第32話: 結界の外に広がる、絶望の氷河期
ヴァイス・シュロスのテラスからは、境界線を境にして真っ二つに分かれた、世界の「残酷な対比」が見て取れた。
内側には、色鮮やかな冬薔薇が咲き乱れ、小鳥たちがさえずっている。
だが、その透明な壁の向こう側は、視界を奪うほどの猛吹雪。五年前から一瞬たりとも止むことのない、絶対零度の吹雪が吹き荒れていた。
「……旦那様。……あそこに、また人が」
リリアーナが指差した先。結界のすぐ外側で、数人の男女が雪の中に膝をつき、祈るように城を見上げていた。
彼らはボロボロの毛皮に身を包み、睫毛まで凍りつかせながら、力なく口を動かしている。
「……『聖女様、お救いください』。……そう言っているようですわ」
ジークフリートは、リリアーナの肩を抱き寄せ、冷淡な眼差しでその光景を見下ろした。
「……救う必要などない。……彼らは五年前、教団と共に君を魔女と呼び、この城を包囲した連中の同胞だ。……自らが招いた冬に凍えるのは、当然の報いだ」
「閣下。……報告を」
ブリギッテが、重苦しい足取りでテラスに現れた。
彼女の手には、結界の外から放り込まれた「氷の矢」に結びつけられた書状がある。
「……隣国ソルステイム王国の国王からの親書です。……『国民の七割が凍死寸前である。かつてリリアーナ様を追放した非礼を詫びる。どうか、その太陽の魔力で、我が国の氷を溶かしてほしい』……とのことです」
「……ふん。今更、命乞いか」
ジークフリートが指先を動かすと、ブリギッテが持っていた書状は瞬時に凍りつき、粉々に砕け散った。
「……教団の言いなりになって、リリアーナを『災厄の種』と蔑んだ時、彼らは未来を捨てたのだ。……今の私は、世界を救う公爵ではない。……ただ、妻と子の安らぎを独占するだけの、一人の男だ」
「……でも、パパ」
いつの間にか足元に来ていたエリアスが、リリアーナのスカートを握りながら、不思議そうに外の難民たちを見つめていた。
「……あの子、僕と同じくらいの大きさだよ。……どうして、あんなに震えてるの? ママの温かいスープ、分けてあげられないの?」
無垢な子供の問いが、静寂の中に響く。
リリアーナの胸が、ぎゅっと締め付けられた。
「……エリアス。……それはね……」
「……エリアス、あっちへ行っていろ」
ジークフリートは厳格な声で息子を遠ざけると、リリアーナの耳元で、鎖のような強い執着を込めて囁いた。
「……リリアーナ、惑わされるな。……君が外の世界へ一歩でも魔力を放てば、教団はまたそれを奪いに来る。……君が救えば救うほど、君の『熱』は削られ、またあの眠りについてしまうかもしれないんだぞ」
「…………」
「……私は、二度と君を失いたくない。……世界が凍りつこうと、人類が絶滅しようと構わない。……私は、君が笑っているこの小さな楽園だけがあれば、それでいいんだ」
ジークフリートの瞳には、狂気にも似た深い愛の影があった。
外の世界は死に絶えようとしている。
そして、その「冬」を終わらせる唯一の鍵は、リリアーナの中にしかない。
愛する家族を守るための「拒絶」か。
それとも、聖女としての「慈愛」か。
エリュシオンの壁に、絶望した人々の爪を立てる音が、虚しく響き続けていた。
世界が滅びゆく中で、家族の幸せだけを「独占」し続けるジークフリート様……。
その徹底した非情さが、逆に愛の深さを物語っていますわね。
しかし、エリアス様の純粋な疑問が、完璧だった楽園に波紋を広げます。
* 「閣下の『世界なんて滅びればいい』という一貫した姿勢、推せる……!」
* 「エリアス君の純粋な問いかけが、一番心に刺さるわ」
* 「リリアーナ様はどう決断するのか、続きが気になりすぎる!」
と感じてくださった方は、ぜひ【ブックマーク】や【評価】をいただけますと幸いです。
皆様の応援が、リリアーナ様の「次なる覚醒」への鍵となります。
次回、第33話「慈愛と非情の境界線」
初めて意見が対立するジークフリート様とリリアーナ様。
そんな二人の前に、結界を越えて一人の「少女」が現れます。




