第30話: 宝物(エチュード)たちの微睡み
エリュシオンの結界に守られたヴァイス・シュロスには、今、世界で一番静かで温かな夜が訪れていた。
結界の外側では、教団の討伐軍が猛吹雪の中で立ち往生しているだろう。
だが、この城の内側には、暖炉の爆ぜる音と、愛おしい二人の寝息以外、何も聞こえない。
私は、広大なベッドの中央で「川の字」になって眠る、人生のすべてを賭けて守るべき宝物たちを見つめていた。
「……ふふ。旦那様、まだ起きていらしたのですか?」
隣でエリアスを抱くようにして横たわっていたリリアーナが、眠たげに目を擦りながら微笑んだ。
月の光を反射する彼女の蜂蜜色の髪が、私の腕に絡まる。
「……ああ。……この光景を見ていると、瞬きをすることさえ惜しい。……私が、これほどまでに満たされる日が来るとは、あの日は想像もしていなかった」
「あの日……? ……ああ、初めてお会いした時ですね」
リリアーナがくすくすと笑う。
初夜、私は彼女に「愛することはない」と冷たく突き放した。
今思い返せば、あの時の自分を氷漬けにして、北極海の底に沈めてやりたいほどの失態だ。
「……笑うな。……あの時の私は、自分の呪いが怖かっただけだ。……だが今は、この呪いさえ、君の熱と混ざり合って、エリアスを守るための糧になっている」
私は、リリアーナと私の間に挟まれて、無防備に万歳をして眠るエリアスの小さな手に触れた。
彼は夢を見ているのか、私の指をギュッと握りしめ、「ふにゃ……」と笑みをこぼす。
「……見てくれ、リリアーナ。エリアスが私を呼んでいる。……この子は、私の冷たさを全く怖がらないのだな」
「当たり前ですわ。……エリアスにとって、あなたは世界で一番強くて、一番優しいパパなのですから」
リリアーナの言葉が、私の凍てついていた魂の最後の一欠片まで溶かしていく。
私は彼女の肩を抱き寄せ、その額に、慈しみという名の誓いを込めた接吻を落とした。
「……私は今、世界一の富豪よりも、どの国の王よりも幸福だ。……リリアーナ。……君が私を見捨てず、この氷を溶かしてくれたおかげだ」
「……私も、幸せです。……旦那様に拾われて、愛されて……。……あ、旦那様、エリアスが起きてしまいますわ」
私が彼女をさらに強く抱き締めようとすると、リリアーナが慌てて小声で制した。
だが、私は構わず、二人をマントのように腕で包み込んだ。
「……構わん。……もし起きて泣くようなら、私が朝まで抱いてあやそう。……君は、私の腕の中で、ただゆっくりと夢を見ていればいい」
結界の外側で世界がどうなろうと、知ったことではない。
この数メートルの空間に、私の人生のすべてがある。
冷酷公爵が辿り着いた、独占欲の最終形態。
それは、愛する者たちの寝顔を、永遠の春の中で守り続けるという、最も贅沢な「沈黙」だった。
「……おやすみ、リリアーナ。……愛している。……世界が滅び、星が凍りつくその瞬間まで」
「……おやすみなさい、ジークフリート様。……私も、愛しています」
白銀の城は、今夜も愛という名の絶対聖域に守られ、夜明けを待つ。
氷の王と太陽の聖女。
二人の恋物語は、今、家族という名の終わらない円舞曲へと昇華された。
第2部・第1章「黎明の宝珠編」、これにて完結です!
「愛することはない」と言ったあの日から、ここまでデレ散らかしたジークフリート様……。
読者の皆様の応援のおかげで、彼は「世界一幸せなパパ」になることができました。
* 「川の字で寝る三人が尊すぎて直視できない……!」
* 「あの日(1話)の自分を沈めたい閣下に笑った」
* 「ついに世界をシャットアウトして幸せを掴んだ二人に拍手!」
と感じてくださった方は、ぜひこの区切りに【総合評価(★★★★★)】や
【ブックマーク】の継続をいただけますと、霧島 結衣、感涙にむせびます!
次回、第2部・第2章「凍土の聖域編」
エリュシオンの壁を越えようとする「古の神々」の影。
そして、成長したエリアス様が、パパ以上の「独占欲」を見せ始めて……!?
霧島 結衣でした。




