第26話: 届いた汚濁――教団が放つ『偽りの聖女』
王都から届いた「週報」には、見るに耐えない誹謗中傷が躍っていた。
『氷の公爵、魔女の毒に溺れる――エルトマン家の無能令嬢は、禁忌の魔術で閣下を誘惑した偽の聖女か?』
『今こそ現る、真の救世主。闇を払うカサンドラ様こそ、神が遣わした真なる光』
これらは教団が多額の寄付金をバラ撒き、新聞社や噂屋に書かせたデタラメだ。
だが、何も知らない民衆の間では「あの冷酷公爵が急に愛妻家になったのはおかしい」「やはり魔術のせいでは」という疑念が広がり始めていた。
「……旦那様。……私のせいで、あなたの名誉まで……」
リリアーナが悲しげに俯くと、ジークフリートは即座に彼女を抱き寄せ、その柔らかい耳朶を甘く食んだ。
「……名誉など、最初から持っていない。……私が恐れられるのは、私の力が強すぎるからだ。……魔術で操られている? ……笑わせるな。……私は正気で、私の意思で、君という狂気に溺れているんだ」
「旦那様……っ」
「……ブリギッテ。王都へ伝令を。……『その薄汚い紙片を今すぐ回収し、広場で燃やせ。さもなくば、王都中のインクをすべて凍らせ、二度と文字の書けない国にしてやる』とな」
「……閣下、流石にそれは脅迫が過ぎますが、……了解しました。既に騎士団を向かわせています」
その時、城のテラスに、黒い翼を模したような不吉な馬車が降り立った。
再び現れたカサンドラだ。彼女は今度は、教団の至宝とされる『真実を映す聖鏡』を手に、勝ち誇った笑みを浮かべていた。
「リリアーナ。……貴女の化けの皮を剥ぎに来ましたわ。……この鏡に映れば、貴女の中に潜む魔物の正体が暴かれる。……閣下、今すぐ目を覚ましてくださいませ。……真の聖女は、この私なのですから!」
カサンドラが鏡を掲げ、リリアーナに向けて不可視の光を放つ。
鏡が激しく共鳴し、リリアーナを飲み込もうとした――その瞬間。
「……うるさい。……エリアスが昼寝から起きただろう」
ジークフリートが、鏡の光を「手で」掴み取った。
バキバキッ、と音を立てて、光そのものが彼の掌の中で凍りついていく。
「なっ……!? 神の光を凍らせるなんて……人間業じゃないわ!」
「……神の光だろうが何だろうが、私の家族の静寂を乱すものはすべて『雑音』だ。……リリアーナが偽物? ……ふん、それがどうした」
ジークフリートは、怯えるリリアーナを背後に隠し、カサンドラを絶対零度の瞳で射抜いた。
「……たとえリリアーナが魔女だろうと、この世を滅ぼす悪魔だろうと、構わない。……私はその悪魔を愛し、その魔女のために世界を焼き尽くす。……聖女である必要など、最初からないんだ」
ジークフリートが指先で鏡に触れると、教団の至宝は一瞬で塵となって砕け散った。
「……お前が言う『真実』など、リリアーナの笑顔一つに及ばない。……失せろ。次はないぞ、カサンドラ」
カサンドラは、自分の依り代だった鏡を失い、恐怖で腰を抜かした。
「化け物……! 氷の魔王と魔女の親子……!」と叫びながら逃げ帰る彼女の背中を、ジークフリートは冷たく見送った。
「……旦那様。……私、もし本当に聖女じゃなくても、いいんですか?」
リリアーナが不安げに尋ねると、ジークフリートは彼女を抱き上げ、寝室へと歩き出した。
「……聖女などという肩書きは、教団にくれてやればいい。……君は私の『妻』で、エリアスの『母』だ。……それ以上の価値など、この世のどこを探しても存在しない」
王都の噂も、教団の工作も、
ジークフリートの「歪で、けれど誰よりも純粋な愛」の前では、
ただの雪解け水のように儚く消え去る運命だった。
「聖女じゃなくても構わない」というジークフリート様の断言、これこそ真の溺愛ですわね。
世間の評判よりも、目の前の妻の笑顔。
そんな公爵様の「俺様ルール」に、カサンドラも手も足も出ませんでした。
「閣下が神の光を物理で凍らせたところに痺れた!」
「リリアーナ様の不安を一瞬で溶かす旦那様、最高すぎる……!」
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次回、第27話「逆鱗:リリアーナの『母』としての覚醒」
教団がなりふり構わず、エリアス様を直接狙おうとした時……。
ついに「太陽の聖女」が、怒れる母として真の姿を現します。




