第25話: 聖域からの最後通牒:神の子の徴用
断罪騎士団が氷像と化した翌日。
城の門前に現れたのは、重装の騎士ではなく、見窄らしい身なりを無理やり高価な礼服で包んだ、一人の男だった。
「……リリアーナ! 出てきなさい! この私、実の父親を門前払いにするとは何事だ!」
元・エルトマン伯爵。
借金で没落し、教団の「操り人形」として担ぎ出された実父が、震える手で王国の紋章が記された書状を掲げていた。
応接室。
ジークフリート様は、リリアーナの肩を抱き寄せ、ソファに深く腰掛けていた。
その前で、実父は教団から授けられた「最後通牒」を読み上げる。
「……王国の古法によれば、聖女の血を引く第一子は、母方の家系がその後見人となり、聖域で教育を受けさせる権利がある! つまり、エリアスは我がエルトマン家の管理下に置かれるべきなのだ!」
男の目は血走り、下卑た欲望が隠しきれていない。
エリアスを教団に引き渡せば、莫大な報奨金と爵位の復興が約束されているのだろう。
「リリアーナ、分かったらその子を私に渡しなさい! それが親孝行というものだ!」
リリアーナは、腕の中のエリアスを抱きしめる力を強めた。
エリアスは、そんな祖父の醜悪な気配を感じ取ったのか、不快そうに小さな眉を寄せている。
「……お父様。……私を『生贄』としてこの地に捨てた時、あなたは『親子の縁は切れた』と仰いました。……今の私に、父と呼ぶべき人は存在しません」
「黙れ! 産んでやった恩を忘れたか! これは国王陛下も承認された正当な権利なのだぞ!」
男がリリアーナからエリアスを奪い取ろうと、身を乗り出した。
その瞬間――。
パキィッ……!
男が手にしていた羊皮紙の書状が、一瞬で青白い氷へと変わり、粉々に砕け散った。
「……権利、だと?」
ジークフリート様の声は、低く、そして地を這うような殺意を孕んでいた。
彼が指を鳴らすと、応接室の温度が急激に下がり、実父の吐息が白く凍りつく。
「……私の領地で、私の法律以外のものを持ち出すとは、随分と度胸があるようだな。……ゴミの分際で」
「ひっ……! 閣下、これは王命ですぞ! 反逆とされるおつもりか!」
「反逆? ……いいや、これは『清掃』だ」
ジークフリート様は冷笑を浮かべ、男の目の前まで歩み寄った。
「……リリアーナを納屋に閉じ込め、彼女の尊厳を奪ったお前が、彼女の子の『後見人』だと? ……笑わせるな。……お前の血がリリアーナに流れているという事実だけで、私は今すぐお前の血管をすべて凍らせて入れ替えてやりたいほど不愉快なのだ」
ジークフリート様の手が、男の肩に置かれる。
そこから伝わる絶対零度の魔力に、男は悲鳴を上げることもできず、ガタガタと震え出した。
「……教団に伝えろ。……もし王都がこの『権利』とやらを主張し続けるなら、私は今から王都へ向かう。……ただし、私の通った道はすべて氷河となり、王都の広場は私の庭に咲く冬薔薇よりも赤く、血で染まることになるだろうがな」
「あ、あああ……っ!」
「……行け。……二度とこの城の空気を汚すな」
ジークフリート様が軽く腕を振ると、男は突風と共に部屋の外へと弾き飛ばされた。
おそらく、二度と立ち上がれないほどの恐怖が、彼の魂に刻み込まれたはずだ。
男が去った後、ジークフリート様は急いでリリアーナのもとへ戻り、彼女とエリアスを包み込むように抱きしめた。
「……怖かったか、リリアーナ。……あの男の不潔な言葉をエリアスに聞かせてしまった。……すぐに城中を聖なる氷で清めさせよう」
「……いえ。……旦那様が仰ってくださった言葉、とても心強かったです」
リリアーナは、彼の胸に顔を埋めた。
法も、血筋も、教団の権威も。
この「世界一過保護な魔王」の前では、雪解け水よりも儚い。
エリアスを守るためなら、彼は本当に国の一つや二つ、氷の底に沈めてしまうだろう。
「……エリアス。……パパだぞ。……汚いものはすべて消した。……さあ、笑ってくれ」
先ほどまで世界を滅ぼすと宣言していた男が、今は赤子の前で必死に笑顔を作っている。
そのあまりのギャップに、リリアーナはくすりと笑い声を上げた。
実父の「法的権利」を物理的に粉砕したジークフリート様、いかがでしたでしょうか。
「俺が法律だ」と言わんばかりの無双、これぞ最強の夫ですわね。
エリアス様への「パパだぞ」という必死なアピールも、萌えポイントです。
「公爵様が王都を凍らせるって言った時の迫力、すごかった!」
「実父が文字通りゴミのように扱われててスカッとした!」
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次回、第26話「届いた汚濁――教団が放つ『偽りの聖女』」
カサンドラが、リリアーナ様の地位を脅かす「ある秘密」を持って現れますが……?




