第29話: 二つの魔力が描く、絶対防御の聖域(エリュシオン)
「……報告します。中央大聖堂にて『全人類守護宣言』が採択されました。……リリアーナ様を『終焉を呼ぶ魔女』、若君を『災厄の芽』とし、大陸全国家による共同討伐軍が結成される見込みです」
ブリギッテの声が、かつてないほど沈んでいた。
世界を敵に回す。それは、このアイスベルク公爵領が地図から消えることを意味していた。
だが、その報告を聞いたジークフリート様は、リリアーナの膝の上で眠るエリアスの柔らかな頬をつつきながら、鼻で笑った。
「全人類、だと? ……大きく出たな。リリアーナの笑顔一つ守れない連中が、人類を語るとは滑稽だ」
「旦那様……。本当に、よろしいのですか? 私一人のために、あなたが築き上げてきたすべてを……」
不安に震えるリリアーナの手を、ジークフリート様は力強く、熱く握りしめた。
「……リリアーナ。君がいない世界など、私にとってはただの氷の塊に過ぎない。君が笑い、エリアスが健やかに育つ場所。そこだけが、私の守るべき『世界』だ」
ジークフリート様は立ち上がると、リリアーナを背後から包み込むように抱き上げた。
「……さあ、始めよう。リリアーナ、君の熱を私に預けてくれ。……お節介な世界をシャットアウトする、最高の『カーテン』を引く時間だ」
二人は城の最上階、天を衝くような尖塔のバルコニーに立った。
眼下に広がるのは、白銀の公爵領。
ジークフリート様がリリアーナの手に自分の手を重ね、魔力を解放する。
絶対零度の蒼い魔力と、すべてを溶かす黄金の焔。
相反する二つの力が混ざり合い、美しい白銀の旋律となって空へと昇っていく。
「……我が氷よ、彼女を守る壁となれ。……彼女の焔よ、私を照らす核となれ!」
ドォォォォォォォン!!
公爵領の境界線に沿って、空を裂くような巨大な光の壁が突き立った。
ただの氷ではない。内側からは春の陽だまりのように温かく、外側からは触れるものすべてを瞬時に分解し凍結させる、絶対不可侵の聖域『エリュシオン』。
王国の国境を越え、襲いかかろうとしていた討伐軍の先遣隊は、その壁の威容を前にして、ただ立ち尽くすことしかできなかった。
彼らの剣が、魔法が、その壁に触れた瞬間に光の粒子となって霧散していく。
「……これでいい。……これでもう、誰も君たちを傷つけることはできない」
結界を完成させたジークフリート様は、ひどく穏やかな、そして狂気的なまでに澄んだ笑顔でリリアーナを見つめた。
「……この壁の内側は、永遠に君たちのための春だ。……外の世界で何が起ころうと、誰が死のうと、私たちには関係のないこと」
「旦那様……」
「……さあ、リリアーナ。……エリアスが起きたようだ。……今日は彼に、この平和な庭の冬薔薇を見せてあげよう」
世界を拒絶し、最愛の二人と共に閉じこもることを選んだ氷の王。
それは人類に対する最大の「ざまぁ」であり、同時に、一人の男が辿り着いた究極の溺愛の形だった。
エリュシオン――神話に語られる楽園は、
今、この凍てついた北の大地に、二人だけの力で現実のものとなった。
世界から完全に隔離された「絶対聖域」の完成、いかがでしたでしょうか。
「敵が攻めてくるなら世界ごとシャットアウト」という、閣下らしい力技。
これぞ究極の引きこもり……いえ、究極の守護ですわね。
「閣下の『世界なんて知ったことか』という割り切りに痺れる!」
「二人の合体魔法が美しすぎて、もはや神話のレベル……」
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次回、第30話(第2部・第1章 完結)「宝物たちの微睡み」
聖域の中での、静かで、甘すぎて、どこまでも幸せな三人の時間をお届けします。




