第24話: 「お前の冷気など、雪の欠片にも及ばない」
午後。アイスベルク公爵邸の庭園に面した陽だまりの部屋で、世界で一番「静かな」時間が流れていた。
ベビーベッドの中では、エリアスがすやすやと寝息を立てている。
その隣で、ジークフリート様は一言も発さず、彫像のように動かず、ただただ我が子の寝顔を凝視していた。
「……旦那様。……あまり見つめすぎると、エリアスが起きてしまいますわ」
「……わかっている。……だが、見てくれ、リリアーナ。この子のまつ毛の角度は完璧だ。……この平穏を乱す者は、たとえ神であろうと私が八つ裂きにする」
その言葉が、フラグだったのかもしれない。
ドォォォォォン!!
突如、城の遠くから響いたのは、大気を震わせる不吉なラッパの音と、重厚な鎧が擦れる音。
中央教団が誇る最強戦力「断罪騎士団」が、カサンドラに率いられて城の正門へと押し寄せたのだ。
「公爵閣下! 禁忌の御子を引き渡しなさい! さもなくば、この地を聖なる炎で焼き尽くしますわ!」
カサンドラの、甲高く、そして傲慢な声が魔力に乗って響き渡る。
その音に、エリアスが「う、ううん……」と眉を寄せ、泣き出す予兆を見せた。
その瞬間。
ジークフリート様の周囲から、すべての「色」が消えた。
「……あいつらは、死ぬよりも苦しい罰を求めているようだな」
彼はリリアーナの額に、氷のように冷たく、けれど深い愛を込めた接吻を一つ落とすと、音もなく立ち上がった。
◇◇◇
城門の前では、五百人の重装騎士が剣を抜き、カサンドラが勝利を確信したように笑っていた。
「さあ、始めなさい! 氷の魔王を光の下で――」
だが、彼女の言葉は最後まで続かなかった。
城のバルコニーに、ジークフリート様が姿を現したからだ。
彼は武器も持たず、ただ、人差し指を唇に当てて、一言だけ放った。
「――静かにしろ。……エリアスが寝ている(・・・・・・・・・・)」
その言葉は、魔力という名の「絶対零度の暴力」となって戦場を駆け抜けた。
カチ、カチカチカチッ!!
瞬きをする暇さえなかった。
黄金の輝きを放っていた聖騎士たちの足元から、地響きと共に巨大な氷河が噴き出し、彼らを馬ごと、鎧ごと、文字通りの「氷像」へと変えていった。
五百の精鋭が、一瞬で物言わぬ氷の彫刻へと成り果てる。
カサンドラだけが、ジークフリート様のわざとらしい配慮によって首から上だけを残され、震えていた。
「なっ……。……化け物……。……これが、公爵の、真の力……?」
「お前の放つ薄汚い冷気など、アイスベルクの雪の欠片にも及ばないと言ったはずだ」
ジークフリート様は冷徹な眼差しで、氷漬けになった騎士団を見下ろした。
「……教団に伝えろ。……次に我が子の眠りを妨げたら、王都の中央大聖堂を永久氷壁の中に沈め、一人の生存者も出さないと。……私にとって、世界がどうなろうと知ったことではない。……私の世界は、あの部屋の中にしかないのだからな」
彼はカサンドラを絶望の淵に突き落とすと、翻したマントで冷気を遮断し、足早に部屋へと戻っていった。
部屋に入った瞬間、彼は「お待たせ、リリアーナ」と、とろけるような笑顔で私を抱きしめた。
「……旦那様。……外が急に静かになりましたけれど、何か……?」
「……ああ、ただの『雪崩』だ。……それより、エリアスは起きていないか?」
ベビーベッドを覗き込む彼の顔は、先ほど五百人を氷に沈めた男のものとは思えないほど、穏やかで、慈愛に満ちていた。
世界で一番恐ろしい公爵様は、
世界で一番甘い、最強の「パパ」になったのだ。
一瞬で騎士団を沈めたジークフリート様、いかがでしたでしょうか。
「静かにしろ」の一言で戦いが終わるカタルシス、これこそが溺愛無双の極みです。
「閣下の『パパの顔』と『魔王の顔』のギャップが堪らない!」
「カサンドラ様、完全に心が折れててスカッとした!」
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次回、第25話「聖域からの最後通牒:神の子の徴用」
教団がなりふり構わず、今度はリリアーナ様の「実父」を担ぎ出してきますが……?
霧島 結衣でした。




