第28話: 氷河の進撃:公爵閣下、教団の支部に「挨拶」へ行く
リリアーナの「焔」がカサンドラの闇を焼き払った翌朝。
ヴァイス・シュロスを包む空気は、これまでにないほど澄み渡り――そして、刺すような「死の静寂」に満ちていた。
「……リリアーナ。少しの間だけ、エリアスを頼む」
ジークフリートは、寝台でエリアスに授乳を終えたばかりの妻の額に、慈しむような、けれどひどく冷たい接吻を落とした。
彼の背後には、完全に武装し、閣下の殺気に当てられて真っ青になったブリギッテとカイルが控えている。
「旦那様……。どこへ行くのですか?」
「……少し、近所に挨拶にな。……昨夜、君に無駄な力を使わせ、エリアスの眠りを妨げた無礼者が、まだ近くに溜まっているようだ」
「挨拶、ですか……?」
「ああ。……すぐに戻る。……君が淹れてくれるハーブティーが冷める前にはな」
ジークフリートはそう言い残すと、翻したマントから絶対零度の魔力を放ち、城の周囲に十重二十重の氷の結界を張り巡らせた。
それは、神でさえも通さぬ「拒絶の壁」だった。
◇◇◇
公爵領の北端。中央教団が「北方の聖域」と称して勝手に築き上げた巨大な要塞、聖十字支部。
そこには、三千人の聖騎士と、数多の魔導師が詰めていた。
「報告! 公爵家からの返答は――」
教団の司祭が言葉を発しようとした瞬間。
要塞の門を、巨大な氷の質量が「物理的に」粉砕した。
地響きと共に現れたのは、馬にも乗らず、ただ一人で雪原を歩いてくるジークフリートだった。
彼が一歩踏み出すたび、周囲の空間がガラスのようにひび割れ、大気中の水分が一瞬で鋭い氷の礫へと変わる。
「……公爵閣下! ここは神聖なる教団の――」
「神聖、だと?」
ジークフリートの灰青色の瞳が、冷ややかに司祭を射抜いた。
「……私の妻は、優しい女性だ。……その彼女に、汚物を排除するために焔を灯させた。……その罪が、どれほど重いか理解しているか?」
「何を……っ。あ、あいつは魔女で――」
「――喋るな。その不潔な声で、リリアーナの名を呼ぶな」
ジークフリートが指をパチンと鳴らす。
その瞬間、要塞の足元にある標高二千メートルの山全体が、不自然な地鳴りを立てて震え出した。
ドォォォォォン!!
山頂から噴き出したのは、溶岩ではなく、すべてを凝固させる「蒼白の氷河」。
それは生き物のように要塞を飲み込み、三千人の騎士たちを、叫ぶ暇さえ与えず一瞬で氷の棺へと封じ込めていく。
「……祈れ。……凍りついた永遠の中で、二度と私の家族を思い出せぬようにな」
数分後。
そこにあったはずの巨大な要塞は、跡形もなくなっていた。
あるのは、陽光を反射して美しく、そして残酷に輝く、巨大な「氷の墓標」だけ。
「……さて。……茶が冷めてしまうな」
ジークフリートは、背後で腰を抜かしているブリギッテたちを振り返りもせず、空を裂くような速度で城へと引き返していった。
◇◇◇
「お帰りなさい、旦那様。……早かったですね」
城に戻ったジークフリートは、先ほど三千人を消し飛ばした手で、慌ててリリアーナを抱きしめた。
リリアーナが淹れたばかりの茶からは、温かな湯気が立ち上っている。
「……ああ。……少し、掃除が捗ってな。……リリアーナ。……もう、何も恐れることはない」
彼はリリアーナの胸に顔を埋め、子供のようにその熱を欲した。
冷酷公爵。
その名に相応しい、慈悲なき進撃。
だが、その冷たさは、一人の女性と一人の子供を守るための、世界で一番温かい「壁」だった。
「挨拶」という名の殲滅劇、いかがでしたでしょうか。
「妻に力を使わせたのが許せない」という斜め上の怒り、これぞ溺愛の極みですわね。
教団の要塞が一瞬で氷の山になったカタルシス、楽しんでいただけましたか?
「公爵様、怒らせちゃいけない人を怒らせた感がすごくて最高!」
「リリアーナ様の前ではすぐに甘えん坊に戻るギャップが……!」
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次回、第29話「二つの魔力が描く、絶対防御の聖域」
最強の夫婦が、ついに「物理的な引きこもり」を完成させます。




