第50話: 深淵の触手――凍てついた海を朱に染めて
衝撃波がパレスの窓をことごとく粉砕し、白銀の破片がリリアーナの足元に降り注ぐ。
視界を埋め尽くすのは、月を覆い隠さんとする巨大な「肉」の塊。海から突き出した数千本の触手が、ジークフリートが築いた絶対防壁を腐食させながら、意志を持つ泥のように這い上がってくる。
「……汚らわしい。我が庭を土足で汚す、その無作法……死を以てしても贖えんぞ」
ジークフリートの灰青色の瞳が白銀の光を放ち、周囲の空気が瞬時に結晶化する。彼が右手を一振りすれば、大陸の半分を沈められるほどの極寒の刃が放たれるはずだった。
だが、放たれた氷の刃は、触手に触れた瞬間に「音」を失い、霧散した。
「パパ! 効いてないよ! あいつら、パパの冷気ごと『エネルギー』として食べてるんだ!」
エリアスが叫び、黄金の焔を纏ってリリアーナの前に躍り出る。
ジークフリートの氷は、熱を奪うことで「静止」させる力。しかし、この深淵の軍勢は、その奪い取るというプロセスそのものを喰らい、活動力に変換しているのだ。
「……くっ、魔力という概念が存在しない相手か。……リリアーナ、下がっていなさい。ここからは私の領分だ」
「いいえ、旦那様! 私の光を使ってください。あの子たちは、命の熱に飢えているのです。ならば、その飢えを焼き切るほどの光を――」
「駄目だ! 君の熱を消費させるわけにはいかない」
ジークフリートの過保護が、この期に及んで判断を鈍らせる。その隙を見逃さず、一本の巨大な触手が、鎌首をもたげるようにしてバルコニーへと迫った。
「パパ、意地を張らないで! ママを守るのは、パパ一人じゃない。僕の半分は、パパでできてるんでしょ!?」
エリアスが叫びながら、ジークフリートの右手を強引に掴んだ。
瞬間、二人の魔力が、拒絶することなく混ざり合う。
ジークフリートの凍てついた絶対零度の魔力。そこに、エリアスの「凍らない焔」が着火剤として放り込まれた。
「……何をする、エリアス」
「パパの氷に、僕の熱を封じ込めるんだ。……『凍りながら燃え続ける』、あいつらが一生食べきれないご馳走(地獄)をプレゼントしてあげる!」
ジークフリートは息子の瞳の中に、かつての自分にはなかった「無邪気なまでの破壊の才能」を見た。
彼はフッと口角を上げ、自らの魔力制御を一部、エリアスへと明け渡す。
「……いいだろう。……やってみせろ、アイスベルクの獅子よ」
親子の魔力が限界を超えて共鳴し、パレスを中心に巨大な光の柱が天を突いた。
ジークフリートが虚空を握りしめると、そこには白銀の氷でできた巨大な剣が出現し、その刀身の内部で、エリアスの黄金の焔が核分裂のような激しさで渦を巻く。
「食らえ……! 『絶氷・太陽落とし(グラキエス・ソリス)』!!」
二人が同時に虚空を振り抜く。
放たれたのは、氷の礫ではない。触れるものを凍らせながら、内側から太陽の熱で爆発させる、物理法則を無視した「熱冷の嵐」。
ドォォォォォォォォォォン!!
朱に染まった海が、一瞬で蒸発し、同時に巨大な結晶の華へと変貌した。
深淵の触手たちは、ジークフリートの冷気で動きを止められた直後、体内に侵入したエリアスの焔によって細胞一つ一つが爆破され、再生の余地もなく消滅していく。
静寂が、戦場を支配した。
だが、勝ち誇る間もなかった。
砕け散った「肉」の破片。その一欠片が、ステラの足元でピクリと動いた。
『……ア……ア……リリア……ーナ……』
それは、喉を潰されたような、不気味な「声」だった。
エリアスが即座にそれを踏み潰したが、その場にいた全員の背筋に、氷のような戦慄が走る。
「……今、私の名を呼んだ……?」
リリアーナが蒼白な顔で呟く。
ジークフリートは彼女を抱き寄せ、海の向こうに広がる、まだ消えない無数の影を睨みつけた。
「……ただの魔物ではない。……ステラ、預言の続きを言え。この深淵の底に、何が潜んでいる」
「……分かりません。でも……精霊たちが、泣いています。……『懐かしい光が、自分たちを殺しに来る』と……」
祝祭のような50話の夜は、最悪の謎を家族に突きつけたまま、終わることなく続いていた。
第50話、記念すべき節目にふさわしい、親子合体奥義の炸裂でした!
パパの「静止」と息子の「破壊」。これこそが、アイスベルク帝国の真の武力ですわね。
しかし、敵がリリアーナ様の名前を呼んだ……。これはただの侵略ではないようです。
* 「絶氷・太陽落とし、ネーミングも威力も最強すぎる!」
* 「閣下がエリアス君に制御を任せた瞬間、感動しちゃいましたわ」
* 「リリアーナ様を『懐かしい光』と呼ぶ敵……彼女の出生の秘密に関係が……?」
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次回、第51話「深淵の主――鏡合わせの聖女」
霧島 結衣でした。




