第21話: 氷のパパと、暁の小さな太陽
「……ブリギッテ。その足音はなんだ。リリアーナと『暁の宝』が驚くだろう」
「……閣下。私は今、絨毯の上を猫よりも静かに歩いて参りました。それから、まだお生まれにもなっていない若君に、勝手に名前を付けるのはお止めください」
アイスベルク公爵邸の執務室。
そこは今、かつてないほど「物理的」に静まり返っていた。
ジークフリート様が、リリアーナの安眠を妨げぬよう、城中の壁という壁に厚さ十センチの「氷の防音壁」を張り巡らせたからだ。
当のリリアーナは、閣下の膝の上で、特注の柔らかいクッションに包まれて幸せそうに微睡の中にいる。
「……見てみろ、ブリギッテ。今日のリリアーナは、昨日よりも0.5度ほど体温が高い。……これは、この子が私に似て、内なる情熱を秘めている証拠だ」
「それは単に、閣下が朝から彼女を抱き締め続けているからでは……?」
ブリギッテの正論を、ジークフリートは氷点下の視線で一蹴した。
彼の机の上には、領地の予算書ではなく、王都から取り寄せた最新の『胎教と魔力制御の相関性』という分厚い魔導書が積み上げられている。
「……教団の動きはどうなっている」
リリアーナの髪を愛おしそうになぞりながら、ジークフリートの声が急に温度を下げた。
「……芳しくありません。中央聖教の法王直属、『断罪の聖騎士団』が国境付近に集結しています。彼らは、リリアーナ様が閣下の呪いを解き、新しい命を宿したことを『禁忌の混ざり合い』と断じているようです」
「……ふん。勝手に言わせておけ。……彼らが恐れているのは、私の氷と彼女の太陽、その両方を引き継いだ『真の王』の誕生だ」
ジークフリートは、リリアーナのまだ平らなお腹に、大きな、けれど羽毛のように優しい手つきで触れた。
「……私の絶望を終わらせてくれたこの子を、災厄などと呼ばせるものか。……もし教団がこの城の門を叩くというのなら、その瞬間に、大陸の半分を永久氷壁で分断してやる」
「……閣下。それは流石に、冗談ですよね?」
「冗談に見えるか? ……私は今、かつてないほどに正気だ。……愛する妻と、我が子の眠りを守るためなら、私は喜んで『世界を凍らせる魔王』にでもなろう」
その時、リリアーナが「ん……」と小さく声を上げて、ジークフリートの胸に顔を埋め直した。
一瞬で、ジークフリートの殺気が霧散する。
彼は慌てて声を潜め、この世で最も尊い宝物に触れるような手つきで、彼女の肩をトントンと叩いた。
「……よしよし、リリアーナ。……大丈夫だ。……神も、教団も、雪のひと欠片さえも、君たちの眠りを邪魔させはしない」
ブリギッテは、その光景を眺めながら、深く、深いため息をついた。
冷酷公爵は、今や「最強の過保護パパ」へと完全にバグり散らかしてしまったのだ。
窓の外では、黄金の紋章を掲げた教団の軍勢が迫っている。
けれど、この氷の城の内側には、世界で一番甘く、そして誰にも侵すことのできない「絶対聖域」が築かれていた。
「……さあ、リリアーナ。……次の食事の時間だ。……最高級の魔力草を煮込んだスープを用意させた。……君はただ、私の腕の中で笑っていればいい」
第2部、開幕。
それは、一人の女性への愛が、次世代を守るための「狂気的な守護」へと加速する物語。
「パパ公爵様」の暴走、いかがでしたでしょうか?
「防音壁まで作っちゃうなんて、執着が斜め上すぎる!」
「早く教団を氷漬けにしてほしい!」
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次回、第22話「『孫の顔を見せなさい』――地に落ちた伯爵の厚顔無恥」
没落した実家が、まさかの再登場。
ジークフリート様の、一切の慈悲がない「ゴミ掃除」をお見逃しなく。




