第31話: ママの隣は譲らない!――五歳児の宣戦布告
エリュシオンの結界に守られたヴァイス・シュロスに、五度目の春が訪れていた。
鳥のさえずりと共に、柔らかな陽光が寝室に差し込む。
広大なベッドの中央で、リリアーナがゆっくりと瞳を開けた。
「……ん、もう朝……?」
隣を見れば、銀髪を乱してすやすやと眠る、愛らしい五歳の愛息子・エリアスの姿がある。
ジークフリート様譲りの端正な顔立ちと、リリアーナ譲りの柔らかな空気。
だが、その寝顔を眺めて癒やされる暇もなく、ベッドの反対側から「絶対零度」の視線が飛んできた。
「……リリアーナ。起きたか」
そこには、既に完璧に着替えを済ませ、腕を組んで椅子に座っているジークフリート様の姿があった。
彼の周囲だけ、心なしか室温が数度低い。
「おはようございます、旦那様。……そんなところで、何をしていらっしゃるのですか?」
「……何、ではない。……エリアスが、また夜中に私の結界を破ってこの部屋に侵入した。……そして、私の場所を奪って君の隣で寝ている。……由々しき事態だ」
ジークフリート様は、エリアスの小さな背中を、まるで宿敵でも見るかのように睨みつけている。
「ふふ、そんなに怒らないでくださいませ。……エリアスはまだ五歳ですもの。パパとママと一緒に寝たいだけなんですわ」
「……昨夜、私は彼に『今日から自分の部屋で一人で寝るのが、真のアイスベルクの男だ』と一時間かけて説得したはずだ。……それを、私の最高位の封印魔法ごと焼き切って侵入するとは。……末恐ろしいガキだ」
その時、エリアスが「う、ううん……」と可愛らしく身悶えし、琥珀色の瞳を開いた。
「……おはよ、ママ……」
エリアスはリリアーナの首に腕を回し、その胸元に顔を埋めて甘える。
それを見たジークフリート様の額に、ピキリと青筋が浮かんだ。
「……エリアス。……そこは私の特等席だ。……今すぐ離れろ」
「やだ! パパはいつもママを独り占めしてるじゃない! 僕は今日、ママと結婚するって決めたんだ!」
「……結婚だと? ……百年早い。……リリアーナは五年前、既に私の永遠の所有物(妻)になると誓った。……たとえ息子であっても、彼女の隣を譲るつもりはない」
バチバチッ! と、父子の間で魔力が火花を散らす。
ジークフリート様が放つ蒼い氷の粒子と、エリアスが指先から出す「凍らない焔」。
二人の小競り合いのせいで、寝室の温度が上がったり下がったりと忙しい。
「二人とも、朝から魔力を使わないでください! ……ほら、エリアス、パパにおはようは?」
「……おはよ、パパ。……でも、ママは僕が守るから、パパはあっちでお仕事してていいよ」
「……貴様……っ。……誰がこの城の防壁を維持していると思っている。……リリアーナ、すまないが今日はエリアスをブリギッテに預ける。……私は君と、二人きりで庭の散策に行く予定だ」
「ずるい! 僕も行く!」
「……却下だ。……これは、夫婦の『儀式』だ」
ジークフリート様はエリアスをひょいと抱き上げ、廊下で待機していたブリギッテ(最近はすっかりベビーシッター扱いである)へと無造作にパスした。
「……ブリギッテ。……こいつに、算術のドリルを一冊終わらせるまで外に出すなと言え」
「閣下、流石に五歳児にそれは……。若君、あきらめて私と剣の稽古に行きましょう。……閣下を倒すなら、まずは基礎体力からですわ」
エリアスが「パパー! ケチー! ママを返せー!」と叫びながら運ばれていく。
静寂が戻った寝室で、ジークフリート様は深いため息をつき、ようやくリリアーナをその腕の中に閉じ込めた。
「……まったく。……敵が外側にいるうちは良かった。……まさか、自分の血を引いた者が、最大の恋敵になるとはな」
「ふふ。……旦那様は、エリアスが可愛くて仕方ないのでしょう? ……本当は、彼が結界を破った時、少し嬉しそうな顔をしていたとマリエッタが言っていましたわよ」
「…………。……余計なことを言うメイドだな。……今度、彼女の部屋の温度を一度下げておこう」
ジークフリート様は、リリアーナの首筋に深く顔を埋め、独占欲を確かめるように強く抱きしめる。
平和で、騒がしくて、愛おしい日常。
だが、その穏やかな「内側の世界」を揺るがす不穏な気配が、結界の外側で静かに、確実に膨らみ始めていた。
5年後のアイスベルク公爵家、いかがでしたでしょうか。
最強のパパ vs 才能の塊である息子の、大人気ないヒロイン争奪戦……。
これこそ「幸せのその先」にふさわしい光景ですわね。
* 「閣下が息子相手にマジギレしてるの可愛すぎる!」
* 「エリアス君の『ママと結婚する』宣言、将来が楽しみ!」
* 「ブリギッテさんが相変わらず苦労人で安心した」
と感じてくださった方は、ぜひ【ブックマーク】や【評価】をいただけますと幸いです。
皆様の評価が、エリアス君の「パパ超え」への原動力となります!
次回、第32話「結界の外に広がる、絶望の氷河期」
平和な城の内側とは対照的に、外の世界では「ある危機」が限界を迎えようとしていました。




