第27話: 逆鱗:リリアーナの「母」としての覚醒
深夜。城全体を包む静寂を、不吉な魔力の揺らぎが切り裂いた。
ジークフリート様が教団の陽動部隊を排除するため、一瞬だけ部屋を離れたその隙だった。
エリアスの寝室に、影から染み出すようにしてカサンドラが現れた。
「……ふふ、やっと二人きりになれましたわね、禁忌の御子」
カサンドラの瞳は狂気に濁り、その手には赤子の魔力を封じ込める『沈黙の呪布』が握られていた。
彼女は、すやすやと眠るエリアスをその穢れた手で抱き上げようとする。
「……やめて。その子に触れないで」
部屋の隅でエリアスの着替えを用意していたリリアーナが、鋭い声を出した。
その瞳には、かつての怯えなど微塵もない。
「まあ、偽の聖女様。まだ起きていらしたの? ……この子は教団が『聖域』で正しく処分しますわ。貴女のような魔女に育てられては、世界が滅んでしまいますもの」
「その子を……エリアスを返しなさい」
「嫌だと言ったら? 貴女に何ができるというの。無能と蔑まれ、閣下の温もりを吸い取ることしかできない出来損ないが――」
カサンドラが冷笑を浮かべ、エリアスの喉元に呪いの爪を立てようとした。
その瞬間。
ドォォォォォン!!
リリアーナの足元から、黄金の光柱が突き立った。
それは温かな陽だまりなどではない。
触れるものすべてを灰にする、太陽の核のような苛烈な熱量。
「――私の、子供を、傷つけるな……ッ!!」
リリアーナの叫びと共に、部屋中の空気が発火した。
カサンドラが展開していた闇の結界は、紙細工のように一瞬で焼き切られ、彼女の黒髪が熱で縮れ上がる。
「なっ……何、この熱!? 聖女の力は『癒やし』のはずでしょう……!?」
「……子供を守れない光に、何の意味があるというのですか」
リリアーナの琥珀色の瞳が、黄金に燃え上がる。
彼女が虚空で手を振ると、目に見えない熱の奔流がカサンドラを壁に叩きつけ、エリアスを宙で優しく受け止めた。
「ああああっ! 熱い、熱い……! 私の魔力が……溶かされていく……!」
カサンドラが悲鳴を上げて転げ回る。
リリアーナの放つ光は、邪悪な魔力だけを選別して焼き尽くす『浄化の焔』へと進化していた。
そこへ、扉を蹴り破ってジークフリートが飛び込んできた。
彼は、黄金の光の中に立つリリアーナの姿を見て、一瞬だけ息を呑んだ。
「……リリアーナ。……その姿、は……」
リリアーナは、腕の中に戻ったエリアスを愛おしそうに抱き締めると、静かにジークフリートを見つめた。
光り輝くその背中には、まるで焔で編まれた翼があるかのような幻想的な光景。
「……旦那様。……私、もう怖くありません。……この子を守るためなら、私は聖女にでも、魔女にでもなります」
ジークフリートは、リリアーナの凛とした横顔を見て、歓喜に震えながら彼女を背後から抱きしめた。
彼女の熱は、今や彼の氷さえも心地よい温もりに変えていく。
「……ああ、そうだ、リリアーナ。……君は世界で一番強く、美しい私の『太陽』だ。……さあ、その不快なゴミは私が処理しよう。……君の焔で焼き残した魂の屑さえ、一粒残さず凍らせて砕いてやる」
ジークフリートが指を鳴らすと、床に伏していたカサンドラの全身が、黒い氷の中に封じ込められた。
彼女はもう、二度と声を発することも、光を浴びることもできないだろう。
騒動が収まり、エリアスが何事もなかったかのように「ふにゃあ」とあくびをした。
「……この子は、君によく似ているな。……慈悲深く、そして敵には容赦がない」
「……ふふ、旦那様に似ただけかもしれませんわよ?」
二人は顔を見合わせ、幸せそうに微笑んだ。
母として覚醒したリリアーナ。
そして、その力さえも愛おしく独占しようとするジークフリート。
最強の夫婦による「反撃」の幕が、今、静かに、けれど激しく上がった。
リリアーナ様の覚醒無双、いかがでしたでしょうか。
「癒やし」の聖女が、我が子のために「裁き」の光を放つ。
これこそ、母は強し、そして溺愛されるヒロインの真骨頂ですわね。
「リリアーナ様の『傷つけるな!』という台詞に痺れた!」
「公爵様が惚れ直している姿が目に浮かぶ……!」
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次回、第28話「氷河の進撃:公爵閣下、教団の支部に『挨拶』へ行く」
ついにジークフリート様がブチギレ。
「私の妻に火を使わせた罪は重い」と、教団の拠点を物理的に消し飛ばしに向かいます。




