第36話: 奪われる父親――ジークフリートの氷結化
遺跡の入り口を塞ぐ、巨大な氷の防壁。
それはジークフリート様が放った、最後にして最強の「拒絶」だった。
「パパ! パパ、開けて! パパ、一人で痛いのはダメだよ!」
エリアスが小さな拳で氷の壁を叩く。彼の指先から漏れる黄金の焔が、壁を微かに溶かしては、神の魔力によって一瞬で再生されていく。
「……旦那様。貴方はいつもそうですわ。……私を置いて、一人で絶望の底へ行こうとする」
リリアーナは、静かに、けれど揺るぎない決意を瞳に宿して立ち上がった。
かつての、ただ震えていた彼女はもういない。
「エリアス、手伝って。……パパを、私たちの『春』へ連れ戻しましょう」
「うん! ママ、僕、パパに『お仕事サボっちゃダメ』って言いに行く!」
二人は手を取り合った。
リリアーナの体から溢れ出す、眩いばかりの『太陽』の光。
そしてエリアスの内側から湧き上がる、純粋な『凍らない焔』。
二つの熱量が混ざり合い、一本の巨大な光の槍となって、ジークフリートの拒絶を貫いた。
ドォォォォォン!!
氷の壁が粉々に砕け散り、リリアーナたちは遺跡の深淵へと飛び込んだ。
そこにいたのは、もはや「人間」ではない何かだった。
ジークフリート様は宙に浮き、その全身は蒼白い結晶に覆われ、背中からは氷でできた幾千もの触手が、神の威光を放ちながら蠢いている。
灰青色だった彼の瞳は、今は完全に「死の色」を帯びた銀白に染まっていた。
『……去れ。……不浄なる熱よ。……これ以上近づけば、この器ごと、塵も残さず凍結させる……』
ユミルの声が、ジークフリートの口を借りて響く。
「……嫌ですわ。……旦那様の体は、私のためにあるのですから」
リリアーナは、一歩も退かずに進む。
冷気が彼女の肌を焼き、ドレスが凍りつく。けれど、彼女の中の熱は消えない。
「リリアーナ……、逃げろ……、殺して……しまう……」
神の意志の隙間から、ジークフリート様自身の、掠れた声が聞こえた。
彼の頬を、氷の粒となって固まった「涙」が伝い落ちる。
「パパ、泣かないで! えいっ!」
エリアスがジークフリート様の足元に滑り込み、その冷たい脚に抱きついた。
途端に、エリアスの腕が凍傷で黒ずみ始める。
「エリアス!?」
「……パパ、痛いよ……。でも、パパの方が、もっと痛いんでしょ……?」
エリアスの焔が、ジークフリート様の足を包み込む。
その温もりに触れた瞬間、ジークフリート様の表情が、神の無機質さから人間の苦悶へと歪んだ。
「……ああ……、あああああッ!!」
ジークフリート様の魔力が暴走し、周囲に無数の氷の刃を撒き散らす。
だが、リリアーナはその刃を恐れることなく、光の翼を広げ、真っ直ぐに彼の胸へと飛び込んだ。
「……旦那様。……私を見てください」
リリアーナは、氷の結晶で覆われた彼の頬を、素手で包み込んだ。
ジークフリート様の体から放たれる絶対零度の冷気が、リリアーナの体温を奪おうとする。
「……貴方を、一人にはしません。……神様が貴方を欲しがるなら、私はその神様ごと、貴方を愛して溶かしてみせますわ」
リリアーナは、凍りついた彼の唇に、自らのすべての命を注ぎ込むような深い接吻(ルビ:くちづけ)を落とした。
太陽と、氷神。
相反する二つの力が、彼女の体を通じて激しく激突し、融合し始める。
遺跡全体が、眩い白銀の光に包まれた。
「パパのピンチ」を「ママの強引な愛」が救う第36話。
氷の神でさえも、「妻の熱いキス」には勝てない……という、これぞロマンスの醍醐味ですわね。
エリアス君の「パパの方がもっと痛いんでしょ?」という台詞、書いていて私も目頭が熱くなりました。
* 「リリアーナ様、強くなったわ……! まさに国母の風格!」
* 「閣下の『泣かないでエリアス』という心の声が切なすぎる」
* 「神様、ご愁傷様。この家族の愛には勝てませんわよ」
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次回、第37話「『パパを助けるのは僕だ』――小さな英雄の旅立ち」
精神世界での最終決戦。
ジークフリート様の心の中に眠る「孤独な少年」を、エリアス君が迎えに行きます。




