうとするような、根源的な誘惑。


「……私は……私は、どこの……誰……?」


 リリアーナの瞳から光が消えかかる。

 その時。


 ドォォォォォォォォン!!


 耳を裂くような、強烈な結氷音がパレスを震わせた。


「……リリアーナ、私の瞳を見ろ。余計なの声に耳を貸すな」


 ジークフリートの力強い腕が、リリアーナの肩を強引に抱き寄せ、その顔を自分の方へと向けさせた。

 彼の灰青色の瞳には、動揺など微塵もなかった。あるのは、狂おしいほどの意志と、天をも恐れぬ不遜な独占欲だけだ。


「……お前が、深淵の化身だろうが、神の片割れだろうが、そんなことはどうでもいい。……私の前で、私の許可なく、自分の存在を疑うな」


「……旦那……様……?」


「……いいか。……君が誰であるかを決めるのは、神でも深淵でもない。……この私だ。……私が、君を『リリアーナ・フォン・アイスベルク』と名付け、私の妻にすると決めた。……ならばお前の魂の一欠片、細胞の一粒まで、所有権は私にある」


 ジークフリートの周囲から、これまでとは比較にならないほど濃密な、極光オーロラを帯びた魔力が溢れ出した。

 それは「熱を奪う氷」ではない。「世界そのものを上書きする自意識」の奔流だ。


「……我が結界を奪ったつもりか? 笑わせるな。……私の愛は、その程度の闇に塗り潰せるほど、薄っぺらではないぞ」


 ジークフリートが虚空を握りしめると、漆黒に染まっていたパレスの壁が、一瞬にして「白銀を超えた輝き」を取り戻した。

 いや、それだけではない。

 偽リリアーナが広げた闇の霧さえも、ジークフリートの魔力が強制的に凍結させ、彼女の足場ごと粉々に砕いていく。


『……っ、な……に!? 概念を……書き換えたというの!? ただの人間の執着心が、深淵の理をねじ伏せるなんて……!』


「……執着などという言葉で片付けるな。……これは、私の『存在理由』だ」


 ジークフリートはリリアーナの額に、誓いを刻むような激しい口づけを落とした。

 

「パパ……! かっこよすぎるよ……!」


 エリアスが黄金の炎を手に、パパの背中を頼もしそうに見上げる。

 ジークフリートの言葉によって、リリアーナの心に宿っていた不安は、雪解けのように消え去っていた。

 

 自分が何者かなんて、もうどうでもいい。

 この人が「私」を必要とし、「私」を自分のものだと言ってくれる。

 その事実だけで、リリアーナは神さえも焼き尽くす太陽になれるのだ。


「……リリアーナ。……さあ、偽物がらくたの掃除をしよう」


 ジークフリートが大剣を偽リリアーナに向ける。

 だが、霧の中から立ち上がった偽リリアーナは、口元に凄惨な笑みを浮かべていた。


『……ふふ。……いいわ。……そこまで言うなら、教えてあげる。……リリアーナ。……あなたが「聖女」として崇められた本当の理由を。……教団があなたを捨て、私たちがあなたを拾おうとしている理由を』


「……黙れと言っている」


『……あなたは、ただの聖女じゃない。……この世界が寿命を迎えた時、自らを薪にして焼き尽くす「最後の生贄」……。……太陽の女神の、使い捨ての心臓(ルビ:バッテリー)なのよ』


 その言葉が放たれた瞬間、リリアーナの胸の奥で、かつてないほどの激痛が走った。

ジークフリート様の「俺様理論」による概念上書き、しびれましたわね!

「お前の名前を決めるのは俺だ」という、究極の溺愛。これこそが、リリアーナ様にとっての最強の救いです。

しかし、偽物が告げた「使い捨ての心臓」という不穏な言葉……。リリアーナ様の本当の宿命が見え隠れし始めました。


* 「閣下、かっこよすぎて語彙力が消えました。所有権主張、最高です!」

* 「リリアーナ様が自信を取り戻した瞬間、魔力が跳ね上がった……!」

* 「太陽の女神の使い捨ての心臓って……教団、やっぱり許せませんわ!」


と感じてくださった方は、ぜひ【ブックマーク】の継続、そして第3部への熱い【評価】をお願いします!

皆様の応援が、残酷な宿命を凍らせる力となります。


次回、第53話「女神の器――リリアーナ、覚醒の予兆」

霧島 結衣でした。

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