第37話: 「パパを助けるのは僕だ」――小さな英雄の旅立ち
視界が、白銀の闇に染まる。
リリアーナの接吻を媒介にして、エリアスの意識はジークフリートの精神の深淵へと潜り込んでいた。
そこは、果てしなく続く凍てついた湖の底。
音もなく、光もなく、ただ絶望的な「静止」だけが支配する世界。
「……パパ? パパ、どこー!?」
エリアスが叫ぶと、彼の足元から黄金の波紋が広がり、周囲の氷をパチパチと溶かしていく。
湖の中央、巨大な氷の結晶の中に、一人の少年が膝を抱えて座っていた。
それは、五歳の頃のジークフリート様。
誰からも愛されず、呪われた子として地下室に閉じ込められていた、孤独の象徴。
その少年の背後には、巨大な氷神ユミルの影が、無数の鎖となって彼を縛り付けていた。
『……無駄だ。……この器は、自ら孤独を望んだ。……愛などという、いつか消える温もりを彼は信じていない……』
ユミルの声が響く。少年のジークフリートは、死んだような目で虚空を見つめ、何重にも重なる氷の殻の中に閉じこもっていた。
「パパ! 見つけたよ!」
エリアスが少年に駆け寄る。だが、ユミルの放つ絶対零度の風がエリアスを押し返そうとする。
エリアスの頬が凍りつき、服が白く染まる。それでも、彼は笑っていた。
「パパ、そんなところで何してるの? お外はもう春だよ! ママが美味しいクッキー焼いて待ってるんだよ!」
『……聞こえぬ。……彼はもはや、死の一部……』
「うるさい、あっち行って! パパは僕と遊ぶんだから!」
エリアスが叫んだ瞬間、彼の小さな掌から、今まで見たこともないほど巨大な『凍らない焔』が爆発した。
それは熱いというより、「明るい」光だった。
ジークフリートが一生かけて積み上げてきた絶望の壁を、エリアスの無邪気な一歩が、軽々と踏み越えていく。
「ねえ、パパ。……僕、パパにそっくりだってママが言ってたよ。……だから、パパが泣いてるのは、僕が泣いてるのと同じなんだよ」
エリアスは、氷の殻を素手で溶かし、中の少年の手をギュッと握りしめた。
「パパのママ(・・・・)は優しくなかったかもしれないけど。……僕のママは、世界で一番温かいんだよ。……だから、半分こしよ?」
少年のジークフリートが、ゆっくりと顔を上げた。
彼の灰青色の瞳に、初めてエリアスの姿が映る。
「……半分、こ……?」
「うん! パパの半分は僕で、僕の半分はパパなんだから! 一緒にママのところに帰ろう!」
エリアスの温もりが、少年の冷え切った心臓に直接流れ込む。
その瞬間、背後のユミルの影が「ぎゃあああッ!」と断末魔のような叫びを上げて霧散した。
神の呪縛よりも、我が子の「半分こ」という無邪気な愛の方が、アイスベルクの王にとっては強固な真実だったのだ。
◇◇◇
現実の世界。
遺跡の最深部で、ジークフリートを覆っていた蒼い結晶が、音を立てて砕け散った。
「…………っ、はぁ……っ!」
ジークフリートの瞳に、灰青色の理性が戻る。
彼は、自分に抱きついたまま泣きじゃくるリリアーナと、自分の脚に顔を埋めて眠り込んでしまったエリアスを、震える腕で力強く抱き寄せた。
「……すまない、リリアーナ。……遅くなった」
「旦那様……! ああ、旦那様……っ!!」
ジークフリートの背中から出ていた氷の翼は、今は消えていた。
だが、彼の魔力は以前よりもさらに澄み渡り、神の力を己の一部として完全に御していた。
「……エリアス。……お前は、私よりもずっと強い男だ」
ジークフリートは、疲れて眠る息子の額に、初めての、そして誓いのような父としての口づけを落とした。
神の試練は終わった。
呪いは解けたのではない。家族の愛という、より強大な「祝福」に書き換えられたのだ。
遺跡の外には、嵐の去った後の美しい星空が広がっていた。
第37話、ご堪能いただけましたでしょうか!
孤独な少年時代のパパを、息子が「半分こしよ」と救い出す……。
「なろう」の読者様が最も涙する、親子愛の真骨頂です。
* 「エリアス君、最高の息子すぎて涙が止まらない!」
* 「パパの孤独がようやく癒やされた……本当にお疲れ様」
* 「神様を『あっち行って!』で片付けるエリアス君、大物すぎるわ」
と感じてくださった方は、ぜひ【評価】や【ブックマーク】で応援を!
皆様の愛が、アイスベルク家の絆をさらに深めます。
次回、第38話「神へのざまぁ:概念さえも凍てつかせて」
目覚めたジークフリート様が、自分を利用しようとした「氷神」に対し、
『私の家族に手を出した代償』をきっちり清算させます。




