第35話: 氷神の囁き:公爵家の血の呪い
ソルステイム王国への道中、一行は国境付近に鎮座する巨大な遺跡『永久凍土の聖堂』に差し掛かっていた。
そこは、この五年間で最も激しい吹雪の「目」となっている場所。ジークフリートの呪いの源流とも囁かれる、古の禁足地である。
「……旦那様。ここから先、空気が違いますわ」
リリアーナが、腕の中のエリアスを抱きしめる力を強める。
ジークフリートは無言でリリアーナの前に立ち、その周囲一メートルだけを、絶対零度の「盾」で守り抜いていた。
「……案ずるな。ここに眠る古の残滓など、今の私の敵ではない」
「パパ、あそこ! おっきな氷の柱があるよ!」
エリアスが指差した先。聖堂の中央には、天を衝くような蒼白い氷の巨柱が立っていた。
その柱は、周囲の熱をすべて吸い込み、世界を凍らせるための「心臓」のようにドクンドクンと脈動している。
「僕が、あれをポカポカにしてあげる!」
「待て、エリアス! 勝手に行くな!」
ジークフリートの制止より早く、エリアスが地面を蹴った。
彼の小さな掌が、氷の巨柱に触れた瞬間――。
ドォォォォォォォン!!
聖堂全体が、悲鳴のような地響きを上げて震え出した。
エリアスの指先から溢れ出した黄金の『凍らない焔』が、氷の巨柱を内側から焼き、蒸発させていく。
だが、その純粋すぎる「熱」に反応するように、巨柱の中から、地獄の底から響くような「声」が湧き上がった。
『……不浄なり。……我が静寂を汚す、忌まわしき光の子よ……』
「……っ、このプレッシャーは……!」
ジークフリートが、突如として胸を押さえて膝をついた。
彼の灰青色の瞳が、不気味な蒼光を放ち始める。
『……器よ。……我が分身よ。……なぜ、その熱を許した。……なぜ、その女と子供に心を奪われた……』
「……黙れ……ッ! 私の意識に、勝手に入り込むな!」
ジークフリートの叫び。
彼の肌に、まるで鱗のような氷の結晶が浮かび上がり、周囲の空気が一瞬で「死」の色に染まった。
彼の魔力が、彼自身の意思を無視して暴走し、リリアーナたちを突き放そうとする。
「旦那様!? どうしたのですか、しっかりしてください!」
「……来るな! リリアーナ、エリアスを連れて下がれ!」
ジークフリートの背後から、巨大な氷の翼のような魔力の奔流が噴き出す。
それはかつての「呪い」とは比較にならない、神の領域の冷気。
『……アイスベルクの血筋は、我が降臨のための依り代。……愛などという不純物は、この永久凍土の下に埋もれさせるがいい……』
「……貴様、に……。……私の家族を、語らせる……もの、か……!」
ジークフリートの瞳が、完全に白銀に染まった。
彼は、自らの内に潜む「古の氷神・ユミル」の意志と、真っ向から衝突していた。
もし、このまま意識を乗っ取られれば、ジークフリートは真の「氷神」へと昇華されるだろう。
だがそれは、リリアーナへの愛も、エリアスへの慈しみもすべて凍りつき、消え去ることを意味していた。
「パパ! パパ、痛いの!? 離して、ママ、僕がパパを助けるんだ!」
エリアスが黄金の焔を纏い、ジークフリートへと駆け寄ろうとする。
だが、ジークフリートは、残された最後の一欠片の理性で、愛する妻と子へ向けて「絶望の壁」を築いた。
「……行け、リリアーナ! ……私が、私でなくなる前に、この遺跡を封鎖しろ!」
氷の壁が、二人を遺跡の外へと押し出す。
ジークフリートは、自分の手が氷の鉤爪に変わっていくのを見つめながら、暗闇の中へと沈んでいった。
幸せだった家族の旅路は、最悪の形で断絶された。
そこに残ったのは、神の力を手に入れつつある「孤独な魔王」と、泣き叫ぶ家族の声だけだった。
「古の神」の介入により、ジークフリート様が最大の危機に。
自分を失う恐怖よりも、家族を傷つけることを恐れて自らを隔離する姿……。
第1話の「愛することはない」という言葉とは真逆の、愛ゆえの拒絶が涙を誘います。
* 「閣下、神様相手に抗ってる姿がかっこよすぎる!」
* 「エリアス君、パパのために勇気を出して……! 頑張って!」
* 「リリアーナ様の『熱』なら、きっと神の冷気も溶かせるはず!」
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次回、第36話「奪われる父親――ジークフリートの氷結化」
遺跡の中で神の支配に抗い続けるジークフリート。
一方、外へ弾き出されたリリアーナとエリアスは、ある「禁断の作戦」を決意します。




