第33話: 慈愛と非情の境界線
それは、一筋の不吉な「揺らぎ」から始まった。
白銀の結界『エリュシオン』が、一箇所だけ、飴細工が溶けるように歪んだのだ。
そこから滑り込むようにして、雪まみれの小さな影が、城の美しい芝生の上へと転がり落ちた。
「……っ、リリアーナ、下がれ!」
ジークフリート様が瞬時にリリアーナの前に立ち、右手をかざす。
虚空に無数の鋭い氷柱が出現し、侵入者の心臓を貫かんと狙いを定めた。
だが、その氷柱が放たれる寸前、リリアーナが彼の腕を掴んだ。
「待ってください、旦那様! ……この子は、ただの子供ですわ!」
雪の中に倒れていたのは、ボロボロの青いドレスを纏った少女だった。
亡国の王女、セレーネ。
彼女の肌は土気色で、指先は重度の凍傷でどす黒く変色している。
彼女は薄く目を開けると、霞む視界の中でリリアーナの姿を捉え、震える声を絞り出した。
「……あ、あ……太陽の……聖女様……。どうか、私の民を……、お救い……ください……」
セレーネはそれだけ言うと、力尽きたように意識を失った。
「ブリギッテ、この娘を即座に結界の外へ放り出せ。……結界を自力で突破するような魔導具を持っていたようだが、我が家への敵対行為と見なす」
ジークフリート様の声には、一ミリの慈悲もなかった。
だが、彼がブリギッテに命を下すより早く、一人の小さな影がセレーネのもとへ駆け寄った。
「パパ、だめだよ! このお姉ちゃん、とっても冷たいんだ!」
エリアスだった。
彼はジークフリートの制止を聞かず、セレーネの凍りついた手に自分の小さな掌を重ねた。
「エリアス、離れろ! ……その娘に触れるなと言っている!」
ジークフリート様が駆け寄ろうとした、その時。
シュゥゥゥ……ッ!
エリアスの掌から、淡い、黄金色の「焔」が溢れ出した。
それはリリアーナのような激しい熱量ではなく、春の陽だまりを凝縮したような、静かな光。
驚くべきことに、その焔はセレーネの凍傷を溶かし、同時に、彼女を包んでいた「死の冷気」だけを浄化していったのだ。
「……パパ、見て。……温かくなったよ」
エリアスが微笑むと、セレーネの頬に微かに赤みが戻った。
ジークフリート様は、息子のその異能を目の当たりにし、言葉を失った。
「……私の氷さえも通さないはずの『死の凍結』を、こうも容易く……。……エリアス、お前の魔力は……」
「旦那様。……この子は、私たちが思っている以上に、この残酷な世界の『答え』を持って生まれてきてくれたのかもしれません」
リリアーナはエリアスの頭を優しく撫で、ジークフリート様を真っ直ぐに見つめた。
「……外の人々をすべて救うことはできないかもしれません。……でも、この子が見つけた『温もり』を、私は否定したくありませんわ」
「…………」
ジークフリート様は苦々しげに顔を歪め、空を仰いだ。
リリアーナの慈愛と、エリアスの無垢な力。
彼が世界を遮断するために築いた「氷の壁」が、内側から溶かされようとしていた。
「……ブリギッテ。……この娘を客室へ。……ただし、一歩でも部屋から出ようとしたら、その時は容赦なく凍らせろ。……リリアーナ、エリアス。……これ以上の譲歩はないぞ」
ジークフリート様はそう言い捨てて背を向けたが、その背中には、最愛の家族に押し切られた「父親」としての戸惑いが滲んでいた。
楽園の扉は、わずかに開かれた。
それが、救済への第一歩となるのか。
それとも、三人を地獄へ引きずり込む「滅びの序曲」となるのか。
結界の外では、猛吹雪がさらにその勢いを増していた。
エリアス様の「凍らない焔」の初仕事、いかがでしたでしょうか。
パパが「絶対ダメ!」と言っている横で、サラッと奇跡を起こしてしまう息子。
ジークフリート様の「威厳が保てない感」も、今回の隠れた萌えポイントです。
* 「エリアス君、パパより早く決断して動くなんて……将来有望すぎる!」
* 「閣下が家族に甘々なのを、自分でも自覚し始めてて面白いわ」
* 「王女セレーネの登場で、物語が外の世界と繋がり始めた……!」
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次回、第34話「エリアスの『凍らない炎』の真価」
セレーネから語られる、外の世界のさらなる絶望。
そして、エリアスがある「とんでもない提案」をパパに持ちかけます。




